大阪市役所の前に掲げられた、投票を促す選挙の告知看板 大阪市役所の前に掲げられた、投票を促す選挙の告知看板
統一地方選は「9道府県の知事選」と「6政令指定都市の市長選」でスタートする。その中でも注目すべきは大阪府知事&市長ダブル選挙だ。維新の会が両方当選するのか。それとも敗れるのか。『黙殺 報じられない"無頼系独立候補"たちの戦い』(集英社文庫)で、第15回開高健ノンフィクション賞を受賞したライター・畠山理仁が取材。週プレ恒例の全候補者直撃で、その行方を占う!

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■府知事選の争点は、カジノの賛否

4月9日投開票の統一地方選挙・前半戦で注目を集めているのが大阪府知事選挙と大阪市長選挙の「ダブル選」だ。

大阪では2011年から地域政党・大阪維新の会が知事と大阪市長の座を占めてきた。しかし、今回は党創設メンバーである松井一郎大阪市長が政界を引退するという大きな節目を迎えている。

そこで筆者は告示日の3月23日以前から大阪入りし、全候補への取材を開始した。今回の大阪府知事選に立候補したのは次の6人だ(届出順)。

・谷口真由美(たにぐちまゆみ・48歳)

・吉野敏明(よしのとしあき・55歳)

・たつみコータロー(46歳)

・吉村洋文(よしむらひろふみ・47歳)

・稲垣ひでや(いながきひでや・53歳)

・さとうさやか(34歳)

ここからの紹介順は、筆者がひとりで全員を取材するために決めたもので、基本的に時系列だ。それ以上の他意はない。

さとうさやか(政治家女子48党・新・34歳)薬剤師 さとうさやか(政治家女子48党・新・34歳)薬剤師
告示後、最初に取材したのは政治家女子48党・さとうさやか。さとうから「告示日に大阪を離れてしまう」と聞き、届出直後に府庁で話を聞いた。

「政治家女子48党を世の中の方々に知ってもらいたい。政治や選挙を身近に感じてほしいというのが一番の思いです」

さとうは立候補の理由をそう語ると、当選を目的としていないことを明確に認めた。選挙中はSNSでの活動が中心だという。「大阪にいないと批判されるのでは」と質問すると、さとうは素直に言った。

「そこはですね、もうただひたすら、ごめんなさい!」

吉村洋文(よしむらひろふみ・大阪維新の会・現・47歳)「大阪維新の会」代表、元大阪市長、弁護士 吉村洋文(よしむらひろふみ・大阪維新の会・現・47歳)「大阪維新の会」代表、元大阪市長、弁護士
続いて大阪市中央区で大阪維新の会・吉村洋文の第一声を見た。雨が降る平日午前中にもかかわらず、約200人が集まっていた。吉村が到着するまでの前座を務めたのは松井一郎。

吉村は松井からマイクを受け取ると、3つの重点政策である「大阪・関西万博」「大阪府市一体の成長戦略」「高校の授業料無償化、大阪公立大学の無償化」を自分にやらせてほしいと訴えた。

選挙の争点は有権者ひとりひとりが決めるものだ。しかし、選挙前に行なわれたテレビ討論会では、必ず「カジノを含むIR(統合型リゾート)への賛否」が争点に挙げられた。吉村以外の候補予定者はIRに批判的だったためか、吉村はIRの説明に力を込めた。

「大阪の成長戦略って、いっぱいあるんですよ。相手はIRの批判しか言いません。ここはもう、正面から僕も言っていきます。IRは、僕は大阪に必要だと思ってます」

懸念材料とされるギャンブル依存症への対策についてはこう述べた。

「例えば、自由に入場できない。カジノに入ろうと思ったらマイナンバーカードとかパスポートとかの個人認証がいります。それだけじゃない。入場料6000円もいる。よく考えたら、ギャンブル依存症の人がパチンコ店とか普通に入ってるほうがおかしいじゃないですか」

そして吉村はIRのプラス面を強調することも忘れない。

「国際会議場もホテルも商業施設も全部入っているから統合型リゾートなんです。経済効果は1兆円。そして雇用は9万人増える。そして税収も1000億円増える。医療、教育福祉、もっと増やしていったらいいじゃないですか」

筆者は4年前のダブル選挙も現地で見た。しかし、今回は前回ほど盛り上がっていない。聴衆との接触もない。吉村は車上から手を振ると、次の遊説場所へと向かった。

■維新系候補vs非維新系候補!

たつみコータロー(たつみこーたろー・無所属・新・46歳)推薦:共産、共産党中央委員、元参議院議員 たつみコータロー(たつみこーたろー・無所属・新・46歳)推薦:共産、共産党中央委員、元参議院議員
大阪市阿倍野(あべの)区では、無所属・たつみコータローのスポット街宣を見た。たつみは元参議院議員(共産党)だが、今回は無所属。街宣では自らスマートフォンを三脚に設置して演説をライブ中継する。

「今回の知事選挙の最大の争点は『カジノを止めるのか否か』です。大阪の子供たちの未来にカジノは絶対にいりません! カジノをつくらないことこそ一番の依存症対策。私はカジノをストップさせてまいります!」

演説のつかみはカジノ。たつみはIR誘致候補地である大阪湾の人工島・夢洲(ゆめしま)の問題点をこう指摘した。

「カジノをつくれば土壌汚染の対策に約790億円。地盤沈下すれば、さらに市民や府民の負担が増えます。福祉や教育のための大事な財源を食いつぶしてしまうのがカジノ」

同じカジノのことを話しているはずなのに、吉村とは真逆の未来を語っている。演説終了後、たつみ本人に「あなたにしかできないことはなんですか?」と聞いてみた。

「私はどの候補者よりも現場で頑張る人たちの声を聞いてきました。分断され、対立があおられる政治はもうやめて、協同、連帯の進む政治が必要です。私なら、トップダウンの政治ではなくボトムアップの政治ができます」

せっかくなので、たつみに「吉村知事のいいところはどこですか?」と聞いてみた。

「私より背が高いところぐらいちゃいますか? 顔はあんま負けてへんと思う」

谷口真由美(たにぐちまゆみ・無所属・新・48歳)法学者、ジェンダー法学会理事 谷口真由美(たにぐちまゆみ・無所属・新・48歳)法学者、ジェンダー法学会理事
その次に追いかけたのは、無所属・谷口真由美。谷口は非維新系議員が支援する政治団体「アップデートおおさか」から擁立された。テレビのコメンテーターとしても活躍してきた谷口は「ごきげんさんで、ふくよかな大阪をつくりたい」と主張する。

「圧倒的多数の人は、IR・カジノがええか悪いかっていう判断にすらいかへん。ようわからへんと思うんですよ」

谷口は府がすべての情報を明らかにして、住民投票で決めるべきという立場だ。そして、維新のコロナ対策を批判した。

「皆さん『大阪ワクチン』って覚えてますか。それ自体はやってみなはれで素晴らしい。でも、約130億円使って尻すぼみになった。私たちの税金やねんから、ちゃんと説明してもらわなあかんわけです」

府知事選は維新に対して、複数の非維新勢力が別々に挑む構図になっている。谷口はこれまで自民党に批判的な発言をしてきたが、自民党色のある団体から推されることに迷いはなかったのか?

「私は批判してた側なので、批判されてる側が私を受け入れるかどうかの問題やと思うんですよね。よう受け入れてくれはったと思います。

よく誤解されるのが、私、自民党を批判してたわけじゃなくて、学者としての矜持(きょうじ)で忖度(そんたく)せずに『力』を批判してきたんです。

そして、大阪での『力』は首長も議会も握ってらっしゃる維新。松井市長は『谷口と自民党は水と油や』と批判しますけど、おいしいドレッシングって、水と油でできんねんで(笑)。融合すると、楽しくていいものになる可能性を考えんとあかんのちゃうかなぁ」

■小麦粉、核武装主張はなんでもあり!

吉野敏明(よしのとしあき・参政党・新・55歳)歯科医、参政党外部アドバイザー 吉野敏明(よしのとしあき・参政党・新・55歳)歯科医、参政党外部アドバイザー
参政党・吉野敏明の演説は吹田(すいた)市で見た。聴衆は熱心な支持者を中心に約100人。吉野の演説にもIR批判が含まれる。吉野はUSJよりも50万人多い「1350万人」という年間入場者予想に疑問を投げかけていた。

夕刻の演説終了後、吉野に告示日の感想を聞いた。

「夢洲の地盤沈下や汚染、液状化問題、あるいはカジノが1社しか落札できてないことを多くの人が知らない。参政党が、吉野敏明がと言う前に、まず知ってもらいたい」

せっかくなので、もう一問聞いた。吉野はこれまで「小麦粉ががん増加の原因」と主張してきた人物だが、お好み焼きなど「粉もの文化」を誇る大阪との相性はどうなのか。

「小麦粉というよりは、小麦の中に入っているグルテンが日本人の8割ぐらいになんらかの異常を引き起こすわけです。粉ものといっても、米粉、大豆の粉、アワの粉もある。

皆さんにぜひやってもらいたいのは、米粉で作るお好み焼き。外側がパリパリになって、中がしっとりしちゃって、めちゃくちゃおいしい。だから粉もの、私はまったく否定なんかしません」

稲垣ひでや(いながきひでや・諸派・新・53歳)「新党くにもり」関西代表 稲垣ひでや(いながきひでや・諸派・新・53歳)「新党くにもり」関西代表
再び阿倍野区に戻り、新党くにもり・稲垣ひでやの街頭演説を見た。稲垣が上る街宣車からは、盆踊りのような音楽が大音量で流れていた。

「♪なぜなぜなぜに核武装~」

この曲は『核武装くにもり音頭』という。チラシを配るスタッフたちが独特の振り付けで踊っていて楽しげだ。

稲垣はチラシを受け取る人を見つけると、演説中でも大音量のマイクで声をかけた。

「自衛のための核武装で、君たち若いカップルの未来を守ります。中国の侵略をはね返します。ありがとう!」

実は稲垣は選挙前のテレビ討論会に出ていない。なぜなぜなぜにと聞くと、「呼ばれていない」と打ち明けた。

「私たちの主張をテレビで流すのは、よほど都合が悪いんでしょう。言論統制ですよ」

なぜ府知事選で核武装?

「府知事の仕事は第一に府民の命と生活を守ることです。今、中国は200発のミサイルを大阪や東京などに向けています。戦争を起こさせない唯一の方法は日本の核武装しかありません。それが府民への最大の福祉になります」

選挙では自由な主張が可能だ。批判も自由。そして有権者には、一票の行方を自分で決める自由も責任もある。

■大阪市長選は新人5人の対決!

3月26日には大阪市長選挙が告示された。こちらに立候補したのは5人(届出順)。

・横山ひでゆき(よこやまひでゆき・41歳)

・北野たえこ(きたのたえこ・63歳)

・荒巻やすひこ(あらまきやすひこ・58歳)

・ネペンサ(ねぺんさ・48歳)

・山崎としひこ(やまざきとしひこ・44歳)

山崎としひこ(やまざきとしひこ・無所属・新・44歳)理学療法士、「大阪市民を豊かにする会」代表 山崎としひこ(やまざきとしひこ・無所属・新・44歳)理学療法士、「大阪市民を豊かにする会」代表
最初に演説を聞いたのは無所属・山崎としひこ。山崎は「緊縮財政ではなく、財政拡大で成長を目指す」と訴えた。

「IRは反対。白紙撤回。IRで外国企業にお金が流れていくと、結局、私たちの経済は回らない。どうしてもIRを導入しないといけないのであれば、公営のカジノを建設する。

夢洲は南海トラフ大地震が来たときの瓦礫(がれき)置き場に活用します。万博も夢洲でせずに鶴見緑地へ持っていく。大阪の中心なら在阪企業も儲かりますし、市民に身近な万博になります」

山崎の第一声には、おば、いとこ、同僚、そして支援者数人が駆けつけていた。

「やると決めたらやる男です」

横山ひでゆき(よこやまひでゆき・大阪維新の会・新・41歳)「大阪維新の会」幹事長、元大阪府議会議員 横山ひでゆき(よこやまひでゆき・大阪維新の会・新・41歳)「大阪維新の会」幹事長、元大阪府議会議員
続いては、大阪維新の会・横山ひでゆきの第一声だ。松井と吉村も街宣車に上り、横山を応援する演説を行なった。第一声の場所だけでなく、選挙のコピーも「府市一体で大阪を前へ」「維新は挑戦をやめない」で吉村と共通している。

しかし、演説は丁寧で、荒っぽい言葉は使わない。ただ、次の言葉だけは維新イズムを受け継いでいた。

「昔の大阪に戻ってしまう! それだけは、もう、まっぴらごめん!」

北野たえこ(きたのたえこ・無所属・新・63歳)日本ホッケー協会副会長、元自民党大阪府女性局長 北野たえこ(きたのたえこ・無所属・新・63歳)日本ホッケー協会副会長、元自民党大阪府女性局長
キュープラザ心斎橋前では無所属・北野たえこを見た。

北野は2年前に実施された維新の看板政策、大阪都構想の賛否を問う2度目の住民投票で、自民党市議団幹事長として反対運動の先頭に立った人物だ。この選挙では「今は大阪府による大阪市の実効支配ともいえるようなことが起きている」と警鐘を鳴らす。

筆者は複数の場所で北野の演説を聞いたが、必ず出てくるフレーズはこれだった。

「市民のほうを向いて大阪市政を進めていく。大阪のお母さんになりたいんです」

ネペンサ(ねぺんさ・無所属・新・48歳)作家、ユーチューバー ネペンサ(ねぺんさ・無所属・新・48歳)作家、ユーチューバー
次に話を聞いたのは無所属・ネペンサ。作家としてのペンネームはイギリスのレコードレーベルが由来だという。活動予定を聞くと「投票所に近い掲示板にだけ自分でポスターを貼る」というので、なんばマルイ前で取材した。

「政策はシンプルに『大阪を論理的に賢く自由で優しい街に』です。組織犯罪、汚職取締強化も入れています」

組織犯罪とは?

「集団ストーカーです」

聞いたことはあります。

「ええ。私はストーカーはいるけど支援者がいない。雨の中でポスターを貼っても、ストーカーはみんな見ているだけで手伝ってくれない」

なぜストーカーだとわかるんですか?

「近くを通るときに大きな咳(せき)払いなどをしてほのめかすんです。私がこんなこと言っても、東京の人は目をキラキラさせて聞いてくれるからいいね。いろんな人がいることに慣れているから優しいよね」

荒巻やすひこ(あらまきやすひこ・無所属・新・58歳)飲食店経営 荒巻やすひこ(あらまきやすひこ・無所属・新・58歳)飲食店経営
無所属・荒巻やすひこ
の街頭演説は天王寺ミオ前で見た。演説前に名刺を渡して挨拶すると、ものすごく柔らかい対応だ。しかし、マイクを握ると激しい口調で訴えた。

「私の主張は簡単。外国人の生活保護、大阪市だけで170億円。おかしくない?」

筆者がびっくりして厚生労働省や大阪市の担当部局に確認すると「そもそも外国籍の生活保護費の統計は取っていない」との回答があった。荒巻は選挙公報にもこの数字を書いていたが、少なくとも公的機関が出した数字ではない。

選挙公報には「(この公報は、候補者からの原稿を原文のまま掲載したものです。)」との記載がある。候補者も有権者も、選挙のたびに試されているのだ。

●畠山理仁(Michiyoshi HATAKEYAMA)
1973年生まれ、愛知県出身。フリーランスライター。2017年『黙殺 報じられない"無頼系独立候補"たちの戦い』(集英社文庫)で、第15回開高健ノンフィクション賞を受賞。ほかに『コロナ時代の選挙漫遊記』(集英社)などの著書がある