ウクライナ戦争勃発から世界の構図は激変し、新しい『シン世界地図』が日々、作り変えられている。『#佐藤優のシン世界地図探索』ではその世界地図を、作家で元外務省主任分析官、同志社大学客員教授の佐藤優氏が、オシント(OSINT open source Intelligence》「オープンソースインテリジェンス 公開された情報」を駆使して探索していく!
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――第一回目の「シン世界地図①」では、知の巨人、エマニュエル・トッド氏が「日本は米国の保護領」と発言したことを紹介し、佐藤さんはそれを受けて「今、日本が絶妙な優位な立ち位置にいる」とコメントされました。
続けて佐藤さんは「当面はアメリカにしがみついて、あるときパタッとそこから離れるようにすべき」と発言されました。この意味とは何ですか?
佐藤 日本がアメリカから離れるという軍事的なシナリオはありません。アメリカがいくら弱くなったと言っても、米国以外の世界じゅうの各国が参集した連合軍がワシントンまで攻め込むことはできないし、それ以前に米本土に上陸する事すら出来ないでしょう。
軍事力で米国は突出しています。だから今後50年くらいは、それはないでしょう。1945年以降、日本とドイツを再建するにあたり、米国に刃向わないよう細心の注意を払って組み立ててきた仕組みですしね。
軍事力の他にもう一つ、米国の強さの源は基軸通貨=ドルを持っている事です。金(きん)本位制がなくなった今、ドルは金に準じている様なものです。この力をどこまで維持できるかがカギです。
ウクライナ戦争勃発後、日米を含む西側諸国がロシアの資産を押えました。ロシアは『ドルなんて危なっかしい』とインド、中国、サウジと自国の通貨=ルーブルで取引しようとしています。「国際決済通貨」としてのドルの地位が段々と下降しています。
このことが日本にどういう影響を与えるのか? 結論を言うと「実体」を持っている方が強い、ということです。
――実物とは金塊のことですか?
佐藤 金じゃなくても構いません。ニッケルやコバルトの希少金属、そして石油、小麦でもいい。「実体経済」が重要になり、金融が株式を含めて縮小していく可能性があります。
――すると、レアアースを持つ中国やロシアが強くなる。
佐藤 それから、モノ作りが出来る国が強くなります。その意味において、日本とドイツは相当強いです。米英仏を含めた西欧は、モノが作れないので軒並み弱くなるでしょう。
――G7諸国は、日本とドイツ以外は弱小国家になる......!
佐藤 今回の参考図書はトッドさんが書いた上下二冊巻の『我々はどこから来て、今どこに行くのか』(文藝春秋刊)です。上巻が「アングロサクソンがなぜ世界の覇権を握ったか」、下巻が「民主主義の野蛮な起源」です。
この本の中のウクライナ戦争を分析するパートでは、トッドさんは「これはモノを作る国家とモノを消費する国家間の戦いだ」と言っています。
――我が国は太平洋戦争で米国の「物量」に負けました。その米国がいまや、「消費国家」になっています。
佐藤 日本のストロングポイントは、まだモノ作りが出来る国だというところにあります。モノを作る事ができる「実体経済」に資するような人材を、今のうちに教育で作り上げておかなければなりません。
社会のエリート層が金融工学を駆使して、コンサルと投資銀行で金融で儲ける形からガラッと転換した時、おそらく対応できなくなるでしょう。
――金融工学より、金属工学、材料力学ですね。
佐藤 だから、工学系ですよね。この前、米国主催の「民主主義サミット」がありましたよね?
――2021年からアメリカのバイデン大統領が始めた、web会議型式のサミットですよね。「国内の民主主義を刷新し、海外の独裁国家に立ち向かうため」が開催の目的で、先月3月20日~30日に第二回目がオンライン開催され、120か国が参加しましたよ。
佐藤 そこで、アメリカの民主主義の基準が良く分からなくなりました。
――それはなぜですか?
佐藤 ポーランドが招待されて、ハンガリーやタイが招待されないのが全く分かりません。
アメリカの恣意的な民主主義はあまり強くないので、米国には日本とドイツを締め上げる力すらなくなり、国内対応で手一杯になっていきます。すると日本の場合、最終的に完全に米国に従属することにはなりません。
――それはつまり、昨年は元首相が射殺され、今年は岸田首相に爆発物を投げつけた事件なども起きている日本の民主主義が、そもそも不完全だからなのですか?
佐藤 いえ、日本人は英語が下手だからです。
――えっ、英語ですか!(笑)
佐藤 アメリカ型新自由主義やアメリカ型訴訟などと言われますが、その米型社会には「言語バリア」があるから転換しづらいのです。シンガポールや香港、フィリピンでは英語ができないと生活できないですし、できなければ社会の最底辺にいる事になります。
かつては日本のスタバでも『ワンキャラメルマキアート・エクストラホット』などと言って、接続詞や動詞を駆使したいわゆる「植民地英語」でオーダーしていましたよね?
――店員のあの自慢そうな横顔が大嫌いでした(笑)。
佐藤 結局それは定着せずに、今では『はい、キャラメルマキアートですね。ミルクは熱くして』で通っています。要するに、マニュアルが浸透しないのです。「グローバリゼーション」「新自由主義」に逆行するのが、日本語を使う日本だったという事です。
――だから日本は100%、米国の「隷属国家」にはならない。
佐藤 そうです。でも、ドイツは危ないですよ。ドイツのエリートは皆、英語を上手にしゃべりますから。ドイツ語を知らなくても英語さえできれば、ドイツで十分仕事ができます。
――な、なんと!!
佐藤 日本語のバリアはこれから、いろいろな意味で問題になってくると思います。けれども、米国が日本を「隷属国家」にできないのは、実は言語のバリアが非常に強い、という事なのです。
――『日本がパッと米国から離れる』というのは、軍事的には保護領だけれども、日本は米国のように消費国家にはならずモノ作り国家を目指す。すなわち、そこだけパッと米国から離れる。そういう意味だったのですか?
佐藤 そうです。
次回へ続く。次回の配信予定は5/5(金)予定です。
●佐藤優(さとう・まさる)
作家、元外務省主任分析官
1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。
『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞。