今年1月実施の中華民国軍の演習「春節加強戦備」の様子。台湾南部の都市を占拠した人民解放軍役(手前の兵士ら)のチームを、ドローンや戦車で殲滅する訓練が行なわれた(撮影/安田峰俊) 今年1月実施の中華民国軍の演習「春節加強戦備」の様子。台湾南部の都市を占拠した人民解放軍役(手前の兵士ら)のチームを、ドローンや戦車で殲滅する訓練が行なわれた(撮影/安田峰俊)

台湾をわがものにしたい中国共産党と、それにあらがう台湾。すでに水面下で激しさを増している双方の戦いはどうなるのか? ルポライターの安田峰俊氏が台湾で徹底取材する!

現在、中国は台湾人の"親中"世論を高めたいとさまざまな工作を行なっているが、その中で注目されているのが台湾人の「親中インフルエンサー」だ。調査機関から名指しで批判される彼らはいったい何を考えている? 本人に直撃してみたところ......思いもよらない実態が見えてきた!

■台湾人を"親中"にするための工作

2022年11月、台湾(中華民国)で実施された統一地方選挙で、与党の民主進歩党(民進党)は歴史的な大惨敗を喫した。

国内の22市県のうち、最大野党の中国国民党(国民党)が14市県で勝利した一方、民進党が得たのはわずか5市県。23年1月に発表された政党支持率も、国民党が民進党を僅差で上回り、与野党の人気が逆転した。

民進党はリベラル寄りで、台湾独立を望む台湾人意識が強い政党だ。対して国民党は保守的で、「中国」(≒中華民国)の枠組みを重視して中国大陸の共産党とも良好な関係構築を志向する政党である。

民進党不振の理由として、一部の議員や支持者が主張しているのが、台湾の併合を狙う中国共産党からの世論操作「認知戦」による影響だ。

例えば、台湾北部の某市議はこう話す。

「民進党系の候補者のフェイスブックページにネガティブな情報を大量に書き込んだり、(台湾で利用者が多い)LINEの大規模チャットグループにフェイクニュースを投稿したりする工作がある。中国やそれに協力する台湾人ネットユーザーによって、攻撃がなされているようだ」

台湾では有権者の7割以上がフェイスブック、約3割がYouTubeで情報を得ており、ネット上の悪評の影響は大きい。その背後に、中国の工作があるというのだ。

認知戦(Cognitive Warfare)は「人間の脳の脆弱(ぜいじゃく)性」を利用した新たな戦争の形態として、近年の軍事業界で注目を集めているトピックだ。

すなわち、敵国にフェイクニュースを流したり、自国に有利な言動をとる敵国の政治家やメディア、KOL(ネットのキー・オピニオン・リーダー)らを支援したりして社会の混乱を煽(あお)り、相手の弱体化を図る戦法である。

言論の自由が保障された民主主義国家に対して、認知戦は特に効果的とされる。16年にトランプが当選したアメリカ大統領選挙や、ブレグジット(EU脱退)を決めたイギリスの国民投票の結果も、ロシアによる認知戦の影響を受けたとの説がある。近年は米軍のみならず日本の自衛隊も、認知戦の情報収集と対策の策定に動いているという。

一方、中国は台湾に向けた認知戦を展開中だ。

「中国による工作は、台湾世論に対してアメリカや日本への敵意を煽ったり、与党の民進党政権への不信感を抱かせたりする内容が多いのです」

認知戦研究と政府への提言を行なう台湾のシンクタンクの関係者らはそう話した。

彼らがとりわけ強調したのが、中国が台湾人の協力者を通じて、YouTubeやTikTokなどの動画サイトを使い、蔡英文(ツァイ・インウェン)政権を攻撃しているとする指摘である。

「中国に都合のいい意見を話す配信者ほど、アクセス数や『投げ銭』が集まります。投げ銭の多くは中国大陸からのウェブマネーなのです」

ちなみに、二大政党がしのぎを削る台湾では政治家はもちろん、NPOや民間企業も「緑(民進党)」か「青(国民党)」のいずれかに親和的な立場が多い。私が尋ねたシンクタンクは"緑寄り"のようだった。

彼らは認知戦の協力者としてマークしている台湾人インフルエンサーの名前をこっそりと私に教えてくれた。

そこで今年2月上旬、私は台湾に飛んだ。「親中YouTuber」として名指しされた人に実際に会い、中国が仕掛ける認知戦の実態を徹底して暴きたいと考えたのだ。

ところが取材を進めると、複雑な事実が明らかになった。昨今の民進党の不振は、中国の情報工作という外部の要因だけでは説明できない問題だったのである――。

「俺は権力や権威が嫌いなんだ」

「アホらしい。俺が中国からカネをもらっている、という話こそフェイクニュースだよ」

台北市内の配信スタジオでそう話すのは、政治系YouTuberの朱学恒(ジュ―・シュエハン)だ。

彼は外省人の2世(親世代が中国大陸出身)で、かつてアメリカのテーブルトークRPGを台湾に紹介、さらに小説『指輪物語』の翻訳で経済的に成功し「オタクの神」と呼ばれた経歴を持つ。

10年代以降、死刑廃止に反対するなど社会的な意見発信が増え、多数の舌禍事件も起こしてきた。取材前、「認知戦の協力者の筆頭格だ」と聞かされていた人物である。

「しかしなあ、俺がメインで使っているYouTubeは、ネット規制のある中国大陸からは簡単に接続できないし、中国の銀行口座やクレジットカードの決済にも対応していない。どうやって多額の投げ銭を送るんだい?」

朱学恒(右、撮影/安田峰俊)。TikTokに投稿した動画(左)で、旅行先の日本から台湾の物価は高すぎると自国の政府を批判するが、日台の物価の接近は日本のデフレと為替レートのせいです...... 朱学恒(右、撮影/安田峰俊)。TikTokに投稿した動画(左)で、旅行先の日本から台湾の物価は高すぎると自国の政府を批判するが、日台の物価の接近は日本のデフレと為替レートのせいです......

彼の配信内容は、時事放談的なトークがメインで、与党の民進党を激しく攻撃したり、台湾社会の問題点を批判したりするものが多い。

コロナ禍による社会不安を背景に規模を伸ばし、今年2月時点でチャンネル登録者数が25.4万人に達した。総人口が2300万人ほどの台湾では非常に多い数字だ。

中でも台湾の国産コロナワクチンの関連政策を批判した動画が人気で、約47万回の再生数を記録している。

「俺のチャンネルを見る人の多くは、"緑"に違和感を持つ台湾人だ。俺は伝統的なメディアでは言えないことをしゃべっている」

朱学恒の配信は時に言葉遣いが荒く、扇動的な印象だ。旅行先の日本から「今や日本と台湾の物価はあまり変わらない。つまり台湾の物価が高すぎるのだ」と、不正確な認識で政府批判を行なったりと、ファクトチェックも厳密ではない。

ただし、動画をよく見ると、中国共産党との親和性を感じる内容は非常に少ない。台湾の国民党の主張でもある「ひとつの中国」(台湾が"中国"であると認める主張)の概念すら、ほとんど言及しない。

「俺は権威や権力が嫌いなんだ。オードリー・タン(唐鳳[タンフォン]、トランスジェンダーの台湾デジタル担当大臣)以上のアナーキストだと思ってるよ。前に国民党が与党だったときは国民党を批判したし、過去に『ヒマワリ学運』(14年に国民党政権の急激な対中接近に反発して起きた学生運動)に賛成したこともある」

彼が民進党政権を嫌っているのは間違いないが、その言動や配信内容に中国共産党の「協力者」らしき気配は感じられない。どうも事前に聞いた情報とは話が違う。

■反・蔡英文であって反・台湾ではない

そこで私は、認知戦の担い手とされた、もうひとりの台湾人インフルエンサー「歴史哥(リーシィガー)」(歴史お兄さん)に会うことにした。彼は歴史学専攻の修士号を持つ34歳の男性だ。YouTubeのチャンネル登録者数は約24.5万人で、やはり過激な表現で与党を攻撃している。

彼は朱学恒と違い、中国の動画サービス『西瓜視頻(シーグアシーピン)』や『ビリビリ』にもチャンネルを開設していた。また、中国のウェブ決済システムである「アリペイ」のアカウントも公開している。中国と距離が近そうにも思えるのだが......。

「中国には昔、出張で福建省に3日間行っただけ。深い関係はない。中国向けの動画は出してるし、広くカンパを募るために国際サービスのペイパルに加えてアリペイも使っているけれど、中国側のプラットフォームで政治的なことはしゃべっていないんだ。中国は言論規制が厳しいからね」

歴史哥(歴史お兄さん、左、撮影/安田峰俊)の、蔡英文を激しく非難するショート動画(右) 歴史哥(歴史お兄さん、左、撮影/安田峰俊)の、蔡英文を激しく非難するショート動画(右)

実は彼が発信するコンテンツは2種類ある。台湾政治に言及するYouTubeの動画では蔡英文や民進党を激しく罵(ののし)っているが、一方で「歴史お兄さん」の名前からわかるように、三国志など中国史の話題を真面目に解説する動画も作っているのだ。

彼の中国向け配信の内容は後者である。つまり中国からのカンパは、歴史番組の視聴者によるものが多そうだ。中国共産党に都合のいいことをしゃべって投げ銭を得るという、認知戦の構図とは、ちょっと違いそうである。

「南部の高雄市の出身で、実家はバリバリの"緑"なんだ。自分のアイデンティティは台湾にあるし、家では台湾語(台湾の方言)をしゃべっている」

そう話す彼も、実は過去にヒマワリ学運を支持していた。運動から生まれた"緑"系の新党「時代力量」を支持し、16年の総統選で蔡英文に投票したこともあったという。

「当時は政府の対中経済接近が急激だったから、ヒマワリ学運の発生は必然だったと思う。ただ、問題は政権交代した"緑"陣営が、さっぱり民意に応えなかったことだ」

2014年に台湾で発生した学生運動「ヒマワリ学運」。学生たちは立法院(日本における国会議事堂に当たる)を占拠(撮影/安田峰俊、2014年) 2014年に台湾で発生した学生運動「ヒマワリ学運」。学生たちは立法院(日本における国会議事堂に当たる)を占拠(撮影/安田峰俊、2014年)

「ヒマワリ学運」では大規模なデモも起きた(撮影/安田峰俊、2014年) 「ヒマワリ学運」では大規模なデモも起きた(撮影/安田峰俊、2014年)

失望した彼は18年、高雄市長選に出馬した国民党の候補者・韓国瑜(ハン・グォユィ/後に総統選にも出たが敗北)のネット応援団に加わり、そのトークがバズって人気者になった。結果、強烈な「反・蔡英文」を掲げる現在のキャラが固まった。

「......中国はひとつだが、政権はひとつじゃない。中国共産党政府は私たちの政府じゃない。台湾独立についても、まあ、心情は理解できる」

取材後、彼が配信したライブ動画を見ると、不機嫌そうな顔でそんな話をしていた。自分が「中国に協力する認知戦の尖兵(せんぺい)」として取材の対象にされたことが、よほど不本意だったらしい。

やはり、事前に聞いた情報は明らかにヘンである。そこで私は、もっと露骨に「親中国的」な主張を行なっている台湾人KOLを探し出し、会ってみることにした。

■外国人を自国の宣伝に組み込む中国の戦略

「中国大陸とは友好を深めるべきだし、中国の人は僕たちを同胞だと思っている。なのに、中国は独裁的で怖いという報道ばかりだ。中国側に嫌がられるし、良くないよ」

近年の若い台湾人には珍しい意見を話すのは、元ミュージシャンの寒国人(ハングォレン)だ。彼は中国大陸のSNS『新浪微博(シンランウェイボォ)』で約114.7万人、『西瓜視頻』で約164万人、中国版TikTok『抖音(ドウイン)』で約57.9万人、さらにYouTubeでも45.8万人のファンを持つ、大物の親中台湾人インフルエンサーである。近年は中国の杭州市に拠点を置き、たまに台湾に戻る。

台北市内の西門町で取材に応じるインフルエンサーの寒国人(撮影/安田峰俊) 台北市内の西門町で取材に応じるインフルエンサーの寒国人(撮影/安田峰俊)

彼の父は1980年代に台湾に移住した在外華僑(かきょう)で、寒国人自身も「台湾人」より「華人」としての自己認識が強いようだ。中国向けの動画サービスはもちろん、YouTubeも在外中国人の視聴者が多いらしい。

「中国での活動費用は"台商(タイシャン)"の支援がある。両岸交流活動イベントに招かれて、よく青海省なんかにツアー旅行に行かせてもらえるから楽しいよ。旅費も台商が払ってくれる」

台商は、中国大陸で活動する台湾人商人だ。商業的な必要から中国共産党の祖国統一政策に親和的な言動を示し、当局に表彰される人も多い。彼らが資金を出して、寒国人の活動を支えているようだ。

寒国人の配信は自宅や街角でのスマホ撮影で、技術は高くない。朱学恒たちとは異なり、政治問題の語り口もシンプルだ。それなのに中国人のファンが多いのはなぜか。

「台湾はQRコード決済が使えず、まだ現金払いしかできない屋台があるんですよ」

「台湾は民主主義や自由を掲げていますが、見てください。駅にたくさんホームレスがいます。問題があるんです」

つまり、台湾をサゲて中国をアゲるような動画の配信を繰り返しているのだ。

愛国主義的な風潮が強い近年の中国では「母国を批判して中国を褒(ほ)める」外国人の需要が高く、当局の国内向けプロパガンダの一環に組み込まれている。

寒国人と並ぶ「中国賛美系」の台湾人インフルエンサー、台湾表妹。台湾国内では失笑されているが、中国では大人気である 寒国人と並ぶ「中国賛美系」の台湾人インフルエンサー、台湾表妹。台湾国内では失笑されているが、中国では大人気である

寒国人のほかにも、中国のゼロコロナ政策を礼賛する映像を何本も発表した在中日本人ドキュメンタリーディレクターの竹内亮や、母国のコロナ被害を強調する在中アメリカ人の火鍋大王(フオグオダーワン)などが代表的な人物だ。寒国人はこう話す。

「竹内亮さんは中国に友好的。尊敬しています。僕なんか足元にも及びませんよ」

中国当局の意向に沿った言動を繰り返す台湾人KOLは確かに存在した。

ただ、そんな寒国人が尊敬する竹内亮は、中国のみならず日本でも情報発信を行なっているが、中国の体制や政策を賛美する言説は、日本の世論にほとんど影響を与えていない。それと同じく寒国人の言葉も、多数派の台湾人に広く耳を傾けられるものとは考えにくい。

■中国の「認知戦」の影響力は限定的?

もちろん、中国が台湾を狙い、プロパガンダを通じた世論操作や社会不安の扇動を考えていることは確かである。

22年8月、台湾の駅の電光掲示板やコンビニの店内テレビがハッキングされ、中国寄りのメッセージが表示されるなど、明確な認知戦が実行された実例もある。

また、今年1月にアメリカで起きた華人系男性による銃乱射事件や、中国がアメリカ上空に飛ばした「スパイ気球」問題など重要な事件について、中国政府の見解と同じ"真相"が、台湾の識者を通じてテレビで紹介される場合もある。

とはいえ、外交官が自国の主張をゴリ押しする「戦狼外交」や、党機関紙『人民日報』が海外のSNSでも四角四面の内容ばかり発信している様子を見る限り、中国は西側の民主主義社会に向けた情報発信がイマイチ苦手だ。認知戦の行使は事実だが、現時点での実際の影響力は、われわれが思うよりも限定的な可能性がある。 

むしろ取材で見えたのは、台湾の"緑"陣営の問題だった。単に与党に不都合な言動をとる人物にまで認知戦のレッテルを貼る動きがあるのは明らかなのだ。

台湾は14年のヒマワリ学運を境に"緑"の風が吹き、蔡英文は2度の総統選に圧勝した。ただ、発展が頭打ちになった社会で、中国への対抗姿勢を示しつつ経済を発展させることは難しく、庶民の生活は楽ではない。

また、同性婚の合法化やオードリー・タンの起用などリベラル寄りのキレイな政策を推進した一方で汚職が頻発したり、緑陣営だけが台湾を代表しているかのような主張(今回の認知戦レッテルも同様だ)を振りかざす人々もいたりする。「民意の支持に驕(おご)って、汚い面が目立っている」という評価も、台湾では少なからず耳にする。

今回、私が取材した朱学恒や歴史哥は、ヒマワリ学運や蔡英文にいったん期待したものの離れた人たちだ。彼らの人気は、必ずしも中国の工作のせいではなく、同じような失望を感じた人がそれなりに多くいるせいだろう。

大国化した近年の中国は、地味で緻密な工作よりも、資金や物量のパワーで短期的に派手な成果を上げたがる傾向が強い。脅威の存在は事実とはいえ、根拠の薄い陰謀論的な解釈は禁物だ。

台湾の認知戦騒動から、私たち日本が学べることは多いのではないだろうか。

★後編では、台湾有事の本当の最前線である離島「金門島」の今をルポ!

●安田峰俊(やすだ・みねとし)
1982年生まれ、滋賀県出身。ルポライター。中国の闇から日本の外国人問題、恐竜まで幅広く取材・執筆。第50回大宅壮一ノンフィクション賞、第5回城山三郎賞を受賞した『八九六四 「天安門事件」は再び起きるか』、第5回及川眠子賞を受賞した『「低度」外国人材 移民焼き畑国家、日本』(KADOKAWA)など著書多数。新著は『北関東「移民」アンダーグラウンド ベトナム人不法滞在者たちの青春と犯罪』(文藝春秋)