中国のみならず、日本やアメリカなど各地で行なわれたゼロコロナ政策への抗議デモ、通称「白紙革命」。現在は落ち着きを見せているが、政府を激しく批判する声は驚きをもって受け止められた。
これは"独裁体制"崩壊の序曲なのか。中国取材のエキスパートである高口康太氏と安田峰俊氏に語り合ってもらった!
■デモ参加者は"変わり者"?
――2020年から「ゼロコロナ政策」と呼ばれる厳格な感染症対策を続けてきた中国で、民衆の不満がついに爆発! 北京などの大都市を中心に各地でコロナ対策の緩和を求める抗議運動が起こりました。「白紙革命」「A4レボリューション」と呼ばれる今回の抗議運動が起きた背景には何が?
高口康太(以下、高口) 直接のきっかけは、新疆(しんきょう)ウイグル自治区のウルムチ市で11月24日に起きた集合住宅の火災です。ウルムチ市ではコロナの流行で4ヵ月以上も厳しい行動制限が敷かれていたのですが、火災の起きたマンションでも感染対策で住人の外出が禁止され建物の出入り口が封鎖されていたために、逃げ遅れた10人が死亡しました。
この悲惨な火災現場を撮影した動画がネット上で広まったことから、それまで人々の間にたまっていたゼロコロナ政策に対する不満や怒りが一気に噴き出して、大規模な抗議運動に発展したのです。
火災事故の翌25日にウルムチ市で抗議デモが起きた後、これが上海市、北京市など中国20都市以上へと飛び火、多数の学生たちもデモに参加しました。
ただ、この抗議運動がここまでの広がりを見せたり、「打倒、習近平政権!」や「打倒、中国共産党」などといった政権批判にまで及んだのは驚きでしたね。
そもそも中国では胡錦濤(こきんとう)政権時代(03年~13年)から小規模ではありますが、こういった抗議デモは頻繁に起きていたんですよ。
安田峰俊(以下、安田) いわゆる「群体性事件」ですね。
高口 ええ。ただ、その矛先はほとんどが地方政府。抗議をすれば中央政府が出てきて民を抑えつける小役人たちを成敗してくれる、そういった信頼感みたいなものが人民と中央政府の間にはあって、だからデモにおいても国家主席をダイレクトに批判するようなことはなかった。
そして、習近平政権になってから強力な言論統制を敷いたことによって、中央政府に非難が向くということはついぞ見なくなっていたんです。
――一部では、この抗議運動が過熱することで1989年に起きた「天安門事件」のような中国共産党による弾圧につながるのではないか、とみる向きもあります。
安田 現代の中国に「天安門事件」のイメージを安易に投影するのは考えものです。33年前、武力弾圧の結果として、中国は国際社会から深刻な経済制裁を受け、党や軍への国民の信頼が大幅に毀損(きそん)された。
ゆえにその後、「群体性事件」を抑える中では、あんな鎮圧は行なわなくなり、流血を最小限にして抑えるノウハウも生まれた。今回の規模なら、仮に中国国内でデモが再発しても、現場レベルでは比較的安全に収拾できるでしょう。
ところで今回、僕は日本では一番「白紙革命」を取材している人のはずでして。それで感じることがあるんです。
――それはなんですか?
安田 日本国内の参加者にかなり多く話を聞いたのですが、20代の彼らのほぼ全員が、中高校生の頃から体制に疑問を感じていたような人で留学生の中でも相当な高学歴。習近平政権下で愛国主義教育が徹底されている現代の中国では、頭はいいけれど「変わった子」たちです。
中国国内の「白紙革命」の核になったのも、やはりこういう層だろうとは思うんですよね。たとえ若者の数%でも、中国は母数が大きいですからけっこうな人数です。そこに一般人もちょっと乗ったというか。
ただ、話を聞いていると、「変わった子」である彼らは頭でっかちなんですよ。「家族がロックダウンで苦しんでいる」「だからゼロコロナ政策を撤廃してほしい」という地に足が着いた動機や要求よりも、「共産党政権を打倒せよ!」みたいな話のほうがイキイキしている。運動の先細りを予感します。中国国内で沈静化した活動が海外で続いたりはしなさそう。
■ゼロコロナ政策は緩和されるのか
高口 日本人と同じように中国人もほとんどがノンポリです。ただ、今回の「白紙革命」では、そうしたノンポリ層の一部が引きつけられて、抗議運動の規模が拡大したということは注目に値します。
あと、この運動のことを知っている中国人は思いのほか多いっぽいんですよね。
――というと?
高口 私の妻は中国人なのですが、彼女の母は政治にまったく興味がなくて、麻雀(マージャン)ばっかりやっているような人なんです。私はこの"義理のお母さん"を一般的な中国人の指標として見ていて、なんと彼女はこの事件のことを知っていた(笑)。
でも、一方でこれは大変なことだと思いました。強力な言論統制を敷く習近平政権下にあって、「中国にも政府に不満を持っている人たちがいる」ということが国内外で可視化されたのですから。
安田 中国国内の「白紙革命」の規模は限定的で、主張もゼロコロナ政策への反発がメイン。「打倒、習近平!」の声も、実は現場のごく一部だったはず。でも、抗議活動の映像や音声が残って世界中に流れ、シェアされた。このほうが、習近平政権にとって重い問題だったでしょう。
高口 習近平は、「白紙革命」を深刻に受け止めているフシがありますよね。
実際、「ゼロコロナ政策を転換する」とは公言していませんが、抗議運動の発端となったウルムチをはじめとして、各地でコロナによる行動制限の緩和が始まっています。
北京市では封鎖式管理の対象となっているマンションで「エントランスをバリケードなどで封鎖してはならない」との通達が出ましたし、今後、PCR検査の縮小や濃厚接触者や無症状感染者の在宅での健康観察を認めるなど、「ウィズコロナ」的な方向に向かっています。
今回、習近平政権が抗議デモを強引に力でねじ伏せるのではなく、政策転換で応じたことで、「人々が声を上げたことで政府の政策を変えさせた」という形になりました。それは中国国民にある種の"成功体験"を与えることになるかもしれません。
■不合理で理不尽な地方政府の感染症対策
――習近平政権がゼロコロナ政策を転換することで、中国社会は再び安定に向かうのでしょうか?
安田 短期的にはそう思います。抗議運動に参加した学生には「独裁反対」の声もありますが、中国の一般人の民意ではない。切実な問題である生活の不便を解消すれば、ひとまず解決できるはずです。
ただ、ゼロコロナ政策を転換して行動制限を緩めると、今度は感染者が急増する可能性が大きい。中国でほとんど流通していないファイザーやモデルナのワクチンと比べて、中国産のワクチンの効果は高くないという説もあり、中国の「ウィズコロナ」は他国以上の苦難の道になるのでは。
コロナを実態以上に恐れる人も多い中国で、感染者が激増して医療資源が圧迫されれば、逆に「ゼロコロナ復活」を主張するデモが起きるかも(苦笑)。政権の舵(かじ)取りの難易度が大きく上がる気がします。
高口 そもそも、20年に新型コロナのパンデミックが始まって以来、習近平政権は「人命第一」を訴えて厳しいゼロコロナ政策を続けてきました。
実際、中国の新型コロナによる死者は欧米や日本などに比べてはるかに少ないですし、特にアルファ株が流行の主体だった20年いっぱいまではコロナの封じ込めが、非常にうまくいっていたので、国民の多くも政府のゼロコロナ政策を支持していました。
ところが、21年に入って、より感染力が強いデルタ株が出現すると、再びロックダウンが行なわれるようになり、22年に感染力がさらに強いオミクロン株が主流になると、全国の至る所で感染拡大と建物の封鎖や都市封鎖が繰り返されるようになりました。
今や全人口の3分の1から4分の1、つまり3、4億人以上がなんらかの形で行動制限を受けているという状態です。しかも、地方の役人が上の顔色しか見ず、勝手に忖度(そんたく)する中国では、中央政府の指示を下に行くほど厳しくしてしまう傾向があります。事実、地方によっては非合理で理不尽としか言いようがない感染対策が横行していたんです。
――例えば、どういったものが?
高口 「感染者をあぶり出すために全市民にPCR検査を強制、しかも数日にわたり毎日実施」とか、「まったく効果がない謎の消毒剤を街中に散布する」とか。ひどいのだと「感染者のペットは殺処分」というのもありました。
――それは、キツい。
高口 それでも「外国は感染者が爆増しているけど、中国はそれと比較してものすごく少ない。それは中国共産党によるコロナ対策のおかげ」と宣伝し、それに国民が乗っかってくれる限りは問題なかった。
中国政府はこの世論統制に自信を持ちすぎて、どんな厳しいコロナ対策をぶち込んでも、人民は立ち上がらないだろうとタカをくくっていたんです。だから、「白紙革命」を通して、「やりすぎると人民の不満は爆発する」ということを、習近平政権は再認識したと思いますよ。
安田 習近平政権は「中国国内で共産党に不満を持つ人はいないかも」というところまで、異論の不可視化を徹底しましたが、今回の「白紙革命」で少し風穴が開いてしまった。
「政府に反感を覚えていた人は私だけじゃなかった」と認識した中国人は思いのほか多いのではないでしょうか。今後の習近平体制の趨勢(すうせい)に影響するものは決して小さくはなさそうな気がしています。
■人民の成功体験が習近平独裁の土台を揺るがす
高口 習近平政権になってから出た言葉で、「全過程民主」というものがあります。これを意訳すると「西側諸国は選挙しか民主主義がないけれど、俺たち中国は選挙がない代わりに、それ以外のありとあらゆる場所で人民の声を聞いて、人民のために政治をする。すべての過程で民主主義を行なうのだ」という主張です。
習近平はこのキーワードを掲げて「俺は人民の声を聞いて人民に支持されているんだ」というポーズを取っていたわけですが、今回の「白紙革命」でその感覚が崩れたのは、大きな意味がある。
安田 習近平の体制があと10年以上続くとすれば、どこかでつまずくとは思っていました。でも、政権3期目の続投が決まった第20回党大会(10月22日閉会)から、まだ1ヵ月とちょっとしかたってない。こんなに早くほころびが見えるとは驚きですよ。
高口 確かに。彼は少なくともあと10年、今の権力を維持したいと考えていると思います。でも、仮にコロナの問題が解決されたとしても、短期的には不動産バブルの崩壊、中長期的には人口減少など、今後の中国には問題が山積みです。
そして、それらの問題が大きく表面化して、人々の生活に波及したときに「自分たちの不満を声に出し、行動で訴えれば政府は動かせる」という今回の「白紙革命」で得た"成功体験"は、習近平政権にとって、非常に厄介なものになるかもしれません。
●高口康太(たかぐち・こうた)
1976年生まれ、千葉県出身。ジャーナリスト。中国経済、中国企業、在日中国人社会を中心に『週刊東洋経済』『Wedge』『ニューズウィーク日本版』などに寄稿。ニュースサイト『KINBRICKS NOW』を運営。著書に『現代中国経営者列伝』(星海社新書)、『幸福な監視国家・中国』(NHK出版新書、共著)など
●安田峰俊(やすだ・みねとし)
1982年生まれ、滋賀県出身。ルポライター。中国の闇から日本の外国人問題、恐竜まで幅広く取材・執筆。第50回大宅壮一ノンフィクション賞、第5回城山三郎賞を受賞した『八九六四「天安門事件」は再び起きるか』、第5回及川眠子賞を受賞した『「低度」外国人材 移民焼き畑国家、日本』(KADOKAWA)など著書多数