算出された自衛隊の損害規模の大きさから、日本でもかなり注目された台湾有事シミュレーション。その内容はプロの目から見ても妥当なのか? 空自・海自OBや米軍関係者に詳しく検証・解説してもらった。
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■元米軍人と政治学者がウォーゲームを主導
2026年に中国が台湾に侵攻した場合、中国軍の作戦は最終的に失敗する。ただし、台湾防衛のために米軍と自衛隊にも相当な被害が出る――。
アメリカ有数の外交・安全保障系シンクタンクであるCSIS(戦略国際問題研究所)が1月9日、そんな研究結果を発表した。
元海上自衛隊潜水艦はやしお艦長・第二潜水隊司令で、在ワシントン日本大使館への勤務経験もある金沢工業大学虎ノ門大学院教授・伊藤俊幸氏(元海将)はこう語る。
「CSISの本部はワシントンにあり、日本を専門分野とする研究者による『ジャパンデスク』も置かれている。日本大使館とも親しくやりとりをしていますし、極めて信頼の置けるシンクタンクです」
今回発表されたのは、さまざまな条件設定の下で計24回のウォーゲーム(机上演習)を行ない、戦況をシミュレーションした結果を160ページ超のリポートにまとめたものだ。米海軍系シンクタンクで戦略アドバイザーを務める北村 淳氏が解説する。
「このプロジェクトを主導したのは、ベトナム戦争、湾岸戦争、イラク戦争などに参加した元海兵隊大佐のマーク・カンシアンCSIS上級顧問、その息子でアフガニスタン戦争に従軍した後、研究者へ転身し米海軍大学校のウォーゲームなどにも参加した元海兵隊大尉のマシュー・カンシアン博士、日本語と中国語に堪能な政治学者で現在はMIT(マサチューセッツ工科大学)国際問題研究所の主任研究員を務める陸軍予備役大尉のエリック・ヘギンボサム博士の3名です」
多数のCSIS研究員が参加して繰り返された24回のウォーゲームのうち22回では、以下の基本設定が採用された。
●中国の侵攻開始を受けて米政府が介入を決断し、米中が軍事衝突する。
●日本は米軍による日本国内の軍事拠点を使用することを認める。
●中国軍は日本国内の米軍基地ならびに自衛隊基地などの出撃・補給拠点を攻撃する。
●日本も反撃のために台湾・アメリカ側に立って軍事力を直接投入する。
その中身を詳しく見ると、侵攻の始まりは中国軍によるすさまじい数のミサイル攻撃で、地上と港湾にいる台湾空・海軍の戦力はほぼ全滅してしまう。続いて中国海軍が台湾全島を包囲し、米軍の接近を阻止しつつ、軍民両方の揚陸用艦船が台湾海峡を渡り、上陸作戦が開始される。
しかし、26年になっても中国軍の揚陸能力は十分ではなく、台湾に上陸できる兵力は初日に8000人、3日後でも1万6000人にとどまる。台湾陸軍の反攻に遭って飛行場や港湾の奪取に失敗し、兵站(へいたん)が続かない。
その後、米軍と自衛隊が参戦して防衛作戦を2~4週間続行し、侵攻は失敗に終わる――そんな結果が主要シナリオとして導き出された。
■米軍と自衛隊はどう戦うのか?
このシミュレーション内容は、自衛隊の立場から見ても評価できるものなのか?
まずは航空戦力について。元航空自衛隊302飛行隊隊長で、沖縄周辺空域の状況に精通する杉山政樹氏(元空将補)はこう語る。
「同盟国であるアメリカが介入したからといって、日本も自動的に参戦する法的根拠はありません。しかし、CSISのシミュレーションでは多くの場合、中国軍が米軍戦力を削るために在日米軍基地をミサイルで先制攻撃する。これは日本の国土に対する攻撃ですから、自衛隊も動くことになるわけです。
112機という平均損失数は、私としては少ないという印象ですが、これも侵攻開始時点からではなく、自衛隊が遅れて参戦してからのカウントだからでしょう。また、米軍が先に参戦して前線で戦っているために、米軍機の損失数がこれだけ膨らんでいるとも考えられます」
それにしても、112機の軍用機損失がすべて空自機だと仮定すると、空自は全戦力の約3分の1を失う計算になる。杉山氏が続ける。
「戦闘機同士の空戦なら、日米の航空戦力が中国空軍に負けることは考えにくい。逆に言えば、中国軍は空戦でまともにやり合っても勝てないので、在日米軍基地や自衛隊基地、あるいは先島諸島などに前方展開している米軍機のいる飛行場をミサイルによる先制攻撃で徹底的につぶしにかかるはずです。
米空軍は最近、沖縄・嘉手納(かでな)飛行場からF-15飛行隊を退役させ始めており、また、軍人が赴任時に家族を同伴させないケースも多くなっていますが、これも台湾有事の際に嘉手納が〝火の海〟になることがわかっているからです。
つまり、空自機や米軍機の損失のほとんどは、地上にいる段階でミサイル攻撃を受けて破壊されたり、撃沈された空母と共に海に沈んだりするケースだと考えていいでしょう。ただし、仮に飛行中に撃墜されたとしても、空自は緊急脱出したパイロットを必ず救難します。
ですから、仮に112機を失っても発進基地や司令部活動、各種レーダーも残存しているなら、残り3分の2の航空戦力でまだまだ戦える陣容です」
次に、台湾の周囲を封鎖する中国海軍と日米艦隊が激突する海戦について。どのシナリオでも、米空母は中国軍の地対艦ミサイルと潜水艦による複合攻撃で2隻が撃沈されるという結果になった。前出の伊藤氏はこう言う。
「米海軍が空母2隻を含む22隻、海自が26隻という平均損失数は妥当な数字でしょうね。米空母には数十機の艦載機と約5000人が配備されていて、最新艦なら建造費は1隻1兆9000億円。しかも米海軍全体で12隻しか保有していない(24年就役予定の最新艦含む)。
そのうち2隻が沈むとなれば、もちろん衝撃的な話ですよ。ただ、あくまでも最も重要なのは、中国側が投入した艦船の9割を失い、侵攻に失敗したという結果のほうです」
ちなみに中国海軍の艦船損失数は、実に138隻に上る。伊藤氏が続ける。
「戦域となる海域の周辺には海自潜水艦と米海軍の攻撃型原子力潜水艦も展開します。中国海軍は絶対にその居場所をつかめないので、中国側の水上艦は日米の潜水艦による攻撃で次々と沈んでいく。
こうなると、中国海軍はさらなる損失を恐れて港を出られなくなる。そこを台湾のミサイル部隊が狙って一網打尽にする――そんな展開になると予測できます」
ただ、もちろん海自の26隻という損失数は相当なもので、再建には相当な時間と予算がかかるという。
「海自の水上艦艇が半分になってしまうわけですからね。日本には今、年間1、2隻建造できるくらいしか艦艇の製造ラインがありませんから、仮に予算がついたとしても、10年では元どおりになりません」(伊藤氏)
そして、もうひとつ気になる点。CSISのリポートでは触れられていないが、日本の民間人にはどのくらいの被害が出るのか?
「心配されるのはミサイル攻撃による被害でしょうが、中国軍は精度の高いミサイルで軍事施設をピンポイント攻撃するはずですから、おそらく民間人の人的損害はかなり限定的でしょう。先島諸島ではこれから3年かけて避難用シェルターの設置を急ぎ、避難訓練も行なわれるはずです。
また、台湾に近い与那国島(よなぐにじま)などからは、可能な限り住民を退避させることになる。それでも島に残る決断をされた方は危険かもしれませんが......」(前出・杉山氏)
■日本が中立を保つと台湾は陥落する
ただし、今回のウォーゲーム・リポートに関しては、ほかにも日本にとって重大なポイントがいくつかある。
第一に、リポートの政治的意図だ。前出の伊藤氏はこう指摘する。
「5年ほど前、アメリカでは米軍が中国軍に負けるという台湾有事シミュレーションがいくつか発表されました。これを受けて、中国共産党上層部の陸軍出身者たちは『アメリカは怖くない』と無謀なほど強気になってしまった。
ですから今回のリポートには、『もし台湾を取りに行くなら米軍も日本も本気で参戦するぞ』というメッセージが込められている。軍事、経済、外交、情報などを総合的に連携させながら相手を抑止するFDO(柔軟抑止選択肢)の一環でもあるわけです」
第二に、リポートには「在日米軍基地が米軍の最重要拠点である」「同盟国の中でも日本が最重要である」と繰り返し書かれていることだ。前出の北村氏が解説する。
「ウォーゲームは計24回行なわれ、最も楽観的なシナリオと最も悲観的なシナリオは平均値の算出などから除外されています。ちなみに最も楽観的なのは、日本が開戦当初から自衛隊を投入するシナリオで、米軍はかなり楽に作戦を遂行し勝利を収めます。
一方、最も悲観的なシナリオは日本が最後まで中立を保ち、在日米軍基地の使用も認めないケース。この場合、米軍は歴史的大敗を喫し、中国は台湾侵攻に成功するとの結果が出ています」
つまり、日本の立場は「多大な犠牲を払いつつも台湾防衛に参加して中国を撃退する」か、「中立を保って台湾を見捨てる」かのどちらかしかないということになる。
元米陸軍大尉の飯柴智亮氏はこう言う。
「私も米軍時代にウォーゲームを散々やってきたので、その分析作業がいかに高度かは理解しています。ただ、そうはいっても日本側の被害の正確な規模は、実際に戦争が起きてみないとわかりません。
とにかく確実なのは、台湾を中国に取られることは、すなわち米中戦争でアメリカが敗北するということ。そして台湾の陥落は、すなわち日本の南西諸島における防衛戦略の〝ゲームオーバー〟を意味するということです。
ですから、日本が参戦するかしないか、在日米軍基地の使用を認めるか認めないかといった議論は極めて低レベルで、論ずるに値しない話だと私は考えます。日本政府はあいまいな言い方をせず、『日本はアメリカと共に台湾防衛に全力を尽くす』とはっきり発信することが必要です」
そして、最後にもう一点。CSISによるウォーゲームでは前提条件に含まれず、そのためリポートにも書かれなかった〝別のシナリオ〟があるという。
「CSISのシミュレーションは、台湾軍が降伏せず徹底抗戦するという大前提の下で行なわれました。しかし当たり前の話ですが、もし米軍が参戦する以前に台湾が降伏を選んだ場合、以後のシミュレーションにはなんの意味もなくなり、中国は最小限の犠牲ですんなりと『台湾統一』を成し遂げるということになります」(前出・北村氏)
言うまでもなく、これは台湾の政府と主権者の決断次第であり、外の人間がとやかく言う話ではない。しかし、先述したように日米にとっては〝悪夢のシナリオ〟だ。
いずれにしても、これから最も重要なのは中国が侵攻を決断することを思いとどまらせ続けること。そのためには「台湾を本気で守る」「侵攻したら中国が負ける」というメッセージを日米が発し続けるしかない。