バフムト市が陥落しないのは、市街地東部のバフムトフカ川南北に築かれたウクライナ軍の防御陣地の翼が堅固だからだ。写真は戦前の多国間訓練(写真:米国防省)バフムト市が陥落しないのは、市街地東部のバフムトフカ川南北に築かれたウクライナ軍の防御陣地の翼が堅固だからだ。写真は戦前の多国間訓練(写真:米国防省)
ウクライナ軍とロシア軍の激戦が続く都市・バフムトの戦況について、イギリス国防省が「ロシア軍は戦力を消耗し動きが失速している」「民間軍事会社・ワグネル部隊とロシア軍との間に内紛が起きている」と指摘したと3月25日に報じられた。ウクライナ陸軍司令官は先週、「我々はまもなくこの機会を利用する」と、近く反転攻勢に出る考えを示した。

元・陸上自衛隊中央即応集団司令部幕僚長の二見龍氏(元陸将補)に、このウクライナ軍の反撃体制に関して話を聞いた。

「この攻防戦に関しては、バフムト市街内と、街の東側を流れるバフムトフカ川周辺だけを見ていては、全体の戦いの流れを見誤ります。

敵陣を落とす時は『両翼を落とせ』と言われます。バフムトがまだ包囲されないのは、市街地に接する河川の南北に渡る"防御の翼"が堅く崩れず、ロシア軍の市中心部への侵入をコントロールしながら阻止しているからです。

ロシア軍はバフムト包囲を目指すが、ウクライナ軍が市郊外に強固な部隊を多数配備して、ロシア軍の戦力を数か月間も削ぎ続け、包囲を阻んでいる。写真は戦前の多国間訓練(写真:米国防省)ロシア軍はバフムト包囲を目指すが、ウクライナ軍が市郊外に強固な部隊を多数配備して、ロシア軍の戦力を数か月間も削ぎ続け、包囲を阻んでいる。写真は戦前の多国間訓練(写真:米国防省)

さらにウクライナ軍は、市北部の郊外と、市南西部にある高地の南側に多くの部隊を配置し、強固な防御陣地と機動打撃によってロシア軍の包囲を阻んでいます。この包囲戦でロシア軍は毎日大きく戦力を削られ、息が切れてこの郊外南北の地域に新戦力を供給できない状態になっています。

ロシア軍は戦線を縮小しなければならない状況ですが、このバフムト近郊から後退するタイミングが弱点となるのです」

後退する際の順番はまず補給部隊、そして次に砲兵部隊となる。

「いまウクライナ軍が優勢ならばウクライナ軍にとって、バフムトフカ川以東にロシア軍が後退する際に集結する場所、道路の狭隘部分で混雑するタイミングが、彼らを捕捉する絶好の機会となります。

また、後退路では決まって十字路で混みます。なので、必ず輸送車両は大渋滞を引き起こします。そこをウクライナ軍の砲兵部隊は、手持ちの火砲を全て使って叩きます。無人機やNATO軍からの情報で敵の正確な位置は分かっていますから、50m×25mの火集点に弾幕を発動します。

交差点に通じる道路はどこも渋滞で混雑する(写真:ロシア国防省)交差点に通じる道路はどこも渋滞で混雑する(写真:ロシア国防省)

たとえば六門の榴弾砲の砲弾を、30秒に一回ずつ六発を同時弾着で計3回、全部で18発を1分30秒で叩き込みます。火集点は綺麗に何も無くなります。

そして、渋滞している場所のウクライナ軍に近い側へ弾幕を2つ3つと発動し、ロシア軍へ徹底して砲弾を送り込みます。砲撃による戦力の削り込みがウクライナ軍による反撃作戦の第一段階です」(二見氏)

ロシア軍がバフムトフカ川を東岸に戻る場合、陸橋か浮橋を使用するため渋滞は避けられない。写真はウクライナ軍の渡河訓練(写真:ウクライナ国防省)ロシア軍がバフムトフカ川を東岸に戻る場合、陸橋か浮橋を使用するため渋滞は避けられない。写真はウクライナ軍の渡河訓練(写真:ウクライナ国防省)

やがて弾がロシア軍の砲兵部隊弾薬輸送車両に命中し、大爆発を引き起こす。

「そして作戦の第二段階となります。打撃部隊である機械化歩兵旅団三個が、南北どちらかからロシア軍陣地の薄い所を狙って、T72戦車90両、BTR装甲兵員輸送車300両に歩兵3000名を載せ、155mm自走榴弾砲の最後尾からの援護射撃を受け、機動打撃を行います。

混乱したロシア軍支配地域の脆弱な地点から、ウクライナ軍の打撃部隊がT72戦車を先頭に突撃を開始する。写真は訓練中のT-72(写真:ウクライナ国防省)混乱したロシア軍支配地域の脆弱な地点から、ウクライナ軍の打撃部隊がT72戦車を先頭に突撃を開始する。写真は訓練中のT-72(写真:ウクライナ国防省)

さらに、ハイマース(高機動ロケット砲システム)と155mmのM777のエクスカリバー砲弾で、反撃路から最も遠いロシア軍の後方兵站集積地を攻撃します。バフムト市から東に20kmの深い地点まで打撃部隊を突撃させるのです。

ロシア軍は戦線が伸び切っているので、陣地線の一枚皮が破れると中には砲兵、通信、兵站部隊と指揮所しかありません。後ろがガラ空きですから、後方地域へ一気に突進することができます」(二見氏)

その時ウクライナ軍砲兵部隊は、持てる火砲全てで後退するロシア軍を叩く。写真は上からアメリカから供与された150㎜榴弾砲FH70(写真:ウクライナ国防省)。ウクライナにも供与されたアメリカ陸軍の105㎜榴弾砲(写真:米陸軍)。訓練中のウクライナ陸軍ギアツィントB152㎜加農砲(写真:ウクライナ国防省)

その時ウクライナ軍砲兵部隊は、持てる火砲全てで後退するロシア軍を叩く。写真は上からアメリカから供与された150㎜榴弾砲FH70(写真:ウクライナ国防省)。ウクライナにも供与されたアメリカ陸軍の105㎜榴弾砲(写真:米陸軍)。訓練中のウクライナ陸軍ギアツィントB152㎜加農砲(写真:ウクライナ国防省)

その時ウクライナ軍砲兵部隊は、持てる火砲全てで後退するロシア軍を叩く。写真は上からアメリカから供与された150㎜榴弾砲FH70(写真:ウクライナ国防省)。ウクライナにも供与されたアメリカ陸軍の105㎜榴弾砲(写真:米陸軍)。訓練中のウクライナ陸軍ギアツィントB152㎜加農砲(写真:ウクライナ国防省)その時ウクライナ軍砲兵部隊は、持てる火砲全てで後退するロシア軍を叩く。写真は上からアメリカから供与された150㎜榴弾砲FH70(写真:ウクライナ国防省)。ウクライナにも供与されたアメリカ陸軍の105㎜榴弾砲(写真:米陸軍)。訓練中のウクライナ陸軍ギアツィントB152㎜加農砲(写真:ウクライナ国防省)

ウクライナ軍の打撃部隊の到達した西側には、ロシア軍と内紛状態のワグネル傭兵部隊がいる。

「ロシア軍とワグネルの連携が取れていない間隙を突くのです。南北からロシア軍のバフムト包囲部隊の後ろに打通する攻撃をすれば、ロシア軍の後方連絡線を遮断できます。すると、包囲戦に参加していた1万人程度のロシア軍を逆包囲、つまり孤立させる事が出来ます」(二見氏)

このウクライナ軍の反撃で、どの程度のロシア軍を削れるのだろうか?

「ダイナミックに大量に潰すためのやり方を考えるのが"作戦"ですから、ロシア軍が展開する8~10個旅団のうち二個旅団、8000人は殲滅できます。ロシア軍捕虜は多く出ますが、人数は分りません。両手両足を結束バンドで固定し、仮留置するか後送します」(二見氏)

ウクライナ軍戦車の戦車砲が火を噴き攻撃開始。写真は多国間訓練中のウクライナT-84戦車(写真:柿谷哲也)ウクライナ軍戦車の戦車砲が火を噴き攻撃開始。写真は多国間訓練中のウクライナT-84戦車(写真:柿谷哲也)

包囲戦はいよいよ、最終段階に差し掛かる。

「ここでウクライナ軍の予備部隊が北のM03道路を使い、バフムトの東を通り抜け、さらに奥へと反撃します。奥にいるロシア軍部隊はさらに薄いので、さらに東へウクライナ軍の反撃部隊は進撃し、鉄道集約点を目標に前進させます」

戦車に続いて機械化歩兵が続く。写真は多国間訓練中のBTR2に乗るウクライナ兵(写真:米国防省)戦車に続いて機械化歩兵が続く。写真は多国間訓練中のBTR2に乗るウクライナ兵(写真:米国防省)

なぜ、この反撃の際、ウクライナ軍はイギリスやドイツの戦車を使用しないのか?

「いや、T72戦車で十二分です。いまはNATO軍の戦車であるイギリス・ドイツの戦車は訓練を積んで練度を上げ、やがてくるウクライナ軍の大反撃のタイミングに備えるべきなのです」(二見氏)

逆包囲されたロシア軍を殲滅するのは、切り札のドイツ製戦車・レオパルト2なのか...。写真は多国間訓練中のドイツ部隊(写真:柿谷哲也)逆包囲されたロシア軍を殲滅するのは、切り札のドイツ製戦車・レオパルト2なのか...。写真は多国間訓練中のドイツ部隊(写真:柿谷哲也)

その時期は報道では、今年の5月と言われている。3月19日のTBSの報道によれば、ワグネルは5月中旬までに戦闘員を3万人採用すると発表。またBloomberg Newsの3月25日の報道によると、内紛の相手・ロシア軍は最大で40万人の契約軍人を集め、防戦に投入するとの事である。

一進一退のバフムト攻防戦だが、ウクライナ軍が有利ならば、ここまでシミュレーションを重ねたような反撃作戦はあるかもしれない。だが、ロシア軍優勢となると、さらに43万人の兵力がバフムト周辺にやってくるのだ。

ポーランドからはすでにレオパルト戦車は到着している。「自衛隊では戦車4両の小隊長を作るのに1年以上かかり、戦車10両を運用するのに6年、30両を運用できる大隊長といえばもう30代後半です。なぜ年数がかかるかと言うと、航空機、歩兵、砲兵、工兵、防空部隊との連携、兵隊運用、情報ネットワークへの対応など、総合的な運用を理解した指揮官、幕僚、兵士が戦車部隊を集中的に運用することによって、圧倒的な戦車の破壊力が生まれるからです」(二見元陸将補) 。写真は多国間訓練中のポーランド陸軍レオパルド2A5(写真:柿谷哲也)ポーランドからはすでにレオパルト戦車は到着している。「自衛隊では戦車4両の小隊長を作るのに1年以上かかり、戦車10両を運用するのに6年、30両を運用できる大隊長といえばもう30代後半です。なぜ年数がかかるかと言うと、航空機、歩兵、砲兵、工兵、防空部隊との連携、兵隊運用、情報ネットワークへの対応など、総合的な運用を理解した指揮官、幕僚、兵士が戦車部隊を集中的に運用することによって、圧倒的な戦車の破壊力が生まれるからです」(二見元陸将補) 。写真は多国間訓練中のポーランド陸軍レオパルド2A5(写真:柿谷哲也)