NATOで最も古いF-16を使用しているベルギーのF-16AMブロック20。近代化、改装化されている(写真:柿谷哲也)NATOで最も古いF-16を使用しているベルギーのF-16AMブロック20。近代化、改装化されている(写真:柿谷哲也)
去る1月25日のロイター電によれば、ウクライナ国防省顧問のユーリー・サック氏は、各国からのウクライナへの戦車の供与が確定した後に、今度は米製戦闘機のF16が欲しい、と言い始めたという。これに対してポーランドはすぐに供与可能だと表明、フランスは供与に関してなんの障害も作らない、と発表した。

しかし、イギリスは供与に対して「これは正しいアプローチではない」と表明。ドイツは供与には慎重姿勢を示し、またバイデン米大統領は供与を否定した。

まずそもそも、そんなにすぐにF16の操縦などできるものなのか。戦闘機に詳しいフォトジャーナリストの柿谷哲也氏に聞いた。

「戦争が来年以降も続くと仮定するなら、MiG-29、Su-27、Su-25、Su-24、L-39の操縦資格があるパイロットは、半年間の機種転換訓練の後、F-16に乗れます」

半年間訓練する時間があるならば、F16に乗れる。今から始めれば夏には飛べるのだ。問題はF16の各国からの供与可能機数だ。

「F35Aを導入するベルギー、デンマーク、オランダのF16AMが余剰となっており、3か国で合計すると110機になります。他に、隣国ポーランドに夜間攻撃可能なF16C/Dが48機あります」

オランダは旧式のF-16Aブロック20をF-35Aに更新中。古いタイプのF-16は世界で余っているはずだ(写真:柿谷哲也)オランダは旧式のF-16Aブロック20をF-35Aに更新中。古いタイプのF-16は世界で余っているはずだ(写真:柿谷哲也)

ポーランドはNATOが一枚岩に結束すれば、F16の供与は可能だとしている。だが、F16がやってきたとしても、6か月以上の操縦訓練をしている間にウクライナが敗戦しそうな状況になるならば、無人自爆機として夜間、ロシア国内に飛ばす。公開された性能から最大距離2740km、爆薬約1.8tを搭載し自爆可能。首都・モスクワが狙えるのだ。

「F16を無人機自爆機にするのは可能ですが、その機体を捨てるのは費用対効果が悪いです。ロシア国内に向けてミサイルを撃った方が安いような気がします。 F16AMに長距離空対空ミサイルは搭載できませんが、スパロー(中射程空対空ミサイル)とサイドワインダー(空対空ミサイル)を搭載して要撃機に使えます」(柿谷氏)

ならば、ロシア国境際まで飛び、そこから最大射程70kmのスパローを敵戦闘機に向けて撃てる。

元航空自衛隊302飛行隊隊長の杉山政樹氏(元空将補)は、F16の単機攻撃の可能性はあると言う。

「F16でただ飛ぶだけなら一ヶ月の訓練で飛べますから、HARMミサイル(最大射程148km)を搭載し、ロシア領地に単機で見つからないように侵入して、ミサイルを発射するでしょうね。ウクライナ空軍がF16のような長距離攻撃能力を持ったら、すぐにその能力を発揮できる領域に入っていくでしょう。それを分かっている米英独はF16を出さないのです」(杉山元空将補)

では、米英独以外でF16供与に積極的な国がいるのは何故なのか?

「ポーランド、北欧諸国がF16供与に対して乗り気なのは、自国が危ないからです。報道にはあまり出て来ていませんが、ウクライナが対ロシア戦で実は厳しい状況に陥っているのをよく分かっているのが、ポーランド、北欧なのではないかと思います」(杉山元空将補)

ポーランドは2006年に、ミグ21とミグ23の更新に最新のF-16Cブロック52の導入を開始。アメリカがウクライナに新しいタイプのF-16を渡す可能性はある(写真:柿谷哲也)ポーランドは2006年に、ミグ21とミグ23の更新に最新のF-16Cブロック52の導入を開始。アメリカがウクライナに新しいタイプのF-16を渡す可能性はある(写真:柿谷哲也)

1月27日、ウクライナ空軍にてこれまでに141回出撃し70両以上の装甲車を破壊、「ウクライナの英雄」の称号を授与されたダニロ・ムラシコ少佐(25歳)が被弾、墜落死した。

「このエースパイロットが落とされたように、ウクライナはジリ貧。ロシア空軍はベラルーシ空軍との共同訓練で空軍力の再起を図り、次の作戦に関しては持てる全ての力で航空優勢を獲りに来ると思います。

西側から供与されるレオパルト2戦車とは、どこかの藪に隠れて戦車砲を撃つような性質の戦車ではなく、ネットワーク戦の中で戦うのが一番能力を発揮する戦車。なので、その戦域全てにネットワークを掛けるために、絶対的な航空優勢の下でやらないとならない。

それには上空を飛ぶF16が絶対に必要で、今のロシア空軍の戦力からすればそれが無ければ、ウクライナ軍に供与された約300両の戦車はほとんどやられてしまうでしょう」(杉山元空将補)

では、ネットワークを掛けるには、F16は何機必要なのだろうか?

「ウクライナの正面だけでも50~60機程度は必要です。ネットワークを掛ける戦術訓練をするために、ウクライナ空軍の戦闘機パイロットはまず、欧米のフライトシミュレーターを借りて訓練開始します。フライバイワイヤー(飛行機の操縦を電気的に行う方式)での飛び方を知らないし、実戦形式も学ばないとならないから、数百時間実機に乗らないとダメ。だから半年ぐらいは掛かるのです」(杉山空将補)

アメリカでもっとも古いF-16Cはブロック30A型。州空軍などが使用し、訓練の敵役や標的曳航などに使用している。F16を一番供与できるのはアメリカだ(写真:柿谷哲也)アメリカでもっとも古いF-16Cはブロック30A型。州空軍などが使用し、訓練の敵役や標的曳航などに使用している。F16を一番供与できるのはアメリカだ(写真:柿谷哲也)

予想される次のロシア軍の大反撃で、勝負がついてしまうかもしれない。

「負けてくれとまでは言わないと思いますが、だからドイツはどうにかしてウクライナに引き際を考えて欲しいのです。しかし、そのデッドラインは過ぎたと判断したポーランドは腹をくくった。

米国はロシアと核戦争はやりたくない。だから、バイデン米大統領は明確にF16供与に対してNOと言っているのです」(杉山元空将補)

上空にF16戦闘機がいないレオパルト2戦車軍団は、ロシア空軍により全滅するかもしれないのだ。