ウクライナ戦争勃発から世界の構図は激変し、真新しい『シン世界地図』が日々、作り変えられている。本連載「#佐藤優のシン世界地図探索」ではその世界地図を、作家で元外務省主任分析官、同志社大学客員教授の佐藤優氏が、オシント(OSINT Open Source INTelligence:オープンソースインテリジェンス、公開されている情報)を駆使して探索する!
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――中国の仲立ちでイランとサウジが和解しました。その余波で、中東湾岸諸国関係の激変が続き、最大の対立構図にあったイスラム教シーア派とスンニ派が各国で和解し始めています。
佐藤 中東での米国の影響力が急速に衰え、その隙間をどう埋めるべきか、という状況にあると思います。サウジとイランが中国の仲介で和解してその線を引き直したように、各国もそれに続いていますが、その流れでスンニ派とシーア派の和解が続いていると見た方がいいと思います。
では、なぜサウジはイランと和解したのか? 米国の影響力が落ちると、イランの影響力が上がるからです。これを抑えないといけない、というのがサウジの思惑です。
そこで、サウジはイランを懐柔するため、イエメンのフーシ派との戦争を止めました。さらにサウジは、シリアと全面的に対峙していた構図を変えます。アサド政権の母体となるアラウィ―派は一応、イスラムのシーア派ということになっていますが、実態はイスラム教とは言えない独特の山岳宗教です。この政権を支えているのはロシアとイランですからね。
――5月19日にサウジで開催される「アラブ連盟会議」にシリアのアサド大統領が出席しますね。
佐藤 はい。サウジとイランとの"力の均衡線"が引き直されましたから。
――お隣さん同士仲良くなったところでイランはせっせと核開発し、核弾頭が出来た翌日にはミサイルに搭載してイスラエルに撃ち込んだりしませんか?
佐藤 今のイランの2トップであるハメネイ、ロウハニ体制ではそれはないですね。現在のイランはイスラエルを地図上から消すというイデオロギーよりも、イランの国際的立場を現実的に高める方針に転換していると思います。イランは自らの生き残りを図り、イスラエルをどう処理するかは二次的な問題となっています。
――現状、イスラエルが"全アラブ軍"と戦うという構図は考えられませんか?
佐藤 それはないですね。イラクとサウジが対立する中、イスラエルはサウジと仲良くなることを望んでいました。その対立がなくなったことは、イスラエルにはマイナスです。
サウジとの関係修復で、シリアとイランは力を付けました。ただし、シリアにはゴラン高原の現状を回復する力はありません。ただしシリアが不安定になると、その隙間に入ってくるのは「イスラム国」(IS)なので、イスラエルには都合が悪いんです。
――では、イスラエル国内で政治的な争いが行われているというのは、ひとえに余裕の表れなのですか?
佐藤 そうです。イスラエル国内で混乱していても、アラブ連合軍は攻めて来ないですから。一方、サウジはイランと接近しましたが、逆に米国との距離を置き、米国が嫌がる事でも積極的にやってしまう状況です。
――その決定を下しているのは誰なんですか?
佐藤 サウジのムハンマド・ビン・サルマン皇太子が全部やっているのでしょう。
ただ、この中東における米国の影響力低下は、日本やヨーロッパからは見えづらい。これは、弱体化した米国が米欧日の繋がりを強化しているからです。我々には世界情勢の全体的な構図がいま、非常に見えづらくなってきています。
――では、どの辺りの動きを見ることで、中東情勢を理解できるのですか?
佐藤 先ほどお話ししたサウジのムハンマド皇太子に注目することです。サウジには国会がないので、ムハンマド皇太子の動き=国家の動きとなります。
それから、OPECプラス(石油輸出国機構。全23ヵ国が加盟)の石油産出量を注視すべきです。米国は増産を望み、ロシアは減らして欲しいと考えています。
――そこの部分に関しては、サウジはロシアとちゃんと話をつけてますよね。
佐藤 そうです。サウジはロシアの原発を使っていますし、「S400地対空ミサイルシステム」などの武器も買っている。兵器メンテナンスの面からも、ロシアとの関係は切れません。一方で、サウジは米国の武器体系も買いながら、バランスを取っているです。
――なるほど。中東が激変していくなかでも、サウジのムハンマド皇太子の動きを見ていれば流れが読めるんですね。
佐藤 そうなんです。
次回へ続く。次回の配信予定は6/2(金)予定です。
●佐藤優(さとう。まさる)
作家、元外務省主任分析官
1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。
『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞。