去る2月14日の産経新聞は、ロシアのモルドバ政府転覆工作計画に関する情報をウクライナがキャッチし、同国のサンドゥ大統領に伝えたと報じた。その「計画」は、ロシアの工作員が反政権デモを起こし社会不安を煽り政権を打倒する、という旧ソ連邦内でロシアの情報機関がやっている方法と同じやり方だ。
2月10日にはサンドゥ・モルドバ大統領は現首相を解任し、2月16日に行われた信任投票の結果、親欧米派与党「行動連帯党(PAS)」のドリン・レチャン安全保障会議書記が新首相に就任した。安全保障の専門家が首相に就いたということは、この地でまた戦争が起きる可能性があるのだろうか。
2月24日のロイターの報道では、ロシアのメドベージェフ安全保障会議副議長(前大統領)が、「敵対国の国境をできる限り遠くに、(中略)NATO(北大西洋条約機構)加盟国のポーランドの国境まで押し戻すことが必要になる可能性もある」と述べたという。
ロシア軍がウクライナ西部に侵攻するのかと訝(いぶか)るなか、2月23日のロイターの報道によると、ロシア国防省は、「ウクライナが偽旗作戦を展開して、国境を接するモルドバ東部の親ロ派の沿ドニエストル共和国(以下、沿ド国)への侵攻を計画している」と非難したという。
そんなロシアとウクライナの応酬が続くなか、元米陸軍82空挺師団に所属の元米陸軍大尉・飯柴智亮氏はこう話す。
「プーチン・ロシア大統領の最終目標は"ネオソ連"の構築です。なので、旧ソ連邦各地の未承認国家を足掛かりに、弱体化した共和国を少しずつ乗っ取って行きます。
未承認国・沿ド国にも行きましたが、レーニンの写真や銅像があり、鎌とハンマーを重ねたソ連のロゴマークやプロパガンダポスターもありました。プーチンがお得意の情報機関の工作が難渋した場合、強硬軍事作戦を仕掛ける可能性もあり得ます」
その軍事作戦とは、どのようなやり方なのだろうか?
「ロシア空挺部隊一個大隊強1,000人が、午前三時に高度600mからモルドバの首都・キシナウにあるキシナウ空港に降下、夜間空挺強襲を仕掛けます。モルドバ軍が弱小なので、この兵力で十二分です。
それで、ロシア空軍輸送機が下りる滑走路を確保し、その後に続々とロシア軍の輸送機が着陸します。陸路では50km先の沿ド国から、駐留ロシア陸軍が陸路で進撃開始。ちゃんとした空軍を持たないモルドバは、なす術も無く降伏、はあり得ます」(飯柴氏)
では、それは軍事的に可能なのか。改めてシミュレーションしてみよう。
まず、ベラルーシに駐屯するロシア空軍機が離陸し、同国領空から大量の空対地長距離ミサイルをウクライナに撃ち込む。ウクライナ軍の地対空ミサイルはその防御に手一杯となり、ウクライナ空軍はロシアの空軍機が領空に入らないように防空戦闘に出る。
しかし、この駐ベラルーシロシア空軍の動きは陽動だ。実動は黒海上空を低空で飛ぶIl-76輸送機7機(1機150名の空挺兵が搭乗)と護衛のSu30またはSu35戦闘機30機、A50早期警戒機1機の空挺強襲編隊と、それに続く兵士を満載した輸送機が10数機連なる。
元航空自衛隊302飛行隊隊長の杉山政樹氏(元空将補)はこう予想する。
「モルドバ上空に行くには、NATO領域のルーマニア上空経由では航過できないので、空路は黒海からウクライナ上空の通過に絞られます。黒海上空は水の上だから、かなり低空までレーダーで見えます。ゆえに、極秘で行くのは無理でしょうね」
仮にロシア軍の空挺作戦が辛うじて成功すると、後続のロシア輸送機編隊は引き返した。空挺兵は軽歩兵なので継戦能力は3日。それ以内に沿ド国駐留ロシア軍より陸路で来援が必須だ。
その兵力は公開された情報から4,500~7,500人。四個自動車化歩兵旅団とあるが、戦車17両、BTRは107両なので、兵力700人の一個大隊だけが来援可能となる。
モルドバの軍事事情に詳しいフォトジャーナリスト柿谷哲也氏はこう言う。
「モルドバは自国空軍のミグ29を米国に売りました。そのことで、米空軍はミグ29の全容を知ることができました。その恩があるので、同国には米軍がいて訓練支援をしています」
ならば米陸軍式の対機甲旅団戦闘だ。
「真正面からぶつかれば、撃破は不可能です。ロシア軍の予想侵攻経路はR2。空港まで20km付近のアニネイ・ノイ町で、道路工事中に見せかけて封鎖です。
ロシアの機甲部隊がティギナ通りに迂回し、町中心地のラウンドアバウトで右折。再びR2に戻る際にL字型に左折する交差点が攻撃地点です。左内側の森林には対戦車・対人地雷を仕掛け攻撃開始です。
残存兵力が進軍しても、その先のツンツァレニ市の手前にあるガソリンスタンドに差し掛かった時にまとめて、爆薬で吹き飛ばします。敵兵力は壊滅するでしょう」(飯柴氏)