2月4日に高度1万8000mを飛行中の中国軍偵察気球を、米F22ラプターがミサイルで撃墜した(写真:共同通信社)2月4日に高度1万8000mを飛行中の中国軍偵察気球を、米F22ラプターがミサイルで撃墜した(写真:共同通信社)
去る2月4日の午後、米東部大西洋沖領海上空の高度1万8,000m付近で、米本土を横断中の中国軍の偵察気球と認定された物体を、米空軍F22ラプター戦闘機が最新型のヒートミサイル「AIM9Xサイドワインダー」(一発約8,000万円)一発にて撃墜した。

偵察気球は高さ約60m、バス3台分の大きさがあり、米軍が回収した残骸からは情報収集活動に使用されたセンサーや電子部品が発見された。

偵察気球は、米本土の核ミサイル地上発射基地を空中から偵察していた他に、電波情報を収集していた可能性があるという。特に、指向性を持つ米国の衛星通信を傍受していたのかもしれない。すると、米軍は重要な秘密を握られたことも予想される。

F22ラプターは衛星通信を使い、最新作戦情報をやり取りし、ミサイル発射して撃墜する。中国偵察気球がF22で撃墜されるまで機能していれば、その過程のすべての衛星通信を傍受し、中国に自動転送したと推定できる。

F22ラプターは衛星通信を駆使して、敵機を追い詰める。その内容が中国に傍受されたかもしれない(写真:柿谷哲也)F22ラプターは衛星通信を駆使して、敵機を追い詰める。その内容が中国に傍受されたかもしれない(写真:柿谷哲也)

元航空自衛隊302飛行隊隊長の杉山政樹氏(元空将補)はこう話す。

「その可能性は十二分にあります。F22が衛星と通信しながらミサイルを撃ったならば、中国の偵察気球にその間の衛星通信は全て傍受されていると思われます」

ならば、中国空軍のJ20ステルス戦闘機は、模倣F22ラプター的な要素が加えられ、手強くなるかもしれない。

「偵察気球が衛星との通信を傍受したい、と言うのを知っていたならば、ラプターは衛星と通信を続けながらミサイルなど撃たないと思います。

中国やロシアの戦闘機が日本を一周しながら、レーダーサイトに向かっては帰る飛び方する時はどんな電波を出すか、電子偵察をしています。航空自衛隊(以下、空自)がその機にスクランブルで上がる時、F4の時代でもレーダーを付けずに、自分たちのレーダー周波数がバレないように接近していました。

だから、米空軍のラプターもほとんどスイッチを切っていたと思います」(杉山元空将補)

ならば安心、だと思っていたら、そうでもないようだ。

「米軍が全世界で運用している無人偵察機や無人攻撃機は、全て衛星通信を通じて遠隔で運用されていますよね」(杉山元空将補)

2014年に製作された映画『ドローン・オブ・ウォー』の中では、主人公の戦闘機パイロットはラスベガス近郊の米空軍基地で無人攻撃機「MQ9リーパー」を遠隔操縦で飛ばし、アフガニスタンでタリバン兵を毎日、対戦車ミサイル「ヘルファイヤ」でやっつけていた。

すなわち、中国軍偵察気球がその様な基地近くを通過していれば、米軍が運用する衛星回線経由の無人機操縦用電波も傍受されていた可能性がある。それは、世界各地にいる米軍各種無人機を、中国軍が電磁波兵器を使って無力化できる可能性があることを意味する。

「今回、中国が米に見えるような形で気球を飛ばし始めたので、その危惧が表出しましたが、欧州、日本周辺を含めて北半球全部は既に探知網の中にあります。

だから、南半球の方がまだ大丈夫です。なので米軍は今、南半球のオーストラリアに無人機のコントロールセンターを配置していると私は見ています」(杉山元空将補)

近頃、中国軍の無人偵察機が南シナ海から宮古海峡を通って西太平洋に出て、また中国に帰還するのが可能になったのは、この辺りの偵察による情報かもしれない。

ハイレートクライムで高高度に達しようとする空自のF15J戦闘機は、日本に侵入した中国気球を撃墜できるか(写真:柿谷哲也)ハイレートクライムで高高度に達しようとする空自のF15J戦闘機は、日本に侵入した中国気球を撃墜できるか(写真:柿谷哲也)

さて問題は、その中国気球は日本にも数多く飛来しているという事実だ。果たして空自は、高度1万8,000mを飛んでいる気球を撃墜できるのだろうか。

「F22ラプターだけしかその高度に行けない、ということはありません。ラプターの実用上昇限度は1万5240m、F15は1万7890m、私が乗っていたF4は2万740mまで上がれました。だから個人装備の中に、自分の身体のサイズに合わせた宇宙服とヘルメットを持っていましたよ。

F4は成層圏まで到達して、AIM7スパローミサイルを撃てました。そんな成層圏ミッションはありました」(杉山元空将補)

杉山元空将補が飛行隊長を務めた空自302飛行隊のF4EJ改ならば、高度2万m以上に上がる成層圏ミッションが可能だという(写真:柿谷哲也)杉山元空将補が飛行隊長を務めた空自302飛行隊のF4EJ改ならば、高度2万m以上に上がる成層圏ミッションが可能だという(写真:柿谷哲也)

空自のF4は既に退役。さらに日本の場合、武器は警察官職務執行法の範疇で正当防衛か緊急避難でしか使用できない。すると、反撃してこない気球への武器使用は不可能だ。

2月16日の時事通信の報道によれば、井筒航空幕僚長は定例記者会見で、「戦闘機から空対空ミサイルを発射するなどの手段で破壊は可能と考えている」と発言した。

米国が中国偵察気球と断定した物体のお陰で、空自の武器使用が一般諸国並みに可能になれば、気球は日本の国防に一石を投じた、ということになるのかもしれない。