経済産業省の元官僚の古賀氏(左)と自民党・衆議院議員の河野氏(右)

2021年に、永田町で最も目立っていたのは間違いなくこの人だろう。今年10月に党広報本部長に就任した河野太郎(こうの・たろう)議員に古賀茂明(こが・しげあき)氏が直撃、対談企画が実現した! ワクチンをめぐる厚生労働省との暗闘から日本の改革の行方、2022年の展望、そして気が早いけど「次の総裁選への意欲」まで、じっくり話してもらった。(全2回/1回目) 

(この記事は2021年11月末に対談取材を実施し、12月20日発売の『週刊プレイボーイ1・2合併号』に掲載されたものです)

* * *

■動きが鈍い厚労省

古賀茂明(以下、古賀 今年10月に自民党の広報本部長に就任した河野さんですが、それまで2015年の初入閣以降は、ずっと主要閣僚。特に今年はワクチン担当相という重責を担った。すごく多忙だったんじゃないですか?

河野太郎(以下、河野 そうですね。ワクチン担当相の仕事は不眠不休のハードワークでした。何しろ、夜中12時過ぎでも担当部局からガンガンメールが来る。眠気をこらえて返信しても翌朝にはもう次のメールへの即対応を迫られる。行革相として霞が関のブラックな働き方を変えようと旗を振ってきたのに、気づいたら私のチームもブラックな働き方になっていて、反省させられました。

古賀 では、早速ワクチン担当相の仕事をあらためて振り返ってもらいます。接種回数を増やす上で大変だったことは?

河野 厚労省には頭を悩まされましたね。まず、感染症法などの法律が平時を前提にしていて、緊急事態にやるべきことができない仕組みになっていました。

菅 義偉(すが・よしひで)前首相からのリクエストは「一日100万回」の接種。途方もない回数です。あらゆる手段を使いたいのですが、政府が接種を行なう根拠となる予防接種法は、インフルエンザや麻疹(はしか)など平時の病気に対応するための法律でした。

古賀 回数を増やしたくても政府は医療機関に接種を命令できませんでしたね。

河野 だから、菅さんに感染症法16条の2の発動を進言しました。これは医療従事者などに、感染症予防のために必要な協力を求めて、もし応じない場合は勧告、それでもダメなときには名前を公表できるという仕組みです。

早速、菅さんは厚労省に発動を前提に検討するよう指示しました。しかし、厚労省からは「検討中」として明確な回答がなかなか返ってこない。

ですので、とりあえず医療機関に支払う接種報酬を1回2070円から最高5070円に引き上げました。これで約5万5000ヵ所のクリニックが手を挙げてくれて、接種が加速しました。

古賀 日本は欧州のように感染拡大時にロックダウンできる法整備もされてませんよね。

河野 EUとワクチンの差配について交渉するとき、EU側は「日本は感染者が少ないんだから、焦ってワクチンを確保しなくてもいいだろう」と言うんです。

それに対して私は「日本はロックダウンできないから、国民にはステイホームの要請しかできないし、医者に命令できない。なので、感染拡大のリスクは低くない。日本こそワクチンが早く必要なんだ」と言いました。この言葉にEUの政治家は「はあ?」って感じでしたね。

古賀 笑い話みたいに聞こえますが、深刻な問題ですね。

■膨大で煩雑な通知文書

河野 さらに予防接種法ではワクチン接種は地方自治体が主体で行なう立てつけになっているのですが、厚労省が「ああしろ、こうしろ」って自治体に口を出しすぎて、現場を混乱させた面もあります。

その典型が接種の予約方法です。地域の実情に合わせて自治体がやりやすい方法を取ればスムーズに進むのに、厚労省が「まずは接種券を各世帯に送付して、予約はそれから」と決める。

ほかにも細かい指示が山ほどあり、しかも自治体宛ての通知書の文章が煩雑で難解。それが山のように来るから、各自治体の担当者はまともに目を通せない。

古賀 予約の申し込みが殺到し、電話がつながらないなどの苦情が出ましたね。

河野 福島県相馬(そうま)市のように厚労省の指示を無視した自治体の予約はスムーズでした。相馬市は町内会長を集め、くじ引きで町内会ごとに接種の順番を決めたんです。それで指定の接種日に来られない人だけ、市役所に連絡するようにした。これなら予約が集中して電話回線がパンクするということもない。

でも、こういうことができる自治体は希少なんですよね。私はワクチン担当相として「厚労省の手引きなんか無視していいから、自主的に進めてくれ」と伝えたんですが、今度は、自治体が「無視してもよいという通知をくれ」と言う。本来、ワクチン接種は地方分権的な事業なのに、実際には厚労省と自治体がもたれ合って中央集権的に進めるので、調整に時間ばかりがかかりました。

最後にもうひとつ。有識者会議のために意思決定が遅れるという問題がありました。一例を挙げるとアストラゼネカのワクチンには、まれに血栓が生じるという問題が出たとき、若い世代に症例が多かったことから、厚労省がこのワクチンの接種は「50歳以上に限りましょう」と言ってきた。

でも、その頃は50歳以上への接種はあらかた終わっていたので、私は「使い道がなくなる」と指摘しました。すると厚労省は「じゃあ40歳以上で」と雑に決める。なのに、最終的には「有識者の諮問(しもん)で決めた」という形に固執するんです。

古賀 お役所仕事の典型ですね。厚労省の責任逃れのために有識者会議が利用された。

河野 実際には結論が出てるのに、有識者会議の開催日程の調整をするだけで時間がずるずると過ぎるんです。もう何度「俺が全責任を持つから、どんどんワクチン接種を進めろよ!」と言いたくなったことか(苦笑)。

■"せっかち"な菅前首相の功績

古賀 でも、結果的には「一日100万回の接種」という菅前首相のむちゃぶりに見事応えて、今や日本の接種率は世界トップレベル。その点は、自分をホメたくなりませんか?

河野 いや、そこはやはり菅さんの功績です。彼は本当にせっかちな人で、夜中に急に電話してきて「あの件はどうなった?」と聞いてくるのは当たり前。翌日の朝一番に議員宿舎で顔を合わせたら、「昨夜、電話で話した件、どうなった?」ですから。こっちは「あの後、すぐに寝ました」と返すしかありません(笑)。

ワクチン接種も一日100万回を達成するだけでも大変なのに、さらに目標を前倒しにしろという。例えば高齢者の2回目接種完了は8~9月が目標だったのですが、菅さんの「もっと早く」のひと声で7月末に前倒しになり、本当に7月末に完了させた。せっかちだけど、仕事ぶりは猛烈、使命感も強い。そんな首相だからこそ世界有数の接種率の高さを実現できたんです。

もちろん、ワクチン接種を急ピッチで進めてくれた自治体の皆さんのおかげでもあります。

古賀 菅前首相はコロナへの対応が批判されて退陣に追い込まれましたが、今の話を聞くと気の毒だったという人も出てきそうですね。

河野 そう思います。退陣1ヵ月後に感染状況はだいぶ落ち着きました。もしそれが1ヵ月早かったら、今も菅さんが首相だったのではないかとも思います。

古賀 ほかに菅首相の仕事ぶりで特筆すべきことは?

河野 規制改革にすごく熱心だったこと。デジタル庁創設も大きい。さらに、住民税の非課税世帯に子供ひとり当たり5万円を給付したのですが、これは申請不要なんです。

こうしたプッシュ型の支給を政府がやったのは聖徳太子の時代から数えても初めてのことです。行政サービスのレベルが一段上がったわけで、これも菅政権の大きな改革の成果でしょう。在任はわずか1年でしたが、菅さんは中身の濃い仕事をされたと思います。

後編⇒古賀茂明×河野太郎の年末特別対談

●古賀茂明(こが・しげあき) 
1955年生まれ、長崎県出身。経済産業省の元官僚。霞が関の改革派のリーダーだったが、民主党政権と対立して11年に退官。新著『官邸の暴走』(角川新書)など著書多数。ウェブサイト『DMMオンラインサロン』にて「古賀茂明の時事・政策リテラシー向上ゼミ」を配信中。

●河野太郎(こうの・たろう) 
1963年生まれ、神奈川県出身。1996年の衆議院議員選挙で初当選(神奈川15区)。現在9期目。行政改革担当、国家公務員制度担当、外務相、防衛相などを歴任。2021年1月より新型コロナウイルス感染症ワクチン接種担当相も務める。2021年9月の自民党総裁選に出馬。同年10月から党広報本部長に就任。かつてJリーグの「湘南ベルマーレ」の代表取締役を務めるなど、同クラブを公私共に支える。

★『古賀政経塾!!』は毎週金曜日更新!★