岸田文雄首相の目玉政策である 「異次元の少子化対策」 がいよいよ動き出した。そのこと自体は素直に歓迎したい。 ただ、 その財源をのぞいてみると、高齢者や富裕層を優遇し、 勤労世代や子育て世代から搾り取る、あまりに不公平なものだった。 お粗末すぎるその中身、 絶対許しちゃアカン!
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■3兆円規模の財源、打ち出の小づちはどこに?
さらなる庶民いじめが始まった。
岸田政権の目玉政策「異次元の少子化対策」の財源について、野党のみならず、財界や党内を巻き込み議論が起こっている。
そこに踏み込む前に、まずは少子化対策の内容をおさらいしておこう。長年対策が重ねられているが、今回は3兆円規模の大幅拡大となるのがポイントだ。
最大の目玉は子育て世帯への経済的支援で、児童手当の拡充や医療費・教育費・住宅への支援強化に1.5兆円を追加する。このほか、幼児の教育や保育の拡充に0.8~0.9兆円を支出し、同時に0.7兆円規模の予算で育児給付を拡大するなど、子育て世帯の負担を軽減して出生増につなげようとする政策が並ぶ。
今回は、この中身の妥当性は考えない。財源の是非という論点だけでも、とうてい納得できない要素がわんさかあるからだ。
5月29日に飛び出したのは、子育て世代から財源を確保するという本末転倒の案だった。16~18歳の子供ひとりにつき38万円分得られる扶養控除を縮小するというもので、世帯年収850万円以上の家庭は、新たに給付される年間12万円の児童手当をもらったとしても損するという試算もある。これではなんのための子育て支援なのかわからない。
とはいえ、扶養控除の縮小で確保できる財源はわずかに過ぎない。政府が少子化対策のたたき台を公表した3月末から最もアテにしていたのは、社会保険料だ。
サラリーマンが支払っている社会保険料は厚生年金保険料、 健康保険料、 雇用保険料、そして40歳から払う介護保険料の4つ。それぞれ給与から天引きされており、労働者と勤務先が折半で負担している。
保険料の引き上げで見込む財源は約1兆円で、天引きが増えるため実質的な増税といえる。また、社会保険料の引き上げは、高齢者に比べて現役世代の負担感が重いという特徴がある。
これだけでもツッコミどころが満載だが、とはいえ見方によっては労使折半なぶん、負担は増税に比べて軽いともいえる。しかし、 「社会保険料を財源の主軸とするのは悪手」と語るのは、税と財政の専門家である、東京財団政策研究所の森信茂樹(もりのぶ・しげき)氏だ。
「そもそも、例えば健康保険なら病気、国民年金であれば老後の収入減というふうに、保険は対応するリスクがはっきりと決まっています。そのため、保険料を少子化対策のために用いるというのは、保険の原理からしてつじつまが合わないのです」
もちろん政府も対策を講じている。社会保険料の追加徴収分を、少子化対策に充てる基金にいったん繰り入れることでその問題をクリアしようとしているのだ。5月27日に発表された「こども金庫」がそれである。
「少子化対策という一連の政策の財源を、目的のまったく異なる社会保険料から持ってくるのは、日本では史上初。基金を間に挟むといっても筋が通らない印象は否めません」
コツコツ支払った社会保険料を好き勝手に使われる、あしき前例が生まれようとしているのだ。
■富裕層への課税強化から逃げるな!
社会保険料がダメなら、どこから拠出するのが妥当なのか。
報道によると、少子化対策拡充から2年ほどは「こども特例公債」、要は国債発行で財源を賄うとされる。国債で調達するのはどうか。
「こちらはもっと問題アリです。発行した国債を返済するのは誰かというと、これから生まれる子供たち。少子化は現役世代を含めた社会全体の問題ですから、次世代の人々に負担を押しつけるのはおかしな話です」
社会保険料も国債もダメなら、残された手段は税金ということになる?
「本来、政府が使える財源の代表格が税ですので、それが筋といえます。所得税や消費税を少し増税して少子化対策に充てることもできるのに、政府はそもそも議論を排除しており、これは問題です」
消費増税、ってのはちょっとなぁ......。
「過去2度の消費増税で景気が短期的に悪化したことは事実で、消費増税に対するアレルギーは理解できます。
とはいえ、消費税は例えば0.5%ずつ2回に分けて上げれば経済への影響も少なく、3兆円の財源を確保できます。そして、正しく使えば社会保険料を上げるより国民にとってのメリットが大きいのです」
消費増税のメリット?
「消費税の最大の特徴は、お金を使うすべての人が負担することです。
消費税による徴税額のうち、 負担者の約3割は高齢者。ですので増税して少子化対策に充てれば、これが子育て世代にシフトしていくことになります。資産の多い高齢世代からお金を使う現役世代への、所得の再分配になるわけです。
一方、社会保険料で賄う場合は現役世代の中でお金を回すことになる。 この点で、消費増税のほうが優れていることは疑いようのない事実です」
なるほど。ただ、消費増税が世代間格差の是正につながるということは、政府・与党の議論からはまったく聞こえてこない。それはなぜ?
「理由は簡単で、消費増税を言えば政権の支持率が落ち、選挙に負けるから。これはあまりに安直な考えですから、国民にはしっかり説明し、理解を求めてもらいたいです。
そもそも消費税の人気がない理由は、貧しい人は負担感が大きく、裕福な人は少ないから。この点については、資産への課税強化と組み合わせて、所得の多い人がより多く負担するような仕組みをつくることで対応可能です」
具体的には、株式の配当や売却益などの金融所得増税が望ましいと森信氏は言う。給料や役員報酬にかかる所得税は収入に応じて税率が上がっていくが、株式の配当や売却益にかかる所得税率は1万円でも10億円でも約20%で変わらない。こうした超富裕層への優遇を改めるべきということだ。
ほとんどの人は忘れているかもしれないが、実は岸田政権は発足当初、金融所得課税の強化を打ち出した。ところが財界の猛反発を受けると、すぐに引っ込めた過去がある。
「岸田首相は消費増税からも金融所得増税からも逃げているのが実態。税も選択肢に入れ、ベストな財源比率を考え抜いて国民に丁寧に説明するべきです」
■負担額はどのくらい増える?
ここでいま一度、政府が狙う社会保険料について考えてみたい。
社会保険料は給与天引きなので、労働者にとっては気づきにくい支出である。それを逆手に取り、政府は便利なサイフのように扱ってきた。その歴史について、社会保険労務士の川浪 宏(かわなみ・ひろし)氏に聞いた。
「厚生年金、健康保険、介護保険はすべて、くしくも制度開始から保険料が約3倍に上がっています。
厚生年金は1942年に保険料率6.4%で開始されました。当初は月給だけにかかりボーナスは対象外となっていましたが、2003年にはボーナスも含めた総報酬制に。現在は18.3%となり、数値以上に負担感は上がっているといえるでしょう」
同様に、健康保険(協会けんぽ)は47年・保険料率3.6%での開始から、現在は9.33%~10.51%に上昇(都道府県によって異なる)。介護保険は2000年・保険料率0.6%での開始となり、 現在は1.82%となっているという。このように、社会保険料は激しい議論もないままにシレッと引き上げられているのだ。
社会保険料の引き上げは賃上げムードにも水を差す、と森信氏。
「企業からすれば、社会保険料の増加は人件費の上昇となるので、賃上げに踏み切りづらくなるどころか、給料の下押し圧力となりかねない。さらに、雇用の非正規化や、人を雇わず業務委託として使う"雇用の劣化"が加速し、少子化がますます進むこととなります」
実際の負担額だって決してバカにはならない。川浪氏に試算してもらった。
「3兆円の予算のうち、約2兆円は医療や介護といった社会保障費の削減と、既存の予算でやりくりするとの報道がありました。つまり社会保険料の値上げで捻出するのは1兆円で、労働者の負担分は5000億円です。これを健康保険の被保険者9300万人で負担すると、例えば年収500万円の場合、年間で8180円の負担増となります」
政府は「これは増税ではない」とは言っているものの、国民負担は増えるわけだし、天引きなので気づきにくいという意味では"隠れ増税"といって差し支えない。
少子化対策の具体的な中身が盛り込まれた 「骨太の方針」は16日に閣議決定される見込みだが、今後の動きはよ~く注視しておこう。このまま富裕層や高齢者に目配せし、現役世代や子育て世代を狙い撃ちするようだったら、一回マジで怒ったほうがいい!