岸田総理大臣は来年度から5年間の防衛費について、総額43兆円を確保する方針を示した。ところが、現在の1.5倍にあたる防衛費増額の財源は明確に示されておらず、円安や日本経済の停滞で逼迫する庶民の台所事情にさらなる負担がかかる可能性もある。
とはいえ、中国や北朝鮮など、周辺情勢が緊迫化するなか、防衛力の重要性が日増しに高まっていることも事実だ。では、これからの防衛政策はどうあるべきなのか、元幹部自衛官が解説する。
* * *
政府は年末までに、日本の安全保障の根幹となる「国家安全保障戦略」、「防衛計画の大綱」、「中期防衛力整備計画」のいわゆる戦略3文書を改訂します。5年に一度程度の頻度で改定される3文書は、防衛政策の指針となるものです。
それに先立ち11月22日、「国力としての防衛力を総合的に考える」有識者会議が岸田首相に対して、総合的な防衛体制の強化と経済財政の在り方に関する報告書を提出しました。
その報告書の内容は主に、「防衛力の抜本的強化」、「縦割りを打破した総合的な防衛体制の強化」、「有事においても国の経済を安定維持するための経済財政の在り方」という骨子から書かれたものでした。この報告書は、3文書の改訂の際にも参考にされるもので、すでに岸田首相が打ち出した防衛費の増額にも影響を与えているものと見られます。
防衛力の強化や財源の確保については賛否両論あるでしょうし、あってしかるべきです。しかし、今回の報告書に抜け落ちている視点があります。
それは「国民保護」です。20ページ以上に及ぶ報告書を見ても、国民保護に関連する内容は記述量も少なく、具体性に欠けている印象を受けます。
報告書の冒頭、国民に防衛力強化の目的を「我が事として受け止め、理解して」もらわなければならないと書かれてあります。ところが、直面する脅威がどういうもので、国はどのような「保護」をしようとしているのか、全く触れられていないのです。
現行の国民保護法では、国民保護に関する措置は、国、地方公共団体(地方自治体)、指定公共機関等が相互に連携して行なうことになっています。仮に他国から武力攻撃を受けるような場合、国は住民避難や救難等に関する指示を出し、計画作成を含めた具体的な遂行主体は都道府県や市町村が行なうとされています。
しかし、台湾有事の際にリスクが高まる南西地域の離島など、人口が少なく規模の小さな自治体は、計画作成・遂行等の能力が限定されています。
国民保護計画自体は、ほぼすべての自治体が作成済みです。ただ、各自治体が作成することになっている、避難経路や避難手段等の具体的な避難実施要領を迅速に作成できるように各状況のパターンに応じた「避難実施要領のパターン」は、全国では3割程度の自治体、沖縄では8割程度の自治体がまだ未作成です。
つまり、有事の際の現場での避難方法など、具体的に想定されていない自治体も多いということです。
去る11月30日、自衛隊の駐屯地がある与那国町において、弾道ミサイル対処の避難訓練が行なわれました。その際、住民の避難先はなんと公民館でした。
爆風や飛散物から身を守るためには、公民館は一般住宅よりは頑丈かもしれませんが、弾道ミサイルからの避難場所として適切なのでしょうか? ミサイルの着弾時には毒性のある気体が発生する可能性もあので、南西地域を含む脅威が高いエリアには、換気装置を含めたシェルターの整備も急ぐべきです。
国民保護の対象は国内だけではありません。例えば台湾有事が起きた際、台湾在住の約2万4千人の日本人をどのように避難させるのでしょうか。
2021年、米軍の駐留部隊が撤退したことでタリバンに制圧されたアフガニスタンでは、在留邦人は100人足らずだったにもかかわらず、退避はかなり後手に回った印象が残りました。今なお、その時の課題は棚上げにされたままです。
敵基地攻撃能力の保有のための議論ももちろん重要ではありますが、それ以上に、国民をどのように保護するかという"国防"の原点に戻った視点が必要ではないでしょうか。
●猫中佐
四国生まれ。大学卒業後、自衛隊に幹部入隊。主に20年近く部隊運用、教育に関する業務に従事。2021年に中途退官したのちは組織人事コンサルタントとして、民間企業に自衛隊で培ったノウハウを提供している。