『TikTok』の利用を禁止する――。5月17日、アメリカのモンタナ州で成立した州法に注目が集まっている。法律が成立した背景に何があるのか? 今後こうした動きがアメリカ全土に広がる可能性はあるのか? セキュリティ上の懸念も含めて徹底解説する。
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■『TikTok』は格好の攻撃対象だった
米モンタナ州で動画投稿アプリ『TikTok』の利用や提供を禁止する法律が成立し、一般利用を禁止する世界初の「TikTok禁止法」として大きな波紋を呼んでいる。
中国企業の「バイトダンス」が運営するTikTokは、以前から「アプリを通じて収集されたユーザーの個人情報が中国政府に利用される安全保障上の懸念がある」などと指摘され、昨年12月には米連邦政府職員が公務に使う端末での使用が禁止されている。
その後も、公用端末での利用を禁止する同様の動きはアメリカの各州で相次ぎ、ほかにもEU、カナダ、イギリスなどにも広がり、今年3月には、バイトダンスの周受資CEOがアメリカ議会の公聴会に出席し、中国政府の影響を否定するに至っている。
そうした中、今回、モンタナ州で成立したTikTok禁止法は、一般利用を禁じるという踏み込んだ内容で、同州のジアンフォルテ知事は「中国共産党の監視からモンタナ州民を守ることが優先事項だ」と、その意義を強調した。
ただし、この州法はTikTokをダウンロードして利用した個人への罰則はなく、企業側に「アプリをダウンロードできないようにする」ことを求めていて、それに違反すると、アプリストアを運営するアップルとグーグル、バイトダンスに罰金1万ドル(約138万円)が科されるという。来年1月から施行される。
ちなみに全米で1億5000万人が利用しているというTikTokだが、モンタナ州のユーザーは数十万人程度。そのモンタナ州が、なぜ禁止に踏み切ったのか? そもそもモンタナ州ってどこだっけ?
「アメリカ北部、ロッキー山脈の東側に位置する州で、日本とほぼ同じぐらいの面積に人口は約112万人。要するにアメリカの田舎です」
と語るのは、アメリカ在住の作家でジャーナリストの冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)氏だ。
「そのモンタナ州で、なぜTikTok禁止法が出てきたのかというと、ひとつはやはり『中国叩き』という政治的な側面があると考えられます。
モンタナは、民主党と共和党の勢力が拮抗(きっこう)している州なのですが、今のアメリカではバイデン大統領の民主党ですら『中国に強硬な姿勢を見せる』ことが求められています。
ましてや、今のモンタナ州知事は反共主義が売りの共和党ですから、TikTok禁止法で自分たちの中国叩きを共和党の支持層にアピールしたい思惑がある。また、モンタナのような地方の共和党保守層には、シリコンバレーやITビジネスに対する潜在的な反感もあります。TikTokは、格好の攻撃対象となったのではないでしょうか」
だが前述したように、この州法には利用者個人に対する罰則はない。また、モンタナ州に限って、アプリのダウンロードをできなくすることは技術的に不可能だという。
「その意味では、今回の禁止法に実効性はなく、単なる政治的なアピールやメッセージに過ぎないと思います。また、すでにこの州法が合衆国憲法の定めた表現の自由に違反するとして、運営会社のバイトダンスだけでなく、ユーザーからも法律の差し止めを求める訴訟が起こされています。
アメリカは、言論の自由が重い意味を持つ国ですから、裁判になれば、違憲と判断される可能性が高いでしょう。当面、こうした動きがほかの多くの州や全米へと波及する可能性は低いと思います」
■本当に「危ないアプリ」なのか?
その一方で、以前から指摘されているようにTikTokには、情報セキュリティに関しての懸念があるのも事実。TikTokは、本当に「危ないアプリ」なのか?
「そう問われたら、私は『危ない』と答えますが、それは個人のとらえ方によっても異なると思います」
と語るのは、サイバーセキュリティに詳しい国際ジャーナリストの山田敏弘氏だ。
「TikTokのようなアプリには、プライバシーポリシーという仕様書があり、ユーザーはこれに同意した上で利用することになっています。TikTokのそれを読むと、生年月日、メッセージの内容、電話帳の連絡先の同期を選択した場合には名前、電話番号、メールアドレスなどを収集するとあります。また、閲覧した動画や検索履歴、どの動画に『いいね』をしたのか、保存したコンテンツなどの情報を自動的に収集すると書かれています」
ちなみにTikTokに限らず、こうしたアプリの多くはさまざまな個人情報を吸い上げており、利用者がプライバシーポリシーに同意した時点で受け入れたことになるのだが、問題はその先だ。
「中国には『国家情報法』という法律があって、中国のすべての組織や個人が国家の情報活動に協力することが義務づけられています。もちろんそれは、バイトダンスも例外ではありません。そのため情報機関や警察など中国当局からの要請があれば、TikTokを通じて集められた膨大なユーザーの個人情報が中国政府に吸い上げられる可能性は否定できません」
こうした懸念にバイトダンス側は「サーバーはアメリカとシンガポールにあるのでデータが流出する恐れはない」などと反論しているが、仮にサーバーが国外にあっても、そのサーバーになんらかの形で中国国内からアクセスできれば結局は同じことだという。
「問題は、そうした懸念があるにもかかわらず、アメリカだけで1億5000万人もの人がTikTokを使い続けていることです。短い動画投稿に特化した使い勝手の良さが、若い世代を中心に支持されている理由だと思います。
『個人情報を吸い上げられても気にしない』という人にとってTikTokは危ないアプリではないのかもしれませんが、私はこれだけ多くの個人情報を中国政府に吸い上げられる可能性があるだけでも、『怖い』と感じます。
ただし、今回のような禁止法が、アメリカ全土に広がるとは思えません。表現の自由を犠牲にしてまで進めることで『中国と同じことをしている』と言われかねないし、アメリカの企業が買収するという話もありましたが、それも自由主義国家としてどうなの?という話ですよね」
うーん、禁止は難しそうだけど、やっぱり怖いTikTok。誰かもっと安全で魅力的なアプリを開発してくれないかなあ。