パンデミックを脱し、普段の景色を取り戻したニューヨークのタイムズスクエアパンデミックを脱し、普段の景色を取り戻したニューヨークのタイムズスクエア
人口850万人のニューヨーク市は、2020年からの新型コロナ禍で300万件以上の感染例と、4万3000人以上の死者を記録。一時は世界最悪のホットスポットとも呼ばれた。その後、パンデミックからは脱した同市だが、治安悪化という新たな危機を迎えている。その現状を現地在住ライターがレポートする。

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新型コロナウイルス感染症のパンデミックとウクライナ戦争の影響により、米国は過去40年間で最も急激なインフレ(物価高騰)に直面し、ニューヨーク市でも物価高騰はもはや制御不能とも言える状態です。一時の急騰は収まったものの、依然としてジリジリ上がっているというのが、私も含め在住者の皮膚感覚です。

「買い物に行くたびに値上がりしている」「家賃がいきなり月500ドルも上がった」などといった声は日常茶飯。カフェでコーヒー1杯とクロワッサン1個を注文して、10ドル札(日本円に換算して約1400円)が消えるのです。異常事態としか言いようがありません。

米国労働統計局(BLS)発表の10月のニューヨーク都市圏の物価指数は、前月比0.1%上昇となり、9月の同0.2%の上昇よりは緩やかとなったものの、前年同月比では6.0%の上昇となりました。

ちなみに全米の物価指数は0.4%の上昇で、前年同月比で7.7%上昇となっています。ニューヨーク都市圏の物価上昇率が全米平均より低いのはガソリン価格の高騰が都市住民に与える影響が少ないことが主な理由とされています。

家賃や食費、光熱費など生活費全般が全米で最も高いニューヨークは、おしなべて給与水準も高いのですが、物価上昇の勢いが所得の伸びを上回っており、市民の生活水準の低下に直結しています。高給取りならまだしも、一般家庭や時給労働者は死活問題となっています。

ひっ迫しているのは市民の懐だけではありません。トーマス・ディナポリ州会計検査官は、ニューヨーク市がパンデミックによる持続的な景気後退により、事業税と個人所得税が大幅に減少したことで、2026年には100億ドル近い予算不足に直面し財政危機に陥る可能性があると警告しています。

また今年、3%の経費削減を断行したエリック・アダムス市長は先日、「経済的な津波がニューヨーク市に迫っている。来年は数十億円の赤字が出る」として、市職員の雇用の一部凍結などさらなる経費削減を打ち出しています。

■地下鉄内の凶悪犯罪が急増

市職員が不足すると、ごみ収集や警備、医療やホームレス支援、教育、公園管理など市民生活のあらゆる面に支障が生じます。すでに救急車の到着時間が遅くなり、低~中所得者向け住宅の建設も鈍化、刑務所内での暴力事件も増加するなど弊害が出ていることも伝えられています。そして今後最も懸念されるのが、警官のパトロール減少による治安悪化です。

パンデミック当初に頻発していた、アジア人に対するヘイトクライムは収束に向かっていますが、最近急増しているのが地下鉄内での凶悪犯罪です。

ニューヨーク市警(NYPD)が10月に発表したデータによると、地下鉄内での凶悪犯罪は2021年と比較して今年は42%も増加しています。

地下鉄の防犯カメラがとらえた突き落とし事件の瞬間(CBSNewYork YouTubeチャンネルより)地下鉄の防犯カメラがとらえた突き落とし事件の瞬間(CBSNewYork YouTubeチャンネルより)
さらに2020年以降、乗車人数が激減しているにもかかわらず、地下鉄内での殺人事件が過去15年間で最悪というレベルにまで増えています。パンデミック以降、ニューヨーク市の地下鉄内では21人が殺害されており、これは2008年から19年の間に発生した殺人件数を合わせた数よりも多くなります。

手口は銃の乱射かナイフによるメッタ刺し、数人で被害者を取り囲み殴打するなど様々ですが、目立つのがプラットホームで電車を待つ乗客をいきなり線路に突き落とす通り魔的な犯行です。

今年1月には、線路に突き落とされた女性が電車にはねられて死亡する事件が起きましたが、その後も同様の手口による犯行が頻発しています。NYPDは地下鉄内でのパトロールを強化していますが、残念ながら目に見える効果は表れていません。

地下鉄内の事件多発を受け、市当局は警察のパトロールを動員。一定の効果を見たとしているが...(ニューヨークポスト)地下鉄内の事件多発を受け、市当局は警察のパトロールを動員。一定の効果を見たとしているが...(ニューヨークポスト)
地下鉄内の治安悪化の一因と関連付けられているのが、コロナ禍でのホームレスの増加です。1月の死亡事件も、犯人は精神疾患のあるホームレスでした。

ニューヨーク市のアダムズ市長は、精神疾患のあるホームレスを強制的に入院させる方針を打ち出しましたが、「人権侵害だ」との批判も浴びています。

そんな危険なニューヨークの地下鉄ですが、だからといって一切乗らないというわけにはなかなかいきません。ウーバーやタクシーを好きなだけ使える富裕層ならまだしも、物価上昇に喘(あえ)ぐ庶民にとってはなおさらです。

突き落とし事件の影響か、ホームの真ん中で電車を待つ人たち突き落とし事件の影響か、ホームの真ん中で電車を待つ人たち
そこで最後に、筆者が地下鉄に乗る際に実行している5訓があるので紹介します。「早朝や深夜など乗客が少ない時間帯での利用は避ける」「スマホに夢中にならない」「周囲の状況を常に観察する」「プラットホームでは壁を背にして立つ」「不審な人物を発見したらその場から速やかに立ち去る」。

コロナ禍では、3密状態の地下鉄は緊張を伴う場所でしたが、パンデミックを脱した現在、その時以上に緊張する場所になっています。ニューヨークに行かれる際には、十分にお気をつけください。

●加藤麻美
ニューヨークの日系メディアの編集長などを経て、フリーランスのライター・編集者。現地在住歴30年で、現在はブルックリンで猫と暮らす。