34の罪状で起訴されたドナルド・トランプ元大統領34の罪状で起訴されたドナルド・トランプ元大統領

2024年のアメリカ大統領選挙に立候補を表明し返り咲きを狙う共和党のトランプ前大統領だが、不倫の口止め料を不正に処理したとして歴代の大統領経験者で初めて刑事訴追の対象に! それなのに、共和党内の支持率はうなぎ上り!? とある検事の正義感から巻き起こった大混乱で変わってしまった次期大統領選挙の運命。この男は、誰にも止められないのか――!?

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■念願のトランプ訴追!でも罪状がショボい!

3月30日、ついにニューヨーク州の大陪審がドナルド・トランプを34の罪状で起訴! いよいよ、元大統領の犯罪が法廷の場で裁かれることになったのだ......。

4月4日、ニューヨークのマンハッタン地区検察に出頭したトランプは逮捕され(ちなみに手錠はかけられず、通常の逮捕時に行なわれる容疑者の写真撮影も行なわれなかったとのこと)そのまま罪状認否のために出廷。

法廷でトランプ側は起訴されたすべての罪状について「無罪」を主張し、その後、保釈金なしで釈放されたが、「自分は違法なことは何もしていない。これは、民主党政権による司法の悪用で、魔女狩りだ!」と激しく批判。全米のトランプ支持者や共和党の有力者たちも一斉に検察や民主党への批判を強めている。

4月4日、訴追を受けて米フロリダ州にある自身のリゾート「マー・ア・ラゴ」で会見を開いたトランプ前大統領。大勢の支持者が駆けつけた4月4日、訴追を受けて米フロリダ州にある自身のリゾート「マー・ア・ラゴ」で会見を開いたトランプ前大統領。大勢の支持者が駆けつけた

「2020年の大統領選挙でトランプが負けて以来、彼がなんらかの罪状で起訴されるのは時間の問題だと思われていましたから、その意味でいえば驚きはありませんでした」と語るのは、アメリカ在住の作家、冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)氏だ。

「実際、ほかならぬトランプ自身が、彼の作ったSNS、トゥルース・ソーシャルを通じて『共和党の圧倒的な有力候補である前大統領が3月21日に逮捕されるようだ。われわれの国を取り戻せ!』と、支持者に大規模な抗議行動を呼びかけ、検察の動きを牽制(けんせい)していたほどでした。

しかし、予告された日には何も起こらなかったので、トランプ陣営も『ひとまず逮捕は免れた』と油断していたところ、3月末にニューヨーク州のマンハッタン地区検察がトランプを訴追。大陪審がこれを認めたことから、今回のトランプ起訴・逮捕につながったのです」

ちなみに、大統領経験者が起訴・逮捕されるのはアメリカ合衆国の歴史で初めての大事件。しかし、「それにしては起訴された罪状がショボい」と冷泉氏は苦笑する。

トランプは「3月21日に逮捕される!」と抗議運動を呼びかけ、マー・ア・ラゴに支持者たちも集まったが、その日は何も起きなかったトランプは「3月21日に逮捕される!」と抗議運動を呼びかけ、マー・ア・ラゴに支持者たちも集まったが、その日は何も起きなかった

「検察は『34の重罪』と言っていますが、その中身はトランプが不倫関係にあった元ポルノ女優や、米『プレイボーイ』誌のプレイメイトに支払った多額の口止め料を、不正な会計処理によって隠蔽(いんぺい)し、16年の大統領選挙に影響を与えた......というもの。

もちろん、これらの容疑が事実なら『罪』に違いはありませんが、正直、米国史上初の元大統領の起訴・逮捕の罪状としてはあまりにショボい......という印象は否めません。

これで、有罪判決を勝ち取れなければ、トランプ陣営を勢いづかせることになりますし、仮に有罪を勝ち取れたとしても『こんな微罪を口実に民主党がトランプの大統領選を妨害している』と反発を強めることは間違いない。

こうしたトランプ支持者だけでなく、普段からトランプに批判的な民主党やリベラル層にとっても、今回、起訴された罪状の『ショボさ』は拍子抜けだったのではないでしょうか」

不倫疑惑が浮上している元ポルノ女優のストーミー・ダニエルズ氏。トランプと関係を持ったとされる2006年頃の写真。大統領選挙直前の16年10月に、トランプの元顧問弁護士マイケル・コーエン氏が13万ドルの口止め料を支払ったが、その際のトランプの会計処理に不正があったと起訴された不倫疑惑が浮上している元ポルノ女優のストーミー・ダニエルズ氏。トランプと関係を持ったとされる2006年頃の写真。大統領選挙直前の16年10月に、トランプの元顧問弁護士マイケル・コーエン氏が13万ドルの口止め料を支払ったが、その際のトランプの会計処理に不正があったと起訴された

■訴追のきっかけはひとりの検事の正義感

ちなみに、トランプ前大統領の犯罪に関しては、ほかにも主に以下のような容疑で当局の捜査が続いている。

①21年の1月6日に起きたトランプ支持者による連邦議会襲撃事件を扇動し、支援した容疑。

②20年の大統領選挙で接戦となったジョージア州で選挙結果を覆そうと、州務長官に圧力をかけた容疑。

③大統領退任後、政府の機密文書を大量に持ち帰り、不法に隠し持っていた容疑。

いずれも「元ポルノ女優不倫の口止め料疑惑」と比べれば、はるかに重要な疑惑のようにも思えるが、その中でなぜ、「元ポルノ女優案件」が先行してしまったのか?

その鍵を握るのが、今回の訴追を決断したニューヨーク州マンハッタン地区のアルヴィン・ブラッグ検事だ。

トランプを起訴したニューヨーク州マンハッタン地区のアルヴィン・ブラッグ検事。「ホワイトカラーや公職者の犯罪の起訴強化」を公約に掲げて当選したトランプを起訴したニューヨーク州マンハッタン地区のアルヴィン・ブラッグ検事。「ホワイトカラーや公職者の犯罪の起訴強化」を公約に掲げて当選した

アメリカ現代政治が専門で上智大学総合グローバル学部教授の前嶋和弘氏が語る。

「日本と違い、アメリカの検察は連邦と各州の検察が完全に独立しており、州の検事は選挙によって選ばれる仕組みになっています。

今回の起訴を判断したのは昨年からニューヨーク州検察のマンハッタン地区を担当するブラッグという実力派の検事で、選挙では民主党の候補として『ホワイトカラーや公職者の犯罪の起訴強化』を公約に掲げ、『前任のサイラス・バンス氏がやり遂げられなかったことをやり遂げる!』と主張し当選。

前任のバンス氏はトランプ一族が経営するトランプ・オーガニゼーションにおける税金や保険金を巡る詐欺、業務記録の改竄(かいざん)などを積極的に調査している人でした。

そして実際に、昨年12月にはトランプ・オーガニゼーションの子会社の脱税容疑で有罪を勝ち取るなど、着々とトランプ追及の手を強めていたのです」

名門ハーバード大学の出身で#MeToo運動のきっかけともなった、大物映画プロデューサー、ハービー・ワインスタインの連続性的暴行事件でも捜査を指揮するなど、検察官として華々しい経歴を持つブラッグ検事としては「トランプを起訴しない」という選択肢はなかったのかもしれない。

だが、そんなブラッグ検事の正義感のおかげで、重要なトランプ訴追の第一歩が結果的に「元ポルノ女優不倫の口止め料疑惑」というショボい罪状になってしまったのだから皮肉なものだ。

一方、トランプ陣営や共和党側は「トランプを起訴する!と訴えて選挙に勝った民主党系の検事による不当な起訴でしかない。むしろ犯罪者は検事のほうだ!」とブラッグ検事を激しく批判。

次回の公判が予定されている今年12月まで「トランプへの訴追はすべて、次期大統領候補のトランプに対する民主党の妨害なのだ!」という、批判の口実を与えてしまったともいえそうだ。

■得するトランプ、損するデサンティス

こうして、ひとりの検事の正義感から、比較的ショボい罪状で始まってしまった元大統領の犯罪を巡る裁判だが、今回の起訴で結果的に得をするのは誰なのか? 前出の前嶋氏は、短い目で見ればトランプに追い風だと分析する。

「私はちょうど3月の下旬からアメリカに滞在していたのですが、日本がWBC(ワールドベースボールクラシック)一色だった頃、現地では連日、トランプ起訴関連のニュースばかりで、良くも悪くもトランプへの注目度が急上昇していました。

ロイターとイプソスが行なった、共和党支持者を対象とした直近の世論調査でも、トランプが10ポイントも支持率を上げ、58%とぶっちぎり1位に。2位のフロリダ州知事、ロン・デサンティスは21%と、トランプが大幅リードしている状況です。

昨年11月に、トランプが早々と次期大統領選挙への立候補を表明したものの、共和党の中では別名〝若いトランプ〟とも呼ばれるデサンティスへの待望論が高まっていました。そんな中で、今回の起訴が再び、トランプ陣営の求心力を高めるきっかけになっているのは間違いありません。

ちなみに、アメリカの憲法では仮に裁判で有罪判決が出たとしても大統領選挙に立候補することは可能ですから、今後、なんらかの裁判でトランプが有罪になっても、共和党の予備選挙で勝利すれば、24年の大統領選挙に立候補することは可能で、その結果、再び合衆国大統領に選ばれれば、その先4年間の任期中は『訴追免除』も受けられることになります」

次期共和党候補として名高かったデサンティスが正式な立候補を表明する前に、トランプは人気を落とそうと批判しまくっている次期共和党候補として名高かったデサンティスが正式な立候補を表明する前に、トランプは人気を落とそうと批判しまくっている

今回の起訴で大統領復活が遠のくのかと思いきや、そんな〝波風〟までも、自身の復活のためのエネルギーに変えるとはさすがトランプ......。

一方で、次期大統領の座を狙うデサンティス陣営や、デサンティスへの世代交代を期待していた共和党内の議員たちは、トランプの支持率アップに複雑な心境のようだ。

共和党やアメリカ政界の右派に幅広いコネクションを持つ、政治アナリストの渡瀬裕哉氏が語る。

「これまでの共和党の本音は『若いデサンティスが次期大統領選挙で共和党の大統領候補になれば、仮に民主党の候補が誰になっても楽勝で勝てる!』というものでした。

昨年行なわれた米議会の中間選挙で、多くの候補を支援したトランプが悪目立ちした結果、有利と思われた共和党が予想外の苦戦を強いられたことへの反省から、比較的『トランプ支持者』に近い層にも人気があり、同時に保守派・中道右派の支持も期待できそうな『まともで若いトランプ』と呼ばれるデサンティスへの期待が高まっていたのです。

ところが、今回の起訴でトランプの支持率が大きく上がり、共和党の予備選でトランプが勝つ可能性も出てきてしまったワケです」

一方の民主党は「デサンティスじゃなくてトランプならバイデンでも勝てるかも」ムード?一方の民主党は「デサンティスじゃなくてトランプならバイデンでも勝てるかも」ムード?

そして、逆にこのチャンスを逃さず、一気に〝攻め〟に出ているのがトランプだ。しかも、自分を起訴した検察や民主党のみならず、まさかの同じ共和党内のライバルであるデサンティスにまで激しい攻撃を繰り出しているのだ!

「自分の支持率が上がったタイミングで、デサンティスを批判するCMを流すなどのネガティブキャンペーンを繰り広げながら、同時にデサンティスに寄付をしている支援者に接近して、自分への支援に乗り換えるようにアピールしています。

まだ大統領選挙への出馬を正式に表明していないデサンティスの資金を奪い取ろうという魂胆でしょう。支援者も『勝ち馬に乗りたい』というのが本音なので、支持率が上がれば上がるほどなびく可能性が高いんです。

ちなみに、トランプの熱心な支持者は共和党支持者の中のせいぜい2割程度ですが、デサンティスはトランプと支持層が重なるため、デサンティスとしては絶対に彼らに嫌われたくない。そのため、自分がトランプから攻撃されてもデサンティスはトランプを非難できず、むしろ擁護しているんです。

デサンティスを推したい共和党の穏健派も、トランプやその支持者たちを敵に回すことができない。それをわかっていてデサンティスを叩きに出たトランプは、改めてスゴいと思いました」(渡瀬氏)

■一気に盤面が狂った共和党の候補者選び

こうして、今回の起訴という逆風を追い風に変えて、再び共和党の有力な大統領候補へと返り咲いたトランプだが、つい先日、トランプ政権の副大統領だったマイク・ペンスが「議会襲撃事件について、法廷で証言する」意向を示すなど、この先、別の(ショボくない)容疑で改めて起訴され、有罪になる可能性もある。

仮に来年2月から始まる共和党の予備選でトランプが勝利し、共和党の大統領候補になった場合、トランプが2024年の11月に予定される大統領選挙も制して、再び、大統領に返り咲く可能性はあるのだろうか?

前嶋氏は「訴追は共和党の予備選に限って見れば、トランプの追い風になるかもしれないが、仮に数々の疑惑や裁判を抱えたトランプが共和党の候補になれば、大統領選挙の本選では民主党に有利に働くかもしれない」と語る。

大統領選挙に出る人は自伝本を書き、全国をブックツアーで回るのが定石。ペンス前副大統領も2022年に出版した大統領選挙に出る人は自伝本を書き、全国をブックツアーで回るのが定石。ペンス前副大統領も2022年に出版した

一方、渡瀬氏は「訴追の前までは、共和党候補がデサンティスなら共和党の楽勝だが、トランプだと厳しいかも......といわれていましたが、相変わらずアメリカ経済はインフレに苦しみ、ウクライナ問題も先が見えない。

民主党、ジョー・バイデン政権の地盤沈下が進む中で、トランプが共和党の候補になっても、バイデンになら大統領選挙で勝てるかもしれないというムードになってきました」と話す。

また、冷泉氏は「キリスト教福音派の支持が厚い前副大統領のペンスが『自分が大統領になれば、トランプに恩赦を与える』という『ウルトラC』でトランプ派票をかっぱらって、共和党の大統領候補に躍り出る可能性もあるかも......」と語る。

いずれにせよこの訴追で、24年の大統領選挙でトランプ復活の可能性が高まったことは間違いない。ああ、なんで訴追しちゃったのよ(涙)。