今年10月に中公新書から発売された『陰謀論』は、陰謀論が広がるメカニズムを解き明かしたとして高い評価を受けている。その著者の秦 正樹(はた・まさき)先生(京都府立大学公共政策学部准教授)は34歳。若き政治学者がこのテーマに取り組んだ理由に迫ると、秦先生のあまりにも意外な過去が明らかに......。
■将来の夢は『WiLL』のライター
――失礼ながら先生、お若いですよね。かなり重厚なテーマの本なので、意外でした。
秦正樹(以下、秦) 学者には見えないとよく言われます。自分でも不思議ですよ。関西の大学に通っていた学生時代はバンドマンで、講義にもロクに出なかったんですから。もっとも、バンドサークルに入った理由も、「モテたい」という不純なものでしたが(笑)。もちろん政治にも全然関心はありませんでした。
――そんな秦先生が、なぜ政治学者になったんですか?
秦 ある夏に、サークルの部室がすごく暑くて、涼むつもりで受けた講義が政治学だったんですね。
2008年頃はメディアによる官僚バッシングが盛んで、タクシー運転手が官僚に缶ビールやつまみを提供する「居酒屋タクシー」がテレビ報道などで批判されていたんですが、先生は「問題は官僚が終電後まで働かなければいけない構造であって、メディアによる報道はちょっとズレている」みたいなことを言っていたんですよ。
それで20歳前後だった僕はハッとしたんです。「マスコミは真実を伝えてない!」と。
――なんか、ネットでよく目にする意見ですね。
秦 そう、"目覚めちゃった"んですよ。その後すぐ麻生太郎さんが首相になったんですが、「漢字が読めない」などメディアに散々批判されましたよね。それで僕は確信したんです。「マスゴミは自らに都合が悪い愛国者を攻撃するんだ!」と。
――それってネトウヨでは?
秦 そう、僕はネット右翼になったんです。09年に麻生さんが退陣して民主党政権が生まれたことで、僕は危機感を深めました。だって当時の僕は、民主党の鳩山由紀夫首相が中国や韓国のスパイだって本気で信じていましたからね。
「反日左翼から日本を救わなければ!」と思い込んで、ニコニコ動画で勉強をしてはmixiで同志たちと議論を重ねる毎日でした。そのうち、当時の関西のネット右翼コミュニティではけっこう名が知られる団体のトップになりました。
――筋金入りですね。その頃から政治学者志望でした?
秦 いや、保守系論壇誌の『月刊WiLL(ウィル)』(ワック)のライターとか産経新聞の記者になろうと思ってました。ただ、そのためには政治の勉強が必要だと思い、大学院に進んだんです。
■マスコミの偏向報道を実証しようと研究
――どんなテーマで研究を?
秦 指導教官からはネット右翼の知り合いにインタビューをして論文にしてみては、と言われたんですが、僕はもっと客観的に"マスゴミの真実"を明らかにできる計量研究のほうがカッコいいと思ったんですね。それでデータを取って分析したんですが、望む結果がさっぱり出ない(笑)。
悶々(もんもん)としているその時期に、僕の数少ない知り合いだった善教将大(ぜんきょう・まさひろ)さん(現・関西学院大学教授)から影響を受けたりして、徐々に研究者になる方向に心が傾いていったんです。善教さんは、維新の会の研究で知られる気鋭の政治学者ですね。
――その頃もまだ、反日勢力から日本を救おうと思ってたんですか?
秦 「学者然としたネット右翼」もカッコいいなとは思っていました。ただ、少しずつ熱が冷めてきていたのも事実です。
というのも、研究者たちが「因果推論が......」とか「母集団の偏りを......」とか次元の違う議論をしてるわけですよ。相変わらずネット右翼をやっている自分が恥ずかしくなってきちゃったんですね。
さらには、留学したアメリカで韓国人たちとすごく仲良くなって、「今までなんてひどいことを言ってしまっていたんだろう」という気分にもなっていました。彼ら、英語が苦手な僕にもすごく親切だったんですよね。
――周囲の研究者から浮きませんでしたか?
秦 みんな表面的には優しかったですよ。特に、僕がやっている世論研究は政治学でもマイナーな分野なので、事情を知らない先生方は「熱心な若手だ」と評価してくれたりもしました。
ただ、マイナーなだけに、大学でポストを得るのはすごく大変な分野でもあるんです。同じ分野の優秀な先輩だった善教さんでさえ当時は無職でしたから、これは必死でやらないとアカンぞということで、連日十数時間は研究室にこもっていましたね。家に帰るのは週2回とかでした。
■「政治に関心を持たなきゃ幸せだったのに」
――ハードですね。
秦 それでも、ポスドク(博士研究員)にもなれず苦労しました。無職なので、実家にもずいぶん資金援助をお願いしたり消費者金融にも手を出したりして......。そうこうしているうちに、ひとつの考えが頭に浮かんできたんです。「オレはどうして政治なんかに興味を持ってしまったんだろう」と。
だって、政治に目覚めてネット右翼になってしまったせいで、職もなく、研究室に寝泊まりするようなキツい生活を送る羽目になったわけですよ。自己責任ですが、もし政治に関心を持たなければ、就職して幸せな生活を送っていたかもしれないのに。
だから、博士論文では「政治的関心」について研究しました。書き上げた頃には、ネット右翼への熱はすっかり冷め、むしろ批判的な目で見るようになっていましたね。
――ネット右翼になるかどうかはともかく、政治に関心を持つことは大切では?
秦 一般にはそう言われますし、政治学の世界でも同様です。でも、僕はそうは思わない。政治への関心はある程度は必要だけれど、行きすぎるとマイナスだと考えているんです。実際に、政治に興味を持ったかつての僕が「反日勢力が日本を支配している」といった陰謀論にハマってしまったわけですから。
――一般に陰謀論というとフリーメイソンなどが浮かびますが、ネット右翼的な言説も陰謀論に含めるんですね。
秦 陰謀論の定義は難しく、意見は割れていますが、僕は「『重要な出来事の裏で、一般人には見えない人々が暗躍している』と考えること」ととらえています。で、政治的関心と陰謀論の関係を実証的に研究してみると、面白いことがわかりました。
本書にも書きましたが、ざっくり言うと、政治への関心が強いほど、また政治への知識が多いほど陰謀論に流されやすい傾向があると判明したんです。つまり、過度な政治的関心には有害な面もあるんですよ。
――どうしてそんな傾向が?
秦 解釈は難しいですが、政治への関心が高いと、自身の関心に沿った情報ばかりを集めて考えをより補強してしまうことが挙げられます。
一方で、日常生活が楽しくて政治なんかに興味がない人は、そもそも陰謀論に関心を持つきっかけがないのかもしれません。でも、語弊を恐れずに言うなら、そういう人が多い社会って幸せだと思いません?
――うーん、そうかもしれませんが、政治学者が「政治に関心を持ちすぎないように」と言うのはどうなんでしょう。
秦 それはそのとおりで、実はこの本を書く上でも問題になりました。僕は「政治なんかに関心を持つとロクなことにならない」と書きたかったんですが、それはそれで語弊があるし、意味のある提言にならないので、今の原稿に落ち着いたんです。
――確かに、「何事もほどほどに」というあいまいな書き方になっていますね。
秦 もう少し正確に言うと、「〇〇党はクソだ」みたいな、イデオロギーに基づいた党派的な政治的関心がマズいと思っています。漠然と関心を持つ程度でいい。でも、人間にとってそれは簡単ではありません。
そのことは、かつてネット右翼だった僕が誰よりもよく知っています。過度な政治的関心がどれだけの代償を必要とするかも。僕はこの本のあとがきで過去を告白することで、ネット右翼だった自分と決別しようとしたのかもしれないですね。
●秦 正樹(はた・まさき)
京都府立大学 公共政策学部准教授
1988年生まれ、広島県出身。2016年、神戸大学大学院法学研究科(政治学)博士課程後期課程修了。神戸大学学術研究員、関西大学非常勤研究員、北九州市立大学講師などを経て現職。共著に『日本は「右傾化」したのか』(慶應義塾大学出版会)など
■『陰謀論 民主主義を揺るがすメカニズム』(中公新書)
現代をむしばむ陰謀論について、政治学者の立場から実証的に分析を試みた一冊。「Twitterの利用が多い人は陰謀論を信じにくい」など、直観を裏切る驚きのデータが多々。現在、2刷1万7000部