巡行中のトマホーク。時速800km程度と飛行速度は遅いが、多方向から同時に複数発射することで、敵の対空網を突破する巡行中のトマホーク。時速800km程度と飛行速度は遅いが、多方向から同時に複数発射することで、敵の対空網を突破する
今年2月の末、衆院予算委員会で岸田首相は米国製トマホークを400発購入する予定であることを明かした。反撃能力保有の是非はもちろん、1発当たり3億円ともいわれるコストの高さについても議論の的となっているが、果たしてこの「買い物」は妥当なのか。元陸上自衛官に聞いた。

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今回購入予定のトマホークの特徴のひとつは射程距離の長さです。

最新のタイプは射程距離が3000km以上あります。日本が長射程化を急ぐとしている12式地対艦ミサイルの現在の射程距離は200kmであり、単純に15倍以上の射程距離があります。

さらに、陸上(陸上発射装置)、水上(水上艦)、水中(潜水艦)など、様々な発射地点からの射撃が可能であることも特筆すべき点です。

そして高い命中率。衛星情報やGPS誘導及び画像認識誘導等により、ピンポイントの目標破壊が可能です。湾岸戦争当時の命中率でも85%以上ありましたが、その後さらに進歩を遂げていると思われます。

■トマホークの使い道は?

さて、日本政府はこのように武器としての能力が高いトマホークの運用について、どのような想定をしているのでしょうか。昨年策定された戦略3文書等をみると、台湾有事や尖閣有事の際の運用を想定していることは明らかです。政府の説明では、敵ミサイル基地や島嶼防衛用に運用するとしています。

トマホークは、台湾有事に備えているといわれる中国人民解放軍の東部軍区を射程距離に収めます。白紙的には東部軍区のミサイル基地、航空基地、レーダー基地及び通信施設等を破壊し、中国の戦争遂行能力を減退させることが可能です。また、高い命中率があるため、住民に対する被害を局限できます。

3文書等の策定過程において懸念されていたのが、北東アジアにおける中国と在日米軍を含む日本の戦力差の拡大です。台湾有事等において、米国の第7艦隊等が来援するまでの間に、人民解放軍の物量による電撃作戦を展開されると、押し切られる可能性が高くなってきています。

米国が本格的に対応するまでの間に、日本が独自で中国領域内において有効な反撃能力を保有することにより、中国が台湾有事に踏み切ることを抑制する効果は高いと思われます。

一方で、トマホークの飛行速度は時速800kmと比較的遅いため、中国側も既存の対空火器を多層的に複数配置すれば、迎撃対応は可能です。とはいえ、トマホークの射程距離内にあるすべての施設に多数の対空火器を配置し、多層的に対空防護することは勢力的に困難です。多方向から同時に複数発が射撃することで、その対空網を突破することは可能です。

■1発3億円のコスパはいかに?

トマホーク購入について懸念の対象となっているのが、コストです。

2023年度予算案にミサイル本体と専用の格納容器(キャニスター)を合わせた購入費2113億円及び、トマホークをイージス艦に搭載するための関連機材の取得に1104億円を計上しています。

つまり、単純計算すれば1発あたり8億円以上です。これは、米軍が購入する価格の約3倍以上となっています。これをみて「ぼったくり」と批判する向きもあります。ただ、自国開発の武器を米軍が購入する際の価格が特別低く設定されているだけで、性能からすれば顕著に高額とは言えないと思います。

艦上から発射されるトマホーク。陸・海・空のいずれからも射撃が可能であることも利点のひとつ艦上から発射されるトマホーク。陸・海・空のいずれからも射撃が可能であることも利点のひとつ
そもそもトマホークは現在、自衛隊が保有していない機能を持っている兵器であり、運用実績もある信頼性の高い兵器です。日本も長距離射程兵器の開発を前倒しにするとしていますが、そのつなぎとして、反撃能力を担保する兵器を購入せざるを得ないということだと考えられます。

では、なぜ今まで日本は、長距離射程兵器を独自開発できなかったのでしょうか。

今までは、反撃能力を保有する兵器に関する研究開発は国民感情的に忌避感が強く、また、日米同盟により日本の安全保障を米国の圧倒的な軍事力に依存していたため、自衛隊独自の軍事技術の革新が進まなかったという経緯があります。

しかしながら現状、北東アジアの軍事バランスは急速に中国に有利なものとなり、米国の軍事力が相対的に低下し、日本の国内世論も変化してきています。早急に長射程火力に関する研究開発を進める必要があると思います。

■日本の防衛生産体制のもろさ

予算の関係上、自衛隊は継戦能力に乏しく、特に弾薬が極めて少ないことは指摘されてきました。弾薬の調達数が少ないことは、防衛産業の生産態勢にも影響が出ています。

毎年ごく少数の弾薬しか調達されないため、企業側も生産ラインを限定的にせざるを得ないので急激に量産することもできず、また、少数生産であるため単価も割高になっています。

このため、令和5年度の予算では、スタンドオフミサイル(長射程ミサイル)の国内製造態勢の拡充のため、1296億円を計上しています。

長射程ミサイルにかかる研究開発費、製造態勢の維持費、実際のミサイルの調達費等の諸経費のコストをかけずに(たとえ製造技術を保有していたとしても、現在の日本の製造態勢ではそこまでの量産は困難でしょう)、緊迫した情勢下において単年度でトマホークを400発も調達できるならば、中国への抑止効果を考慮すればこのトマホークの購入はお買い得といえるではないでしょうか。

■攻撃目標情報も米軍頼み

ただ、トマホークを400発導入したからといって安心というわけではありません。反撃能力の運用においては、目標の情報が重要となります。長射程のミサイルを保有したところで、攻撃目標に関する情報を獲得しなければ、そもそも射撃ができないからです。

敵領域内における目標情報を獲得するには、偵察衛星、航空偵察機、電子戦情報収集機、ヒューミント等様々な手段がありますが、当面は米軍に依存しなければならないというのが現状です。しかし、ゆくゆくは自衛隊で情報収集できる体制を作り上げていく必要があります。

ちなみに昨年末、特定秘密の漏洩により自衛官が処分されましたが、このようなことが続けば、自衛隊の情報保全態勢を疑われ、米軍からの情報提供は困難になるでしょう。

そして国民保護の体制についても再考しなければなりません。敵領域内に反撃をすれば、日本国内の自衛隊施設等が再反撃を受ける可能性はもちろん高まります。

日本全域にいきなりシェルターを整備することは予算的、時間的に困難でしょうが、その可能性が高い南西諸島地域等における住民避難要領の確立や、万一、住民避難が完了しなかった場合のシェルターの整備等は進めなければならないと思います。

●猫中佐
四国生まれ。大学卒業後、自衛隊に幹部入隊。主に20年近く部隊運用、教育に関する業務に従事。2021年に中途退官したのちは組織人事コンサルタントとして、民間企業に自衛隊で培ったノウハウを提供している