4月7日から2週間以上にわたり、宮古島沖から沖ノ鳥島沖の日本のEEZ外縁をかすめるように航行しながら艦載機の発着艦を繰り返した空母「山東」 4月7日から2週間以上にわたり、宮古島沖から沖ノ鳥島沖の日本のEEZ外縁をかすめるように航行しながら艦載機の発着艦を繰り返した空母「山東」

昨夏に続き、この4月にも台湾を包囲して大規模な軍事演習を行なった中国。2度目ということもあって日本ではさほど大きく報じられなかったが、実は演習に参加した空母「山東」はその後、日本最南端の島・沖ノ鳥島に接近し、艦載機の発着艦を繰り返していた。本州から遠く離れた洋上の孤島に対し、中国はなぜ圧力を強めようとしているのか?

■空母進出の狙いは「軍事」と「資源」

台湾・蔡英文(さい・えいぶん)総統の訪米に反発した中国は4月上旬、台湾を包囲する形で軍事演習を行なった。

昨夏、米下院ペロシ議長の訪台時にも同様の反応を示した中国だが、当時との軍事面における最大の違いは、中国初の純国産空母「山東(シャントン)」率いる艦隊がバシー海峡を通過し、初めて太平洋を航行したことだ。

米空母への着艦・乗艦取材経験が40回を数えるなど、各国海軍の事情に精通するフォトジャーナリストの柿谷哲也(かきたに・てつや)氏が解説する。

「空母・山東は一日最大37回もの艦載機の発着艦を繰り返しました。艦載機の飛行回数だけでいえば、すでに米海軍原子力空母の1個飛行隊と同じ水準を保持しています。

山東は就役から3年4ヵ月で実戦配備にこぎ着けており、10年かかった中国海軍初の空母『遼寧(リャオニン)』よりはるかに仕上がりが早い。米空母のような長期展開はできませんが、台湾程度の近距離であれば、すでに十分に戦力投射が可能だと思います」

ただし、日本にとってより深刻なのはその後の動きだ。防衛省の発表によれば、山東艦隊は宮古島の南約220㎞の地点で活動した後、日本のEEZ(排他的経済水域)の外縁をなぞるように東へ移動し、日本最南端の地・沖ノ鳥島の南東約370㎞まで航行。そして連日、その武威を誇示するように艦載機の発着訓練を繰り返したのだ。

台湾周辺での演習を終えた後も「山東」率いる空母艦隊は航行を続け、日本のEEZをかすめるように移動。沖ノ鳥島は空自や海自にとってカバーが難しい洋上の孤島で、多くの艦載機を搭載した空母の圧力が本格化した場合、対応は困難を極める 台湾周辺での演習を終えた後も「山東」率いる空母艦隊は航行を続け、日本のEEZをかすめるように移動。沖ノ鳥島は空自や海自にとってカバーが難しい洋上の孤島で、多くの艦載機を搭載した空母の圧力が本格化した場合、対応は困難を極める

空母・山東(左)に給油を行なう903型補給艦。今回、中国は補給艦3隻が代わる代わる艦隊に随行し、空母や護衛の駆逐艦に給油を行なった 空母・山東(左)に給油を行なう903型補給艦。今回、中国は補給艦3隻が代わる代わる艦隊に随行し、空母や護衛の駆逐艦に給油を行なった

洋上で発着艦を繰り返した中国軍の戦闘機J-15。「山東」はスキージャンプ式空母で、50機以上の艦載機が搭載できるとされている 洋上で発着艦を繰り返した中国軍の戦闘機J-15。「山東」はスキージャンプ式空母で、50機以上の艦載機が搭載できるとされている

この動きはいったい何を意味するのか? かつて航空自衛隊那覇基地・第302飛行隊隊長を務め、外務省での勤務経験もある元空将補の杉山政樹氏はこう語る。

「1995年の第3次台湾海峡危機の際、中国軍は2隻の米空母率いる艦隊が出動すると手も足も出ず、撤退を余儀なくされた。その屈辱から約30年かけて、ようやく空母2隻体制を整えたわけです。

では、中国の"次の30年"の野望は何か。それは、07年5月に当時のキーティング米太平洋軍司令官が訪中した際に中国海軍高官が提案したこの内容に集約されています。

『中国は空母の開発を進めている。将来は太平洋を分割し、ハワイより東をアメリカ、西を中国が管理するのはどうか』

この次なる野望のために、空母・山東は沖ノ鳥島に到着したのです」

しかも、沖ノ鳥島は単なる"通過地点"ではない。

中国は以前から、沖ノ鳥島は国連海洋法条約上の「島」には当たらない単なる「岩礁」に過ぎず、どの国の領土でもないと主張。中国メディアでもしばしば、「日本は不当に他国船の航行や調査を妨害している」という趣旨の論説が展開されている。

社会の授業で「日本最南端地点」として習う沖ノ鳥島は東京から1700㎞、小笠原諸島・父島から900㎞、硫黄島から700㎞離れた東西4.5㎞、南北1.7㎞の「卓礁」(写真/国土交通省) 社会の授業で「日本最南端地点」として習う沖ノ鳥島は東京から1700㎞、小笠原諸島・父島から900㎞、硫黄島から700㎞離れた東西4.5㎞、南北1.7㎞の「卓礁」(写真/国土交通省)

コンクリートで保全された東小島と北小島、観測所基盤、そして2020年から運用が開始された観測拠点施設の4ヵ所が満潮時でも海面上に出ている(写真/国土交通省) コンクリートで保全された東小島と北小島、観測所基盤、そして2020年から運用が開始された観測拠点施設の4ヵ所が満潮時でも海面上に出ている(写真/国土交通省)

その狙いは、沖ノ鳥島周辺の海底資源にあるという。

「2014年、小笠原諸島と伊豆諸島周辺の日本の領海とEEZ内で、大量の中国漁船による赤サンゴ大規模密漁が発覚しました。しかし実は、彼らの真の目的は赤サンゴではなく、海底に何があるのかを調査することでした。

続いて20年には、中国の海洋調査船が沖ノ鳥島付近の日本のEEZ内で、海中にワイヤーを下ろし無許可で調査を行なっているのを日本の海上保安庁巡視船が発見しています。こうした調査を経て、中国は沖ノ鳥島付近の海底に膨大なレアメタルが眠っていることを確信したのです」

そこには、EV(電気自動車)などに使われるリチウムイオン電池の生産に不可欠なコバルトを含有するコバルトリッチクラストが存在する。さらに、日本の最東端である南鳥島周辺の海底には、莫大な超高濃度レアアース泥も眠っているのだ。

「中国は、まだ採掘に至っていないこれらの資源を日本に渡す気はないでしょう。東シナ海の埋蔵資源が確認されたことで尖閣(せんかく)諸島への進出を強めてきたのと同様に、これから沖ノ鳥島へ圧力をかけてくるのは間違いありません」

2005年、沖ノ鳥島・東小島に上陸し日の丸を掲げる石原慎太郎東京都知事(当時)。周辺の海底には膨大な量のレアメタルが眠る 2005年、沖ノ鳥島・東小島に上陸し日の丸を掲げる石原慎太郎東京都知事(当時)。周辺の海底には膨大な量のレアメタルが眠る

前出の柿谷氏もこう言う。

「中国が何かをしてくる可能性があるかは、南シナ海の南沙諸島、西沙諸島での実例を見ればわかります。浅瀬を見つけて『ここは歴史的経緯から見て自国領土である』との主張を展開し、どんどん埋め立てを進めて人工島を造成し、あっという間に軍艦が入れる港と、爆撃機が離着陸できる3000m級の滑走路を建設する。こうして既成事実化を進めるわけです」

■現状では空自は手の打ちようがない

中国にとって、南北約1.7㎞、東西約4.5㎞の「岩礁」と呼ぶ沖ノ鳥島を埋め立てて"要塞(ようさい)化"すること自体は難しくない。その足がかりとして空母・山東が進出してきているのだとすれば、日本側もそれなりの対応を見せなければ、ズルズルと向こうのペースに巻き込まれてしまう。

では、山東艦隊の現時点での作戦継続能力はどうなのか? 柿谷氏が解説する。

「ほぼ無限の動力源を有する米海軍の原子力空母と違って、中国の山東は通常動力艦ですから、一日約200tの重油を燃料として使います。護衛役として随伴する"中華イージス"も一日200tの重油を食うので、随伴艦が3隻と仮定すると、艦隊全体では一日800t。

さらに、中華イージスがガスタービンで加速する場合は軽油も必要であることを考えると、中国海軍の903型補給艦は1週間ほどで空になる計算です。

今回の航行では、3隻の補給艦が入れ替わりで空母艦隊への給油を行なっていました。しかし、作戦行動がさらに長期化すれば、この部分はネックになるでしょう。

ただし、中国は現在、903型補給艦の2倍の積載量がある901型補給艦を2隻建造中で、さらにもう1隻増やす計画もあります。この901型補給艦が空母艦隊の主力補給艦となるようなら、長期間の活動は容易になり、沖ノ鳥島周辺でのプレゼンスも強まっていくはずです」

それに対し、自衛隊が置かれた状況はかなり厳しい。中国空母艦隊が接近してきた場合の対応について、柿谷氏はこう語る。

「英空軍やNATO(北大西洋条約機構)軍は、ロシアの空母艦隊が接近してきた際、スクランブルで離陸した戦闘機がボイジャー空中給油機を伴って警戒監視を継続するQRA(クイック・リアクション・アラート)という仕組みを作っています。

ただし、沖ノ鳥島はまさに洋上の孤島ですから、本土からスクランブルするとなれば給油機が2機必要です。沖ノ鳥島から723㎞離れた硫黄(いおう)島をスクランブル拠点にできれば、負担は多少減りますが......」

ただし、前出の杉山氏は空自パイロットとしての経験から、沖ノ鳥島周辺へのスクランブル出動はかなり難しいと指摘する。

「20年ほど前、私はF-4戦闘機で沖縄から硫黄島まで飛行したことがありますが、空路の下には海自艦艇が出動し、急な悪天候など万が一の際にパイロットを救護する態勢ができていました。こうした態勢がない空域に戦闘機は行けません。

航続距離だけを考えれば、硫黄島から沖ノ鳥島までの往復は可能ですが、24時間戦闘空中哨戒(しょうかい)をするのは現実的ではなく、率直に言って空自には手の打ちようがないというのが現状です」

このように、陸からのスクランブルが難しいなら、日本側も"空母"で対抗するしかない。杉山氏が続ける。

「空自のF-35B戦闘機を搭載する予定の海自護衛艦『いずも』が、山東に刺激を与えない距離で随伴していくというのはひとつの対応策になるでしょう」

■"洋上の孤島"をどうやって守るのか?

ただし、「いずも」に搭載されるF-35B飛行隊のスクランブル態勢が完成するのは早くて5年後。それまでの間、海上リグに無人の作業基地が設置されているだけの沖ノ鳥島は、極めて無防備な状態にあるということだ。

「沖ノ鳥島はどの海自基地からも遠く離れており、海保も尖閣周辺の中国船への対応で手いっぱい。もし中国艦隊が領海侵犯を繰り返すようなフェーズに入っても、まともな対抗策がないというのが現実です」(前出・柿谷氏)

そうなると、今の日本にできるのは、やはり「人を置く」ことしかないのかもしれない。「単なる岩礁だ」という中国の主張を退け、中国軍の接近は違法であると知らしめるために、沖ノ鳥島をきっちりと拠点化するということだ。

実際に、国土交通省関東地方整備局特定離島港湾事務所が4月14日に発表した今年度の事業概要の中には、「沖ノ鳥島における活動拠点整備事業」という項目がある。船舶の係留・停泊、荷さばきなどが可能になる港湾施設の整備を進めるために、88億円の予算がついているのだ。

元陸上自衛隊中央即応集団司令部幕僚長の二見龍(ふたみ・りゅう)元陸将補は、陸海空自衛隊を混成させたJTF(統合運用部隊)をここに投入するべきだと指摘する。

「沖ノ鳥島を拠点化するには、まず必要な人員と装備を持ち込む態勢を整える必要がある。作業場の離着場を強化して、オスプレイを運用できるようにするべきです。

次に、小笠原諸島の父島に旧日本軍の飛行場跡がありますから、ここを復活させて陸自・千葉県木更津(きさらづ)駐屯地から沖ノ鳥島への中継拠点とする。これで、空から人と装備・機材が回せるようになります。

この態勢ができたら、船団で対空・海上監視レーダーなどの重量物を沖ノ鳥島に運搬し、『海外派遣と警戒監視訓練の練習場』と称して運用を開始すればいいのです。人員は一個小隊30名で、1ヵ月交代というところでしょう」

* * *

さて、ここまで自衛隊によるさまざまな対応策を検証してきたが、実はそれ以前に、もっと根本的な問題もある。前出の杉山氏が警告する。

「一般にはほとんど知られていないことかもしれませんが、沖ノ鳥島の所轄は国土交通省、総務省など分野ごとに各省庁の縦割りになっている。これを内閣府の海洋政策として取りまとめ、有人国境離島法の枠内で対応できるようにする必要があります。

また、現行体制では周辺海域についても自衛隊ではなく、海保による対処が基本となりますが、中国軍の進出をまったく想定しておらず、EEZをどのように守っていくかという議論が本格的に行なわれたことはないのです。

それに、空自の立場から言えば、そもそも沖ノ鳥島や南鳥島は、過去にGHQによって設定された日本の防空識別圏のはるか外側です。率直に言って、まともに防衛が効いているかといえば疑問符がつきます。

まず必要なのは、太平洋側のEEZに関する現実に即した議論。それが結論に至ってから初めて自衛隊が動けるわけです。もしそこで必要だということになれば、例えば羽田空港にあるようなリグ式の滑走路を沖ノ鳥島に造成し、空自の飛行場にすることも可能なわけですから」

相手が中国である以上、現実は待ってくれない。