戦線が膠着した冬の間、ウクライナのゼレンスキー大統領はアメリカや欧州を訪問し戦車や戦闘機の供与を求めた 戦線が膠着した冬の間、ウクライナのゼレンスキー大統領はアメリカや欧州を訪問し戦車や戦闘機の供与を求めた

1月下旬に欧米が西側戦車の供与を決めたかと思えば、2月に入るとロシア軍(以下、露軍)が攻勢を激化。ロシアの侵攻開始から1年の節目を迎えるウクライナの戦場をめぐり、大きな動きが相次いでいる。

ウクライナがロシアの「春の大攻勢」に耐え、次の「大反攻」を成功させて勝利へと近づくには何が必要なのか。この1年、各メディアで連日戦況解説を行なってきた防衛省防衛研究所・高橋杉雄(たかはし・すぎお)氏に聞いた。

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ウクライナの首都キーウの陥落(≒親ロシア傀儡【かいらい】政権の樹立)を目指し、ロシア軍(以下、露軍)が侵攻を開始したのは昨年2月24日。

当初は早々と決着がつくとの見方もあったが、ウクライナ軍(以下、ウ軍)の強固な守備や士気の高さ、欧米の武器・情報支援もあって露軍はキーウ近郊から撤退し、戦争は長期化の様相を呈した。

夏以降はアメリカが供与した精密誘導兵器ハイマースの能力を生かしてウ軍が攻勢に転じ、北東部ハルキウ州と南部ヘルソン州で大きく領土を奪還。その後は地面がぬかるみ大規模な進軍が難しくなる泥濘(でいねい)期を迎えたこともあり、戦線は膠着(こうちゃく)した。

ウクライナ反転攻勢のきっかけになったハイマース(写真/米陸軍) ウクライナ反転攻勢のきっかけになったハイマース(写真/米陸軍)

しかし、ここにきて露軍はウクライナ東部のドンバス地方(ドネツク州・ルハンスク州)で「春の大攻勢」の始まりとも取れるような動きを見せている。今後の戦況はどう動くのか? 

――まず、昨年2月24日から今日まで、ウクライナが戦略的に最も成功したと思われる点、逆に失敗したと思われる点を教えてください。

高橋 最大の成功は戦場の外、つまり国際世論の支持を獲得し、欧米諸国から非常に意味のある支援を受けることができたこと。失敗に関しては、挽回不可能なものはなかったと思います。

昨年6月に陥落したルハンスク州セベロドネツクの死守にこだわって、主力部隊が包囲されかけたことがおそらく最大の失敗ですが、その後ハルキウ反攻に成功したことを見ても、結果的には傷が大きくなる前に撤収はできたと見ています。

高橋杉雄氏はこの1年、連日メディアに出演し戦況の解説を提供してきた 高橋杉雄氏はこの1年、連日メディアに出演し戦況の解説を提供してきた

■西側戦車の供与が遅れた理由

――では、支援する欧米の成功と失敗は?

高橋 最大の成功はハイマースの供与が手遅れにならなかったこと。失敗は、西側戦車の供与決定が遅れたことではないでしょうか。ロシアが部分的動員を決めたのが昨年9月下旬で、NATO(北大西洋条約機構)が西側戦車の供与に合意したのは4ヵ月後の今年1月下旬でした。

もし動員とほぼ同時に決断できていれば、今はもう訓練された機甲部隊が出来上がっていたと考えると、この冬をやや無駄に使ってしまったということは言えるかもしれません。決断が遅れた理由は、ひとつは欧米側が「東側戦車はセーフだが、西側戦車はロシアをより刺激する」といった自己規制のラインを勝手に引いてしまったこと。

そしてもうひとつは、そのラインを超えるという決定的な判断を強いられた国が(レオパルト2の生産国である)ドイツだったことです。ドイツは日本と同じく戦後、武力紛争に関わらないという歴史を歩んできた国ですから。

欧州諸国が供与を決めたドイツ製戦車「レオパルト2」 欧州諸国が供与を決めたドイツ製戦車「レオパルト2」

――ウクライナのゼレンスキー大統領は開戦当初、露軍を「2022年2月23日以前」のラインまで押し返すことが"暫定的勝利"であり、最終目標は14年から事実上ロシアに占拠されているドンバス東部やクリミア半島も含めた全領土の奪還だとしていました。

昨年夏にウ軍が攻勢に出始めてからは全土奪還をより強調するようになっていますが、現時点までの戦況から考えて、「戦争に勝つ」ための現実的な目標はどのラインにあると見ていますか?

高橋 ドンバス東部やクリミアも隙があれば取り返したいのは当然ですが、ロシア側の守りが堅くて前進できないことも考えられる。その意味で、軍事的手段で必ず達成したいラインが「2月23日以前」であることは変わっていないと思います。

――一方、ロシアのプーチン大統領は当面の目標としてドンバス地方の完全制圧を掲げ、実際にこの戦線で露軍が大攻勢に出始めているとの見方があります。

ロシアのプーチン大統領は3月中のドンバス全域制圧を軍に求めている ロシアのプーチン大統領は3月中のドンバス全域制圧を軍に求めている

高橋 ドネツク州のバフムトでずっと激戦が続いている中で、ルハンスク州のクレミンナでの攻勢も様相が変わってきている。私もロシアが何か仕掛けていると見ています。

■バフムトは「死守籠城戦」になるか?

――バフムトはすでに露軍の包囲がある程度進み、市街戦になっています。昨年のセベロドネツクと似たような状況になるとすると、いずれはウクライナ側の撤退の判断も重要になるんでしょうか?

高橋 昨年6月にウ軍が撤退したセベロドネツクでは、近くにいた機甲部隊も合わせて包囲されそうになっていましたが、今回の包囲は街だけです。また、今回は夏前になれば西側戦車のまとまった機甲部隊が戦力化されるという違いもある。

つまり、実際にやるかどうかは別にして、夏前にはバフムトを奪還する、あるいは包囲を破る作戦を行なえる可能性があるわけです。ウ軍側がバフムトで死守籠城戦を選択するとしたら、そういった意味を見いだしてのことでしょう。

――逆に、ロシアにとってバフムトを取ることの意味は?

高橋 バフムトを取らないと、ドネツク州北部へ道路を通じた東からの補給線が延ばせない。ドネツク州全域を制圧するために欲しい場所ということですね。

ただ、攻める側からすれば市街を落とすというのは大変な作戦で、昨年4月に露軍が完全包囲した南部のマリウポリでも、ウ軍は陥落まで1ヵ月以上持ちこたえました。おそらく露軍は、ウ軍に自ら撤収してほしいと思っているはずです。

その意味で、状況が気になるのがクレミンナです。この方面でも露軍の攻勢が続けば、ウ軍はバフムトを守り続けることが難しくなり、防衛線をスラビャンスクあたりまで下げる可能性がある。クレミンナの攻勢には、ウ軍にバフムト撤退を促すという意味があるのだと思います。

しばらく戦線が膠着していたが、露軍が先手を打って攻勢を仕掛けた。ウクライナ軍はこれに耐えてドネツク州の北西部を守りつつ、反攻の準備を進めなければならない しばらく戦線が膠着していたが、露軍が先手を打って攻勢を仕掛けた。ウクライナ軍はこれに耐えてドネツク州の北西部を守りつつ、反攻の準備を進めなければならない

――ウクライナにとって、露軍の今回の攻勢を最悪でもここまでで食い止めたい、というラインはどのあたりにあると考えられますか?

高橋 もちろん最善は現状維持ですが、今の攻勢はまだ"本命"ではない可能性があります。例えばルハンスク州では露軍の第1戦車軍が待機しているとの情報があり、前線で突破口が開ければ投入される可能性がある。

そういったことも考えると、最低でもドネツク州全域の制圧は絶対に阻止したい。そのために、スラビャンスクからクラマトルスクへのラインは維持したいというところはあると思います。

バフムト周辺では昨夏から激戦が続く バフムト周辺では昨夏から激戦が続く

■次の「大反攻」に必要なこと

――一方、ウクライナ側からすると、夏前から投入できるであろう西側戦車中心の機甲部隊はどのような使い方が考えられますか?

高橋 防御のために使う可能性もありますが、戦況を変えるためにはウ軍側から仕掛ける反攻作戦に使ったほうがいいでしょうね。

――ウ軍の次の反攻は、ザポリージャ方面から南下してメリトポリ奪還を目指すルートが"本命"だといわれます。奇襲に成功した昨年9月のハルキウ反攻とは違い、ロシア側も想定はしているはずですが、それでも大規模な進撃はできるものでしょうか?

高橋 前線の突破に成功するかどうか、ですね。露軍の補給拠点と司令部を撃破できれば組織的な抵抗が難しくなるので、ウクライナの奪還地域が一気に増えていくということになります。

――そのために最も必要なことは?

高橋 戦車部隊の訓練、砲兵の訓練、戦車と砲兵の連携の訓練ですね。本来はそれに加えて航空支援もできればいいのですが、西側の戦闘機供与は(訓練期間なども考えれば)もう夏には絶対に間に合いませんから。

――その砲兵に関して、ハイマースから発射可能な射程150kmのロケット弾「GLSDB」がアメリカから供与されることも決まっています。従来のハイマースの射程は80kmですが、これによって何が変わりますか?

ハイマースの射程が150kmに延びれば波及効果は大きい(写真/米陸軍) ハイマースの射程が150kmに延びれば波及効果は大きい(写真/米陸軍)

高橋 昨年6月から7月にハイマースが投入されると、露軍は前線の弾薬集積所を狙い撃ちされ、大砲に弾を供給しづらくなりました。そこでハイマースの射程の外に弾薬集積所を下げたわけですが、射程が150kmになればもっと下げる必要がある。その分、露軍の前線に届く弾の数が減るということは言えますね。

――もしウ軍がメリトポリまでの進軍に成功した場合、その先の戦況はどうなっていくと考えられますか。

高橋 メリトポリまで奪還すれば、クリミアとロシア本土を分断でき、露軍は兵力をふたつに分けなければならない。ウ軍はその後、守りの薄いほうを攻めていくということが可能になります。

■年内のベストシナリオはヘルソン州全域の奪還

――その先、ウ軍が今年中に達成し得る最大戦果はどのあたりのラインでしょうか?

高橋 メリトポリから西を攻めたとして、ヘルソン州全域の奪還が最大限の戦果というところでしょうか。

――そうなるとクリミア半島は完全に孤立します。奪還も見えてくるのでは?

高橋 それもウクライナ側の選択肢には入ってくるでしょうけれど、クリミア半島の付け根は狭く、隘路(あいろ)になっていますから露軍側も守りやすい。そう簡単に達成できる目標ではないでしょう。

欧米が戦闘機を供与する場合の候補のひとつがF-16(写真/米空軍) 欧米が戦闘機を供与する場合の候補のひとつがF-16(写真/米空軍)

――それと、夏には間に合わないにしても、今後西側の戦闘機が供与された場合は戦況にどのようなインパクトがあると考えられますか?

高橋 供与される機種や使い方次第ですが、露軍が現状の攻撃パターンを変えない場合、想定される限りで最も大きな変化は、昨年夏から供与されている対レーダーミサイル「HARM」の性能をフルに発揮できるようになるという点でしょう。

露軍が地上から発射する防空ミサイルを抑えることができれば、ウ軍の空爆による支援が地上戦に大きな影響を与えていく可能性はあります。逆に、露空軍が今後、これまでと違って積極的にウクライナ上空への侵入を増やしていくなら、供与される戦闘機はそれに対する防空任務を行なうことになると思います。

露軍の防空ミサイルを「HARM」で無力化できれば、地上部隊への航空支援が可能になる(写真/米空軍) 露軍の防空ミサイルを「HARM」で無力化できれば、地上部隊への航空支援が可能になる(写真/米空軍)

■核使用の危険が最も高まった瞬間は?

――次に、ロシアの核使用についてです。高橋さんは核戦略の専門家でもありますが、この1年で最も核使用の危険性が高まったと判断したのはどのタイミングでしたか?

高橋 9月上旬、ウ軍がハルキウ反攻に成功したときです。

――使い方としては、ウ軍の進軍を止めるために戦場で使うということでしょうか?

高橋 そうですね。ウ軍の最初の突破は幅10km、奥行き50kmくらいで進軍していましたから、500キロトン級の核弾頭を3発落とせば全滅させることができた。私はその可能性を考えていました。

ただ実際には、ロシアは9月上旬の段階で核兵器を使わないという判断をした。これは決められなかったのではなく、「使わないという選択をした」のだと私は考えています。

昨年9月のハルキウ反攻時にはロシアの核使用の可能性が一時的に高まったと指摘する高橋氏 昨年9月のハルキウ反攻時にはロシアの核使用の可能性が一時的に高まったと指摘する高橋氏

9月上旬に露軍が敗北してから、9月21日にプーチン大統領が動員を宣言するまでの間、ロシア側から核兵器に関する発言はありませんでした。そして、動員を宣言した演説の中でプーチン大統領は核の恫喝に触れましたが、順番としては動員の話よりも後でした。

これは、核使用よりも動員による通常戦力の再建を優先するという高度なシグナリングです。この瞬間、核戦略家のコミュニティでは「これで核使用の確率は下がった」と理解しました。

――だとすると、もしウ軍が次の大反攻に成功しても、ロシアは核使用に踏み切らない可能性が高い?

高橋 はい、同じくファーストチョイスは動員になるのではないかと私は予測します。ただ、問題は動員兵力を訓練して戦力化するのに4ヵ月かかるということ。

――昨秋は泥濘期が近かったため、動員兵の訓練の時間を稼げる状況でしたが、次の時はそうとは限らないと。

高橋 はい。この部分をロシア側がどう考えるかという点が問題になるかもしれません。

ロシアが昨秋新たに動員した30万人のうち一部はすぐに前線へ投入されたが、大部分は訓練を受け、その戦力化も完了しつつあるようだ ロシアが昨秋新たに動員した30万人のうち一部はすぐに前線へ投入されたが、大部分は訓練を受け、その戦力化も完了しつつあるようだ

■戦争の構図が変わる「ワイルドカード」

――最後に戦場の外、政治的なファクターについてお聞きします。来年には米大統領選挙がありますが、これに関連する動向がウクライナ支援に影響を与える可能性はあるでしょうか?

高橋 支援をやめると言い出す可能性があるのは、トランプが大統領に返り咲いた場合だけでしょう。民主党が勝てば従来通り。共和党もトランプ以外であれば、経済支援や人道支援は欧州がやれという方向に行く可能性はありますが、軍事支援に関してはむしろ今まで以上に高度な兵器を送るという意見が出てくるかもしれません。

――ウクライナとロシアの政治的ファクターについてはどうでしょうか。

高橋 大きく状況を左右するのは両国民の戦意ですよね。侵略を受けているウクライナ側の戦意はそう簡単に変わらない可能性が高いと考えると、どちらかといえばワイルドカードはロシア国民側だと言えるかもしれません。

それと、もうひとつ別のワイルドカードはベラルーシの動向。例えばベラルーシでなんらかの政変が起き、反ルカシェンコ政権、つまりは親西側政権が生まれるようなことがあると、この戦争全体のピクチャーが変わってきます。

――これまでのようにベラルーシ領内で露軍が訓練をしたり、ベラルーシ上空から空爆したりといったことができなくなりますね。

高橋 それだけでなく、今度はベラルーシが"ウクライナ化"していくことになる。そうなると、ロシアからすればウクライナと戦争をしている場合ではなくなってきます。

露軍に訓練拠点・出撃拠点を提供しているベラルーシ。だがルカシェンコ政権が倒れれば戦争の様相は一気に変わる 露軍に訓練拠点・出撃拠点を提供しているベラルーシ。だがルカシェンコ政権が倒れれば戦争の様相は一気に変わる

その意味で、起こる可能性がどれだけあるかは別にして、起こったときのインパクトという意味では大きなワイルドカードですね。

――ともあれ、そういった極端な変化がなければ、戦争はまだ当分続いていくことになりますね。

高橋 ウクライナ国民からすれば、現時点で戦争が終わっても国土の2割をロシアに取られ、そこにいる親類や友人を含めた国民がロシアの迫害下に置かれることがわかっている。だからこそ、占領地の完全奪還が目標になっているわけです。

戦争を終わらせるためには戦場で勝つだけでは足りませんが、戦場で勝たないと戦争は終わらせられないというのが現実だと思います。

●高橋杉雄(たかはし・すぎお) 
防衛省防衛研究所・防衛政策研究室長。現代軍事戦略、国際安全保障、米政治・日米関係を専門とし、この1年メディアで連日、ウクライナ戦争の戦況解説を行なってきた。初の単著『現代戦略論 大国間競争時代の安全保障』(並木書房)が発売中