「今回の戦争は、数日でウクライナが敗北して終わっていた可能性がリアルに存在したことも忘れてはいけない」と話す鶴岡氏 「今回の戦争は、数日でウクライナが敗北して終わっていた可能性がリアルに存在したことも忘れてはいけない」と話す鶴岡氏

開戦から1年以上がたった今も、終わりの見えないウクライナ侵攻。このロシアのプーチン政権による一方的な侵略戦争は、世界的なエネルギー・食糧問題を誘発し、ウクライナを支援する欧米諸国を中心とした国際社会を巻き込みながら、複雑さを増している。

そんなウクライナ侵攻を「ヨーロッパの戦争」という視点で読み解くことの重要性を訴えるのが、慶應義塾大学准教授、鶴岡路人氏の著書『欧州戦争としてのウクライナ侵攻』(新潮選書)だ。

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――この本のタイトルでもある「欧州戦争としてのウクライナ侵攻」とはどのような意味なのでしょう?

鶴岡 今回の戦争は、「プーチンの戦争」とか「ロシアの戦争」と言われることが多いですよね。ただ一方で、現実に起きていることを見ると、プーチン大統領がやろうとしたことが、ことごとく失敗しているわけです。

従って「プーチンは何を考えていたのか?」とか「プーチンの次の一手はなんなのか?」といった議論をしているだけでは、この戦争の本質や全体像がわからなくなってしまう。

ならば、別のところに目を向けなきゃいけない。そこから出てきたのが「欧州の戦争」としてとらえる視点でした。

――誤算や失敗続きの「侵略者プーチン」ばかり見ていても、この戦争は理解できない、と。

鶴岡 そうです。ちなみに、日本にとってウクライナ戦争は「遠い所で起きている戦争」だと思いますが、ヨーロッパにとってはまるで違います。

NATO(北大西洋条約機構)加盟国でありEU(欧州連合)加盟国でもあるポーランド、ハンガリー、スロバキア、ルーマニアはウクライナと国境を接しています。ですから、この戦争はヨーロッパの隣国で起きている一大事なんです。

そして当初は、2014年のクリミア侵攻のように数日で降伏に追い込めると思っていたウクライナが徹底抗戦でロシアの侵攻を食い止めたこと。また、それを受けて欧米諸国や日本が一体となりロシアに制裁を科し、ウクライナへの支援を続けたことが、プーチンにとって最大の誤算だったわけで、その結果、この戦争はプーチンの想定を超えて「欧州全体の問題」という形で広がっていったのです。

――一方、その欧米諸国も自国の軍隊は送らず、ウクライナへの支援を武器供与などに限定することで、ロシアとの直接対決を避けようとしています。

鶴岡 ロシアとの直接戦争にならないように、戦争のエスカレーションを阻止するというのは、とても重要なことです。その意味でNATO諸国はロシアに抑止されている。

これはロシアにとってもそうで、彼らもNATOと直接対決したら勝ち目はないとわかっているのでNATOを直接巻き込むことは徹底的に避けている。

だから、NATOからウクライナへの武器供与に関して、ロシアは「一線を越えることになる」「戦車を送ったら交戦国と見なす」などと口では言いつつ、直接手は出せない。これは、NATO側の抑止がしっかり機能しているということです。

結局どちらも、ウクライナ侵攻に端を発した第3次世界大戦はやりたくない。だから互いに相手を抑止しつつ、抑止されている状況になるのです。

――武器供与のおかげで、ウクライナはロシアへの抵抗を続けていますが、この戦争の終わりは一向に見えません。どこかで停戦が実現する可能性は?

鶴岡 残念ながら、今の時点では難しいでしょう。停戦の話は、ウクライナが東部2州、あるいは南部を含む4州を諦めれば実現するみたいなイメージで語られていますが、私はその根本が間違っていると思います。

なぜなら、ロシアは「今の占領地で満足する」とは言っていないし、ウクライナ全体をロシアの勢力下に置いて属国化するという当初の戦争目的を変えたようにも見えないからです。肝心のロシアが停戦する気がない以上、停戦は実現しません。

一方のウクライナも、ゼレンスキー政権が崩壊して無条件降伏にでも追い込まれない限り、東部・南部4州を正式に放棄するわけにはいかない。

従って、この戦争はどこかの時点で戦闘が止まることはあっても、「両国の間で和平合意が結ばれて戦争が終わりました」という、きれいな形で終わることはなく「凍結された紛争」になる可能性が高い。

その場合、ロシアの「再侵攻」をどうやって封じ込めるのかという、抑止力の構築が非常に重要なポイントになります。

――長く「中立」を保ってきたフィンランドのNATO加盟はそうしたロシアへの抑止を巡る「欧州の変化」の象徴ですね。

鶴岡 プーチン政権の下でロシアが侵略国家へと変質した今、かつてのような「中立」という概念自体が成り立たなくなっているというのが、ウクライナ侵攻を受けたヨーロッパの安全保障意識の変化で、フィンランドやスウェーデンがNATO加盟へと舵を切りました。

――では、日本がこの「欧州の戦争」から学ぶべきことは?

鶴岡 ひとつは、ロシアのように核兵器を持った国が行なう侵略の脅威に、日本はどう向き合うのかというシビアな問いを突きつけられたことです。核兵器による威嚇が良い意味でも悪い意味でも有効だということが、証明されてしまった。

だからこそ、中国も含めた核保有国が、今回のウクライナ侵攻のような力による現状変更に踏み切らないよう、事前に思いとどまらせるための抑止力が重要だというのが、ウクライナ侵攻から得た最大の教訓です。

実際に戦争が起きてしまったら被害や犠牲は計り知れないし、中国が相手ならさらに大きくなる可能性もある。もちろんウクライナは英雄的に戦っていますし、支援する欧米諸国の結束も素晴らしいけれど、戦争が避けられるならそれに越したことはないわけで、そのための抑止をどう構築すればいいのか?

また、日米安保による集団防衛をさらに強化することは当然ですが、それに加えて他国の侵略から自国を守るという強い意志を明確に示す必要がある。

ロシアによる侵攻が始まれば、ウクライナは数日しか持たないと欧米諸国は見ていました。それを耐え抜いた「ウクライナの本気」がなければ、その後の欧米諸国による支援も実現しなかった。今回の戦争は、数日でウクライナが敗北して終わっていた可能性がリアルに存在したことも忘れてはいけないのです。

●鶴岡路人(つるおか・みちと)
慶應義塾大学総合政策学部准教授。1975年生まれ、東京都出身。専門は現代欧州政治、国際安全保障。慶應義塾大学法学部卒業後、米ジョージタウン大学を経て英ロンドン大学キングス・カレッジで博士号取得。在ベルギー日本大使館専門調査員、防衛省防衛研究所主任研究官、英国王立防衛安全保障研究所(RUSI)訪問研究員などを歴任。著書に『EU離脱――イギリスとヨーロッパの地殻変動』(ちくま新書)などがある

■『欧州戦争としてのウクライナ侵攻』
新潮選書 1815円(税込)
ロシアによるウクライナへの侵攻から1年がたち、今回の戦争は「プーチンの戦争」から「欧州戦争」へと変容した。米欧の同盟であるNATO(北大西洋条約機構)の関与が深まるとともに、欧州全域への影響が大きくなっていったからだ。欧州を視野に入れることで見えてくるこの戦争の本質とは? それが日本に突きつけるものは? 欧州の安全保障を専門とする著者が徹底分析する

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