11月8日に行なわれたアメリカ中間選挙。下馬評では共和党が危なげなく勝つとみられていたが、上院は負け、下院も数議席しか上回れないという結果に。原因となったのは、またしてもあの男――トランプだ!
2024年に迫った大統領選に立候補すると宣言したけど、影響力の落ちた彼の首を狙うのは党内のほかの候補者たち。2年後の大統領選に共和党から立候補するのは誰!? 一方、いい結果に終わった民主党は大喜びと思いきや......。
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■〝赤い津波〟が〝赤いさざ波〟に
「アメリカを再び偉大な国にするために、2024年のアメリカ合衆国大統領選挙に立候補することを決めた!」
11月8日に行なわれたアメリカ中間選挙から1週間後の11月15日(現地時間)、ドナルド・トランプ前大統領が2年後に行なわれる大統領選への出馬を正式に表明した。
会場に詰めかけたトランプ支持者は沸きに沸いた一方、頭を抱えたのは彼の身内であるはずの共和党陣営だ。その理由は先日の中間選挙にある。国際政治学者でアメリカ現代政治が専門の上智大学教授・前嶋和弘氏はこう話す。
「そもそも、中間選挙では大統領の政党、つまり政権与党が負けるものなんです。生活の不満は現政権にあると考えるのが当然ですし、中間選挙で緊張感を持たせるという意味もある。
しかも今回は急激なインフレや治安の悪化など、多くの難題に直面する中で行なわれました。そのため、選挙前の下馬評でも共和党が上下両院で優位との予想が大勢を占めていました」
共和党のシンボルカラーの「赤」(※民主党は青)にちなんで「〝赤い津波〟が押し寄せる」とまでいわれていた今回の選挙。しかし、ふたを開けてみると、上院では決着が12月の決選投票へと持ち越されたジョージア州の結果を待たずに、与党・民主党の勝利が事実上、確定。
一方、共和党の圧勝が予想されていた下院議員選挙でも、民主党が予想外の大健闘を見せており、共和党が辛うじて過半数の218議席を超えて多数派を確保しそうだが、こちらも下院の両党の議席数はひと桁台の僅差になりそうだ(※11月17日時点、残り7議席がまだ開票作業中)。
なぜこんな大逆転ともいえる現象が起きたのか。アメリカ在住で米国政治に詳しい作家の冷泉彰彦氏はこう話す。
「その理由のひとつは、共和党の圧倒的優位を伝える〝赤い津波警報〟が鳴り響いたことで、逆に民主党陣営が結束したから。その結果、実際に来たのは〝赤いさざ波〟程度でした。そして、もうひとつは、共和党の予想に反したトランプの行動です。
共和党陣営は選挙戦の終盤になると、トランプの存在感を必死に隠そうとしていました。普通、前大統領のような存在は、その知名度や影響力をもって候補者支援に全国を飛び回るものなのですが、中間選挙の直前の週末、彼は山奥の辺鄙(へんぴ)な土地にばかり飛ばされていました。
しかし、中間選挙前日の11月7日、彼は『15日に重大発表をする』と言っちゃったのです」
共和党の〝トランプ隠し〟もむなしく、この発言は一気に全米に広がった。前出の前嶋氏は、「この発表をしたトランプこそが民主党の善戦に貢献した最大の立役者だった」と分析する。
「確かに今回の中間選挙は私にとっても驚きの結果だったのですが、非常に面白いのは今年7月時点での世論調査の結果を見ると、今回の選挙結果とほぼ一致することです。
その時期、なぜ民主党への支持が伸びていたかというと、共和党が人工妊娠中絶の全面禁止を訴えたことへの強い反発が起きていた時期だったから。
その後、時間がたつにつれて、次第に人々の関心はインフレ対策や治安の問題などに移り、共和党優位のムードが高まっていました。しかし、マスコミが共和党の圧勝を予想したため、調子に乗ったトランプが肝心の中間選挙の直前にフライング気味に2年後の大統領選出馬を示唆する演説をブチ上げた。
このトランプの発言で民主党支持層は結束し、穏健な無党派層も一時、緩みかけていた危機感を取り戻し、選挙に行ったのです。その結果、今年7月の世論調査時と同じような状況に逆戻りしたのではないでしょうか」
■トランプ派の惨敗で共和党分裂?
トランプは上下両院や州知事選で200人以上の〝トランプ派候補〟を支援していた。中間選挙での共和党大勝利の勢いに乗って一気に2年後の大統領選に打って出る......というのが、トランプの思い描くシナリオだったはず。しかし、共和党内からはむしろ彼への不満が噴出している。
「共和党としては想定される中で最悪のシナリオだったと言っていいと思います」と、語るのはアメリカ政治、特に共和党の動きに詳しい国際政治アナリストの渡瀬裕哉氏だ。
「共和党側から見ると、今回の選挙の大きな焦点はトランプが支援した共和党の候補がどの程度当選するかという点でした。そして、実際の結果を見ると、上院の接戦州でトランプ派の新人候補が勝ったのはオハイオ州のみ。
注目の選挙区だったペンシルベニア州では、トランプの支援を受けていたメフメト・オズ候補があえなく敗退。下院議員選挙でも落選してるのはトランプ派の候補が多く、共和党でもそれ以外のちゃんとした経歴や軍歴がある候補は通っているんです」
そのため、今回の共和党の事実上の敗北が2年後の大統領選に向けた大きな転換点になる可能性があるという。
「以前から党内でトランプを追い出したかった人、トランプを静かにさせたいと思っている人にとってはいい結果でした。『思ったほど勝てなかったのはトランプのせいだよね』って言えるので。
少なくとも、2年後の大統領選はトランプじゃ勝てないと実感した共和党関係者は多いはず。つまりトランプの賞味期限切れが明らかになったワケです。
従って、これまであった『トランプが次の大統領選も出るって言えばそのまま、共和党の候補に決まっちゃうかも』という雰囲気がなくなり、トランプが出馬宣言したところで『ただの共和党の候補のひとり』のレベルまで落ちたというのが、今回の中間選挙の持つ大きな意味だったのではないかと思います」(渡瀬氏)
■フロリダ州知事vsカリフォルニア州知事
では、トランプの影響力が弱まった今、共和党から大統領選に出馬する可能性があるのは誰なのか。
その最有力候補として注目されているのが、今回、フロリダ州知事選で対立候補に20%以上の大差をつけて圧勝した44歳の若き新星、ロン・デサンティスだ。前出の冷泉氏が語る。
「〝若いトランプ〟とも称されるデサンティスは、今回の選挙前にも中南米からの不法移民をバスや飛行機で強制的にニューヨークやワシントンD.C.に送りつけるパフォーマンスで話題になりました。
そのデサンティスが今回の知事選でトランプの応援も受けずに圧勝したことで、神経をとがらせているのが本家のトランプ。その証拠に、中間選挙後すぐにデサンティスをディスり始め、『ヤツが大統領選挙に立候補したらヒドい目に遭う』とか、『彼の弱みを握っている』とまで言い出しています」
しかし、デサンティスの人気は盤石だ。
「イタリア系移民の子として中流家庭に生まれ、努力して名門のイェール大学とハーバード大学のロースクールを卒業した秀才でありながら、少年期からリトルリーグの世界大会に出場し、大学野球でもキャプテンを務めた文武両道のスポーツマン。
しかも、大学卒業後は海軍特殊部隊のSEALsに法務担当の将校として配属され、イラク戦争に従軍して勲章まで受けている、というまさにアメリカ人が大好きなプロフィール。共和党の大統領選の候補として期待が集まるのは当然かもしれません」
前嶋氏もデサンティスが有力候補のひとりだとした上で、「むしろトランプよりデサンティスのほうが冷徹で恐ろしいかもしれない」と言う。
「トランプは感情的で少しおバカに見えるところがあり、人間味があるといえる一方、同じポピュリストでもデサンティスはすべて計算ずく。目的のためには手段を選ばないコワさがあります」
キャラクターで愛されるトランプが安倍晋三なら、弁護士資格を持つフロリダ州知事のデサンティスは、さしずめ橋下徹という感じだろうか。
一方、前出の渡瀬氏は「デサンティスが共和党候補の本命とは限らない」と指摘する。
「今回の中間選挙でトランプの人気が落ちて、デサンティスが上がったのは事実です。ただし、前回の大統領選挙予備選ではトランプが共和党支持層の過半数から支持を得ていましたから、仮にトランプの支持率が30%に落ちて、デサンティスの支持率が30%ぐらいまで上がってきたとしても、ふたり合わせて60%しかない。
となると今後、残る40%を狙う候補が出てくるワケです。つまり、大統領選に向けた共和党の候補者争いは、群雄割拠の大混戦になる可能性があるのです。その場合、トランプ政権の副大統領を務めたマイク・ペンスや、国連大使を務めたニッキー・ヘイリーなども立候補する可能性があるでしょう。
しかし、この先、多くの候補者が乱立すればするほど、共和党の票が割れて、結果的に固定支持層を持つトランプが勝ち残る可能性もある。何が起きるかわかりません」
しかし、2年後の大統領選の候補者選びが悩ましいのは、民主党側も同じだと冷泉氏は指摘する。
「民主党は、今回の中間選挙で予想外の健闘をしてしまったことで、選挙前は『次の大統領選に出るかは家族と相談する』とか言っていたバイデンが、なんとなく続投するムードになっています。でも、今月80歳を迎える高齢の彼が2年後の民主党候補としてふさわしいのかというのは、誰もが疑問に思うところです」
では、次の候補は?
「前回の大統領選の際には、副大統領のカマラ・ハリスがバイデンの後を継いで、女性初のアメリカ大統領を目指すのだろうと思われていましたが、2年たった今、存在感が薄くなっており、対立候補にデサンティスとかが出てきたら勝てそうにありません。
それ以外で、現時点で思い当たるのは、カリフォルニア州知事として2期目を務めるギャビン・ニューサムあたりでしょうか」
仮に共和党がフロリダ州知事のデサンティス、民主党がカリフォルニア州知事のニューサムとなれば、東海岸と西海岸の若手知事対決ということで、盛り上がるだろう。
いずれにせよ、両党とも〝頭の上の漬物石〟になっているじいさんたちをのけて、次の時代を担える有力な候補を生み出せるかが、2年後の大統領選の鍵になりそうだ!