ロシア・サハリン州の液化天然ガス基地(上)から運搬船に延びるパイプ。日本政府は口ではロシアを非難するものの、岸田首相の地元・広島の「広島ガス」へのこの基地からの天然ガスの供給は止めていない ロシア・サハリン州の液化天然ガス基地(上)から運搬船に延びるパイプ。日本政府は口ではロシアを非難するものの、岸田首相の地元・広島の「広島ガス」へのこの基地からの天然ガスの供給は止めていない
ウクライナ戦争勃発から世界の構図は激変し、真新しい『シン世界地図』が日々、作り変えられている。新連載「#佐藤優のシン世界地図探索」ではその世界地図を、作家で元外務省主任分析官、同志社大学客員教授の佐藤優氏が、オシント(OSINT Open Source INTelligence:オープンソースインテリジェンス、公開されている情報)を駆使して探索していく!

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――前回のお話にあったように、欧州最高の知の巨人、エマニュエル・トッド氏が「日本は米国の保護領」と発言しているとのことですが、いまの日本の状況をどう見ていますか?

佐藤 国際政治学者の故・高坂正堯氏が著した『国際政治 恐怖と希望』という本がありますが、これは基本書中の基本書で、世界を読み解く際に非常に役立ちます。

国際政治は三つの要素からできていて、一つは<価値の体系>、二番目は<利益の体系>、三番目が<力の体系>とあります。いまの岸田政権がやっていることは<利益の体系>で、ロシアとは完全対決の姿勢です。

ここで重視したいのは、世界で一番最初にプーチン個人に制裁を科したのは日本だということです。日本の領域にある資産に制裁を科したのですが、ここには大きな計算違いがあったと思います。

それは「どうせプーチンは日本に資産を持ってないから実害がない。だから、大して怒らないだろう」と思ってしまったことです。

ロシア人の論理からすると逆で、「プーチンがお金を日本に置いていたら制裁を科すことには合理性があるが、金が無いのに制裁を科してくるのは嫌がらせだ」となるのです。

――実害の無い嫌がらせとは、どういうことですか?

佐藤 それは「お前の事は嫌いだよ」と言う意味になります。その他にも日本はロシアに対して「最大限の言葉をもって非難する」と何度も言っていますが、その「最大」がいくつあるのか、という話です。

日本政府はいま、プーチン攻撃の中心に立っていますが、日本の岸田首相は絶対に直接電話はしない。外側からあれこれ言っているだけです。それでも<価値の体系>から考えれば100点満点です。

<利益の体系>から見てみると、日本はロシア・サハリンからの天然ガスの供給を止めていないので、日銭で30~40億円がロシアに流れています。面白い事に岸田さんの地元・広島の「広島ガス」の供給量の50%がサハリンからの天然ガスが占めているんです。

――去年9月1日のNHKの報道によれば、「広島ガス」はロシア政府が設立した会社から、液化天然ガスを調達する契約をしています。

佐藤 だから、ロシアのガスが止まったら大変なことになる訳なんです。岸田さんの選挙区・広島は、ロシアに人質に取られている。だから、止めない。

ロシア産の石油製品価格に上限価格が導入されましたが、日本だけ適応が除外されています。あと、読者の皆さんがスーパーに行くと、ロシア産のカニが売ってますよね?

――激安で助かっております!

佐藤 米国は全面禁輸にしたけど、日本は制限を掛けていない。こう考えていくと<利益の体系>で日本の振る舞いは?

――合格になりますか?

佐藤 ロシアから見ると合格でしょう。残るは三番目の<力の体系>。日本は「防衛装備移転三原則」により、侵略されている国には殺傷能力のある兵器を送れるのですが、ウクライナに兵器を供与する気はありません。

つまり、日本が提供した平気で殺傷されているロシア兵は一人もいません。これは戦争終結後、日本にとってものすごくプラスになります。日本は軍事で協力せず、結局口先で非難しているだけなので、G7で唯一、言行不一致な国になるのですが。

この状況を戦略的に作れているのか? 岸田さんが考えてやっていることなのか? 違うと思います。

経産省がエネルギーで、国交省は航空政策で、農水省が水産業で考えている国益がそれぞれバラバラで、誰も調整できていない。それなのに、日本は素晴らしい立ち位置にいるのです。

――じゃあこれは前回で触れた、イラクの核兵器用ウラン濃縮が"偶然"成功した話と同じなんですか?

佐藤 そう、偶然の産物なのです。

今回のウクライナ戦争でロシアが負ける事はないと思います。米国はロシアとの直接対決は避けます。そのうえでウクライナが勝つというような事になれば、瀕死のプーチン政権が核を使うということです。

ロシアの核使用を阻止するべく管理されている戦争下で、ロシアを本気で怒らせない範囲の兵器しか提供されていないウクライナは、勝てません。

ドイツのキールにある経済研究所によれば、日本の支援額は米国の1/100と言っています。アメリカと日本が居酒屋に行って、米国が1万円払ってるのに日本は100円しか払ってない。これで"応分負担"になりますか?

――沈むタイタニック号には乗らず、日本は口先だけでの応援ですね。

佐藤 ですよね。だから、傷も負わない岸田政権の政策は、戦略的にすごく優れている。意図的なのか偶然なのか分かりませんが...。

――佐藤さんは外交官を経て作家になり、継続的に世界情勢をウォッチされていると思いますが、その間、こんなに素晴らしい立ち位置にいる日本の状況ってありましたか?

佐藤 珍しいと思います。ただもう一カ国、優位な立ち位置にある国があるんです。

次回へ続く。次回の配信予定は4/7(金)予定です。

撮影/飯田安国 撮影/飯田安国

●佐藤優(さとう・まさる)
作家、元外務省主任分析官
1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。
『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞。