海上自衛隊そうりゅう型潜水艦8番艦『せきりゅう』2950トン、魚雷発射管六門(写真:アメリカ海軍)海上自衛隊そうりゅう型潜水艦8番艦『せきりゅう』2950トン、魚雷発射管六門(写真:アメリカ海軍)
10月29日の読売新聞に『トマホーク搭載の潜水艦を視野、<実験艦>新造を検討』との記事が掲載された。記事には「政府は長射程ミサイルを発射可能な潜水艦の保有に向け、技術的課題を検証する<実験艦>を新造する方向で調整に入った」とある。長距離攻撃が可能な兵器を搭載する実験潜水艦には現状、名前はない。

帝国海軍には特殊攻撃機「晴嵐」を3機搭載し、パナマ運河を攻撃するために作られた伊400型潜水艦(6560t)が実在した。それにちなみ、この実験艦を「E400TX」と呼ぶことにさせていただければと思う。新幹線の新型車両のような仮称だが、お許しいただきたい。

報道によるとトマホーク搭載潜水艦の<実験艦>を作るいうことだが、今の海自潜水艦でも装置を追加すれば、トマホークは魚雷発射管から発射可能(写真:アメリカ海軍)報道によるとトマホーク搭載潜水艦の<実験艦>を作るいうことだが、今の海自潜水艦でも装置を追加すれば、トマホークは魚雷発射管から発射可能(写真:アメリカ海軍)

海上自衛隊潜水艦「はやしお」艦長や第二潜水隊司令を歴任した元海将で、現在は金沢工業大学虎ノ門大学院教授の伊藤俊幸氏に<実験艦>について話を聞いた。

「仮称はそれでもいいと思いますが(笑)、射程距離1250km以上と言われるトマホークは、専用装置を艦内に搭載すれば海上自衛隊(以下、海自)の護衛艦、潜水艦から今でも撃つことができるミサイルです。もともと現有のハプーンミサイルなどと発射管の口径は同じですから。トマホークミサイルの場合、『場所〇〇の地上目標を攻撃せよ』と命令されたら、その専用装置でミサイル自身に目標の緯度経度をインプットして撃つだけなんです。

ですから、この報道には少し違和感を覚えます。つまり、トマホークのために<実験艦>を作る必要はなく、あらたに垂直発射装置(VLS)装備の潜水艦を作るのが本来の狙いだと思うんです。そしてその<実験艦>に搭載するのはトマホークではなく、射程距離を1000kmに延ばした三菱の12式ミサイル改だと推定できます」(伊藤元海将)

<実験艦>建造の謎を解くのは、この韓国海軍潜水艦ドサンアンチャホ級一番艦にある。このセイルの後方に六基の垂直発射管VLSが付いている(写真:DSME)<実験艦>建造の謎を解くのは、この韓国海軍潜水艦ドサンアンチャホ級一番艦にある。このセイルの後方に六基の垂直発射管VLSが付いている(写真:DSME)

今ある12式地対艦ミサイルは直径35cmで長さ5m。北朝鮮が水中の潜水艦から発射したとされる弾道ミサイル・北極星3 KN-26は、全長が推定7.8~8.3mで直径1.5mだ。

「海自潜水艦の直径は10mで、喫水部分は7mあります。もし12式ミサイル改搭載用のVLSを装備するとなると、その<実験艦>の直径も延伸され、喫水も当然深くなるでしょう。いまでも横須賀や呉といった潜水艦母港の水深は、商業港よりも深く浚渫(しゅんせつ)されていますが、もしこの<実験艦>を管理するとなると、海自基地周辺の浚渫工事も必要になるでしょう」(伊藤元海将)

米海軍原潜バージニア級には、セイルの前方にVLSがある。写真はそこにトマホークミサイルを搭載している。因みにバージニア級の吃水は9.3m(写真:アメリカ海軍)米海軍原潜バージニア級には、セイルの前方にVLSがある。写真はそこにトマホークミサイルを搭載している。因みにバージニア級の吃水は9.3m(写真:アメリカ海軍)

では、そもそもなんで急に<実験艦>を作る事に...?

「韓国の潜水艦は、ドイツ製をライセンス生産したKSS-Ⅰ、KSS-Ⅱでしたが、KSS-Ⅲでついに純国産の潜水艦を作りました。しかも、ミサイルを6発発射できるVLSを装備しました。これまで韓国海軍の兵力整備は、つねに日本の海自が先行し、韓国が後発で真似してきましたから、今回は完全に先に行かれましたね」(伊藤元海将)

日本が韓国の後塵を排している状況を受けて、政治家が「なんで日本はVLS搭載潜水艦を作らないんだ!』となり、<実験艦>E400TXを作る事になったのだろうか。

<実験艦>E400TXはまず、潜水艦からミサイルが垂直に撃てるかが第一のゴール。でも、射程距離が1000kmならば、東シナ海に入っていれば中国沿岸地区を何とか撃てる。

「現在、国家安全保障戦略上『北朝鮮は脅威』と明示していますが、『中国は懸念事項』です。『平壌を狙う反撃能力』とは言えますが『北京を狙う』とは書けない。

北が日本にミサイルを撃ち込むのは、第二次朝鮮戦争が始まった後に、在日米軍の追加支援を止めるための威嚇発射になるでしょう。一方、中国が台湾侵攻する時には、『日本は米国を手伝わないよな?』と東京攻撃を示唆する"核ミサイル恫喝"が起きると思います。

そのタイミングで『いいけど、北京にも反撃するからね』と言うために整備するのが反撃能力です。まさに、抑止力として保有する必要がある能力なのです」(伊藤元海将)

では果たして、射程距離3000kmのミサイルは作れるのだろうか?

「12型改は日本で最初に作る射程1000kmの長距離ミサイル。これは全くの僕の推測ですが、天下の三菱ですから、そこからいずれは3000kmを目指すのではないかと」(伊藤元海将)

米海軍オハイオ級潜水艦「ペンシルバニア」艦内。弾道ミサイル垂直発射管VLSが24基並ぶ。艦の全長は170.69mとなる(写真:アメリカ海軍)米海軍オハイオ級潜水艦「ペンシルバニア」艦内。弾道ミサイル垂直発射管VLSが24基並ぶ。艦の全長は170.69mとなる(写真:アメリカ海軍)

しかし、そのVLSの発射数がわずか6発。米海軍ミサイル原子力潜水艦(原潜)のVLSは24基であることを考えると、果たして抑止力になるのか。

「その大きさなら、やはり原潜が必要です。原潜を作るためには、高濃縮ウランを使った原子力推進機を使う必要があります。原潜自体は核兵器ではありませんが、NPT(核兵器不拡散条約)上、核兵器にも転用可能な高濃縮ウランの使用を、核保有国(P5)の1カ国が認める必要があります。

オーストラリアに原子力潜水艦の保有を認めたAUKUS(米英豪の軍事同盟)においても、アメリカがこの高濃縮ウランの使用を認めました。だから、日本が原潜を持ちたいといえば、アメリカはOKするでしょう。そして日本の工業力があれば、原潜を作ることは可能だと思います」(伊藤元海将)

わずか6基のVLSに6発の通常弾頭ミサイルでは反撃能力にならない。24発必要だ。そうなると、米海軍潜水艦アラスカ、1万6000トンクラスの原子力潜水艦でないと任務は果たせない。海自は原潜は持てるのだろうか...(写真:アメリカ海軍)わずか6基のVLSに6発の通常弾頭ミサイルでは反撃能力にならない。24発必要だ。そうなると、米海軍潜水艦アラスカ、1万6000トンクラスの原子力潜水艦でないと任務は果たせない。海自は原潜は持てるのだろうか...(写真:アメリカ海軍)

射程距離3000km、12式Xミサイルを搭載したEN400TXが、日本列島東側の深海に潜んでいれば、反撃能力を持てるのだろうか?

「持てるようになることを期待します。『やられたらやり返す』殴り返す力を米軍だけに依存するのではなく、自衛隊も自ら一部肩代わりする。その射程3000kmの12式Xミサイルは、海自潜水艦からだけではなく護衛艦も、そして陸上自衛隊はTEL(輸送起立発射機)からも、航空自衛隊も空中からも撃てるようになり、初めて日本は他国からの核恫喝や、侵略の抑止ができる国になるのです」(伊藤元海将)

VLS24基搭載のEN400TXは、日本の最後の「守護神」として、深海に潜むのだろう。