港近くに漂着したウクライナ軍使用の自爆無人艇。艇上部にカメラが見える(ロシアのwebサイトより)港近くに漂着したウクライナ軍使用の自爆無人艇。艇上部にカメラが見える(ロシアのwebサイトより)
去る10月29日にロシアの国防省は、クリミア半島にある軍港・セバストポリにて、ロシア海軍黒海艦隊などを含めた数隻がウクライナ軍の無人機の攻撃を受けたと発表した。

報道によればウクライナ軍の無人機、空から9機の無人ドローン・UAV、海上から7隻の自爆無人艇・USVが奇襲をかけたとのことで、ロシアは認めていないが海艦隊旗艦フリゲート艦「アドミラル・マカロフ」(3620トン、全長124.8m、乗員180名)が損傷した模様だ。その奇襲攻撃の動画をウクライナ軍がすでに発表している。

その艇搭載カメラが捕らえた映像。水平線にロシア海軍の軍艦が写っている。右上を飛ぶ艦載ヘリが自爆艇に対して銃撃を行っているが、当たらない(ウクライナ軍公開の映像より)その艇搭載カメラが捕らえた映像。水平線にロシア海軍の軍艦が写っている。右上を飛ぶ艦載ヘリが自爆艇に対して銃撃を行っているが、当たらない(ウクライナ軍公開の映像より)

海上自衛隊潜水艦「はやしお」艦長や第二潜水隊司令を歴任した元海将で、現在は金沢工業大学虎ノ門大学院教授の伊藤俊幸氏に<無人機奇襲>について話を聞いた。

「ロシア軍が奪い取ったウクライナ軍の自爆無人艇・USVの写真を見ました。魚雷は通常、頭部に搭載した火薬が爆発するだけなのですが、この自爆艇は魚雷より大きく、1トン前後のもっと多くの火薬を搭載できそうです。そんなのを喰らったら、軍艦は横っ腹に大穴が開き、修理に数億円かかる大損害になります」

旗艦マカロフはまず自爆無人艇・USVに向けて主砲の100mm砲を撃つが、命中しない。

「USVの搭載カメラは潜望鏡よりも高い1.5mの高さにあります。そのカメラが捕らえた水平線上に見える艦艇までの距離は約18km。潜水艦の魚雷ならば確実に命中できる距離です。USVの航行速度を30ノットと推定すれば、18分程度で到達します」(伊藤元海将)

旗艦マカロフは主砲を撃ったら哨戒ヘリを発艦させ、上空から機関銃で銃撃を試みる。

もちろん上空にはウクライナ軍お得意の無人機UAVが飛ぶ。写真はIAIが販売する自爆型UAVハーピー2。敵電波の発生源を検出し突っ込む完全自律型ドローン(写真:IAI)もちろん上空にはウクライナ軍お得意の無人機UAVが飛ぶ。写真はIAIが販売する自爆型UAVハーピー2。敵電波の発生源を検出し突っ込む完全自律型ドローン(写真:IAI)

「そもそも艦載ヘリの要員は、機銃掃射に慣れてませんから当たらないでしょう。もし軍艦が機銃を搭載しているなら、最終防御手段になるでしょうが、主砲や対艦ミサイル、また短魚雷では、こんな小さな標的は当たりません」(伊藤元海将)

旗艦マカロフには30mmのCIWS(近接防御火器システム)が2門搭載されている。

「飛来するミサイルを撃つ対空防御用の火器ですから、海面方向に向ける場合、角度制限がかかります」(伊藤元海将)

旗艦マカロフから、重機関銃を撃ったのかどうかの確証は無い。

「行動中の艦艇なら、横っ腹を見せると危ないですから、USVに対する船首角度を小さくして、舷側をすり抜けるように操艦技術でかわすしかないですね」(伊藤元海将)

自爆無人艇のUSVは小さく舵を切れるうえに、こんな時、艦橋に自爆無人ドローンのUAVが空から自爆攻撃を仕掛けてきたら...。

「収拾がつかなくなりますね。公開された画像で黒煙が二つ上がっているのがありますが、ロシアの軍艦ならば中破以上の損傷でしょう。無人自爆艇7艘中2艘が命中しているとすれば、1隻何百億円の軍艦に対してかなり費用対効果が高い攻撃といえます。

この奇襲はロシア海軍にとって恐怖ですから、相当なパニックになっているでしょうね。2000年にイエメンで米駆逐艦『コール』に小舟が自爆攻撃した際は、アメリカ海軍ですらパニックになりましたから」(伊藤元海将)

米海軍横須賀基地は対自爆艇テロに対して海上に防御網が張る。写真は接岸するアーレイバーク級駆逐艦。配備された11隻のイージス艦を守る(写真:柿谷哲也)米海軍横須賀基地は対自爆艇テロに対して海上に防御網が張る。写真は接岸するアーレイバーク級駆逐艦。配備された11隻のイージス艦を守る(写真:柿谷哲也)

それに対して、海上自衛隊の横須賀基地は何もない無柵、無網。吉倉地区は2つの護衛隊8隻の護衛艦が配備され、船越地区には新たに潜水艦専用岸壁も建設された。無人機奇襲を受ければ全艦隊の撃沈は確実だ(写真:柿谷哲也)それに対して、海上自衛隊の横須賀基地は何もない無柵、無網。吉倉地区は2つの護衛隊8隻の護衛艦が配備され、船越地区には新たに潜水艦専用岸壁も建設された。無人機奇襲を受ければ全艦隊の撃沈は確実だ(写真:柿谷哲也)
1939年10月14日、ドイツ第三帝国海軍潜水艦のU47がイギリス海軍の主要基地・スカパフロー軍港に侵入し、英戦艦のロイヤルオークを撃沈させた。またご存じの通り1941年12月8日には、大日本帝国海軍が真珠湾を奇襲。総計353機の艦載機が攻撃し、米海軍戦艦だけならば4隻を撃沈に追いやった。

これらはどちらも"有人"の奇襲攻撃だった。しかし今回のウクライナ軍は空と海から"無人"奇襲に成功したのだ。たとえば同様に、中国軍が貨物船から東京湾の横須賀沖にて無人自爆ドローンと無人艇を発進させ、アメリカ海軍の第七艦隊と海上自衛隊の基地に同様の奇襲攻撃を掛けたとしたら......。

出港する米海軍空母。原子力空母配備以降、横須賀基地の上空は「原子力施設上空の飛行制限」のため2000フィート以下の低高度で飛行できない。米海軍イージス艦は対ドローン用レーザー砲搭載の艦も配備されている(写真:アメリカ海軍)出港する米海軍空母。原子力空母配備以降、横須賀基地の上空は「原子力施設上空の飛行制限」のため2000フィート以下の低高度で飛行できない。米海軍イージス艦は対ドローン用レーザー砲搭載の艦も配備されている(写真:アメリカ海軍)

「停泊中における海からの攻撃に対しては、米海軍は防潜網や対テロ防御網などをきちっと設営して防御しています。海上自衛隊も当然やっているでしょう。それだけで海からの攻撃は食い止められますし、スクリューが絡めば自爆艇の動きも止められますから」(伊藤元海将)

もちろん無人艇・USVは中国の得意分野。2010年に設立された中国の無人艇専門メーカー「雲洲智能」が販売する警備型USV。警備型の無人艇はアフリカ諸国で採用が進むといわれる(写真:柿谷哲也)もちろん無人艇・USVは中国の得意分野。2010年に設立された中国の無人艇専門メーカー「雲洲智能」が販売する警備型USV。警備型の無人艇はアフリカ諸国で採用が進むといわれる(写真:柿谷哲也)

アラブ首長国連邦の大手海事企業「アルマラケブ」が販売する11m無人警備艇は、ミサイル発射システムも備える(写真:柿谷哲也)アラブ首長国連邦の大手海事企業「アルマラケブ」が販売する11m無人警備艇は、ミサイル発射システムも備える(写真:柿谷哲也)
果たしてこの方向性で問題ないのだろうか。

「今から20数年前、私が在米防衛駐在官当時、アーサー・セブロウスキー米海軍大学校校長が、ネットワーク中心の戦い【NCW】という軍事コンセプトを発案しました。その肝は"ストリートファイト"であるとして、今後は巨大空母など必要なくなり、小型艦艇同士がネットワークを組み、個々の判断で戦う。これからの海戦はいわゆる『非対称戦の戦いになる』と熱く語ってくれたことを思い出します。

しかし、空母はいらないと言ったセブロウスキーの意見は、当時の米海軍の大将たちに全面否定されました。でもそれが2022年のウクライナ戦争で現実化したんですね。いまウクライナで行われている一連の無人機による攻撃はいわば"戦争のパラダイムシフト"です。

ですから、防衛省も令和5年度概算要求として<無人アセット防衛能力>の強化を明言しました。今年の予算要求は<抜本的に強化された防衛力>が柱となっており、反撃能力としての<長距離ミサイル調達(スタンド・オフ防衛能力)>に加え、兵器の無人化があがっています。今回の奇襲の映像で、空の無人ドローン・UAVだけではなく、海の無人艇・USVの必要性も十分に認識しているのでしょう」(伊藤元海将)

米海軍横須賀基地に入港する原子力空母「ロナルド・レーガン」。ウクライナ戦争で戦車に続いて、空母機動部隊はオワコンになるのか...(写真:柿谷哲也)米海軍横須賀基地に入港する原子力空母「ロナルド・レーガン」。ウクライナ戦争で戦車に続いて、空母機動部隊はオワコンになるのか...(写真:柿谷哲也)

ウクライナの陸戦で、戦車がオワコンとなり、続いてこの海戦で空母やイージス艦がオワコンとなってしまうのか...。