汚職撲滅運動などの権力闘争で各政治派閥や陸軍守旧派の力をそいだ2期10年を経て、ついに完成した習近平(しゅうきんぺい)国家主席の1強体制。国内では経済停滞、対外関係ではアメリカとの戦略的対立といった難題が山積する中、習政権は「台湾問題」をどうするつもりなのか?
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■長老派や共青団の実力者たちを排除
いくら独裁色を強めているといっても、それなりにバランスを取ろうとするだろう――多くのチャイナウオッチャーたちのそんな予想は裏切られた。
第20回中国共産党大会の閉会翌日、10月23日にお披露目された新たな党中央政治局常務委員、通称〝チャイナ・セブン〟には、習近平国家主席への忠誠心が厚い腹心や側近ばかりが名を連ねたのだ。
党総書記就任から10年、習主席がついにつくり上げた露骨な独裁体制は何を意味するのか? 中国の権力闘争や対外政策、軍事戦略を長年ウオッチし続けてきた元防衛省情報分析官で、現在は株式会社ラック「ナショナルセキュリティ研究所」に所属する上田篤盛(うえだ・あつもり)氏に聞いた。
「振り返ってみれば、前回(2017年)の党大会後の人事で、すでに布石は打たれていました。今回昇格した李強(りきょう)、蔡奇(さいき)、丁薛祥(ていせつしょう)、李希(りき)は、いずれもこのときに大都市のトップなどの重要ポストに配置されていたのです。
一方で今回、エリート集団である共青団(共産主義青年団)出身の李克強(りこくきょう/国務院総理)、汪洋(おうよう/全国政治協商会議主席、前副総理)は引退。共青団派のホープで、かつては次期国家指導者の呼び声も高かった胡春華(こしゅんか/副総理、政治局委員)はヒラの中央委員に降格となりました。
習派に異論を唱える可能性がある長老派や共青団派のインフルエンサーが排除された人事は、ほぼ完璧に習主席の思いどおりのものでしょう。習主席の権力欲の強さと、中国指導部内の権力闘争の苛烈(かれつ)さを見せつけられました」
そのことと関連してさまざまな臆測を呼んでいるのが、党大会最終日、重要法案採決の直前に胡錦濤(こきんとう)前国家主席が議場から〝強制退場〟させられた映像だ。
国営メディア「新華社通信」はその後、体調不良で退席したというもっともらしい公式発表を流したものの、実際には胡前主席の何かしらの言動に対して周囲が反応し、連れ去られたようにも見える。
いずれにしても、指導部から排除された共青団派に属する前国家指導者が両脇を抱えられて去っていく姿がテレビカメラに映し出されたことは、時代の転換を象徴するシーンとなるのかもしれない。
上田氏は新たな指導部の注目点についてこう語る。
「習主席に次ぐ序列2位となった李強は、来年3月に国務院総理になる見込みです。従来から次期総理の有力候補のひとりでしたが、国務院(政府)での重職経験はなく、上海市トップとして約2ヵ月に及ぶロックダウンが社会不安を招いたことで評価を落としたとの見方も出ていました。
それでも自分を抜擢(ばってき)した習主席の意向を完全履行するべく、内外政策のかじ取りを行なうと予測され、その手腕は大いに注目されます。
一方で習主席が今後、政策を推進する上では共青団グループの取り込みが重要となります。そのときにもまだ、党の重職から排除された李克強、汪洋、胡春華への〝隠れ支持〟が続いているようなら、習派が李克強ら共青団の実力者たちを完全失脚に追い込む可能性も排除できません。
この件に限らず、習主席は腹心や側近と共に、汚職撲滅キャンペーンや派閥闘争を展開してきました。その過程で恨みを持ったさまざまな層からの逆襲に対処するために、今後はより結束を高める必要があります。
ただし、結束のために執政能力の高い者を排除してイエスマンばかり集めれば、指導部の戦略は硬直化し、複雑な対米関係や経済政策を切り盛りしていけるのかという不安材料もあります」
■抜擢された軍司令官は対台湾のエキスパート
習主席の〝独裁化〟とともに、党大会で注目されたのが台湾問題に関する言及だ。習主席は統一のために「武力使用という選択肢を排除しない」と断言し、これに対して米ブリンケン国務長官は「中国は早期統一を決意している」と強い警戒感を示した。
新指導部の人事と併せて発表された軍の人事について、上田氏はこう分析する。
「習氏が主席を務める軍最高指導機関の中央軍事委員会には副主席ポストがふたつあり、留任の張又俠(ちょうゆうきょう)と新任の何衛東(かえいとう)が就きました。
張又俠と習主席は、互いの父親が国共内戦の同じ部隊で戦った間柄です。汚職摘発や軍改革で陸軍の既得権にメスを入れてきた習政権への反発が今もくすぶっているなら、それをコントロールするのに張又俠の力が必要ということでしょう。
一方、何衛東は戦区司令官から、いきなり副主席への大抜擢となりました。台湾方面を担当する東部戦区でキャリアを重ね、19年に同区司令官に就任した何衛東は、台湾関連の軍事作戦に精通している。
彼の起用は、台湾問題に関する軍事的牽制(けんせい)や、台湾侵攻時の軍事作戦の実効性を一段階アップさせる布石となる可能性があります」
中国軍は米ペロシ下院議長の訪台直後に大規模な演習を行なって以来、台湾海峡の中間線を越えて軍機を飛行させるなどの緊張状態を常態化させている。米ブリンケン国務長官が言うように、侵攻の決断は近いのだろうか?
上田氏はこう言う。
「ウクライナの戦場で欧米製のハイテク兵器に苦戦するロシア軍の現状を見て、習主席や軍高官は、台湾海峡を越えて兵力を台湾本土に投射することの困難さを認識しているでしょう。少なくとも習政権3期目のうちに、中国が主導的に武力統一を志向する可能性は低いとみられます。
ただし、アメリカの関与強化に伴い、台湾を巡る米中関係は以前よりもキナくさくなっています。台湾海峡などで軍事力の交差が偶発的に起こり、本格的な軍事侵攻へとエスカレーションする危険性は否定できません。
また、前述のとおり習政権の戦略硬直化が懸念される中、経済停滞やそのほかの社会問題、自然災害などをきっかけに国民から政権批判が起きた場合、失地回復のために台湾に対して強硬手段を講じる可能性も否定できません」
そしてもうひとつ、属人的なリスクとして今後大きくなっていくのが、習主席の〝引き際〟の問題だ。上田氏が続ける。
「習主席は法的規制を撤廃し、制度上は永久にトップに居続けられるようになりました。これは逆説的に言えば、引退するときには偉業達成などの〝大義名分〟が必要になるということでもあります。そして、それは習主席にとって簡単なことではありません。
中国では少子化の影響で生産人口が減少していきますから、経済成長が鈍化する可能性は高い。しかも、小さな成果を国内向けに強調しようにも、今後は誇張宣伝などが容易に見破られるようになっていくかもしれません。
もし経済面での成果が難しいなら、台湾統一のような明確な〝偉業〟を欲しがるかもしれない。もしくは、寝首をかかれないような基盤を維持するために、激烈な権力闘争を継続して終生トップに君臨し続けることを目指すかもしれない。どう転ぶにしろ、習主席にとって引き際の判断は極めて難しいのです」
ロシアのプーチン大統領が、他人から見れば合理的とは言い難いウクライナ侵攻の決断を下したのは、大統領初就任から22年がたち、ロシア人男性の平均寿命を自身の年齢が超えたタイミングだった。独裁化した習政権は、どんな〝ゴール〟に向けて進んでいくのだろうか。
●上田篤盛(うえだ・あつもり)
1960年生まれ。元防衛省情報分析官。現在は株式会社ラック「ナショナルセキュリティ研究所」に所属。防衛大学校(国際関係論)卒業後、陸上自衛隊に入隊し情報関係職に従事。2015年定年退官。最新刊は『武器になる状況判断力 米軍式意思決定法とOODAを併用する』(並木書房)