4月26日、中国全人代常務委において、「改正反スパイ法」が成立した。同法は、いわゆる外国勢力による敵対的な諜報活動だけではなく、「国家安全に危害を及ぼす行為」のすべてを取り締まり対象としており、恣意的な運用も懸念されている。そんななか、懸念が高まっているのが、海外に点在しているとされる中国の秘密警察の存在だ。その実態について中国人ジャーナリストの周来友氏が明かす。
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■関係者逮捕や閉鎖も相次ぐ海外110番
日本を含め国際的な話題となっているのが、中国国外に複数の拠点を置いているとされる「秘密警察」です。各国政府やメディアは、現地の飲食店や中国系企業などが事実上、中国警察の事務所として利用されており、現地に滞在する中国人の監視やスパイ行為を行なっていると報じています。
その根拠とされるのはスペインのNGO「セーフガード・ディフェンダーズ」の報告書です。その報告書によると、中国政府が世界中に「海外110番」と名付けた事務所を開設しており、現地に住む反体制派の中国人を監視しているというのです。
アメリカ司法省は4月、ニューヨークのチャイナタウンの雑居ビルを拠点としていた海外110番の関係者ふたりを、司法妨害罪などの容疑で逮捕しました。またアイルランドやオランダなど、海外110番に対し、所在国から閉鎖命令が出された例もあります。
海外110番は日本国内にもあるようです。そのひとつは東京都千代田区にある建物内に所在しているようです。その建物の持ち主は「日本福州十邑(じゅうおう)社団聯合総会」と呼ばれる団体となっています。
この団体の所属会員は主に日本でビジネスを行なう福建省出身者で、活動内容は在日中国人同士のビジネス交流、中国との経済交流の活性化、新型コロナウイルスが猛威を振るっていた時期には、マスクを中国に送るなどの活動を行なっていたようです。日本でいうところの「県人会」のような組織でしょうか。ちなみにこの建物は、民泊施設として営業しているとも言われています。
■秘密警察の"隠れ蓑"としては目立ちすぎ?
各国の「海外110番」の取り組みや成果については以前から、中国国内でも複数のメディアによって紹介されてきました。ある報道によれば「アメリカやスペイン、日本、アルゼンチンなど福建省出身者が多く滞在する48の国家・地域で海外110番のサービスを提供している」とのことです。
サービスの例としては、運転免許証と身分証の更新があるようです。これらの業務はともに中国公安局の管轄です。新型コロナウイルス発生後、多くの在外中国人は中国に帰国することが困難となり、運転免許証や身分証の更新が難しくなったため、利用者は少なくなかったようです。
さらに、3年ほど前から中国国内で被害が続発している、海外を拠点とした特殊詐欺事件の情報受付窓口としても機能していたようです。実際、海外110番が詐欺グループの摘発に成功したケースも報じられています。
というわけで、日本をはじめ各国メディアが報じているほど、海外110番は警戒すべき存在ではなさそうだ、というのが私の所感です。「結局、周は中国政府側の人間だ」と失望されるかもしれませんが......。
もちろん、中国メディアが報じた業務内容はあくまで表の顔で、「裏の顔」がある可能性も否定はできません。ただ、住所も公開し、その気になれば誰でも出入りできるような場所を、秘密警察の隠れ家にすることはあまり合理的だと思えません。
■在日中国人留学生が警戒する別組織
では海外在住の中国人を監視する秘密警察など存在しないのかと問われれば、それは私には断言できません。
2022年11月、中国では長期に渡るゼロコロナ政策に反発する動きが全国各地で発生し、その動きは日本にも広がりを見せていました。日本国内でも、新宿などで中国人留学生を中心に抗議デモが行われました。
そうした抗議活動を取材するなかで、私は参加していた複数の中国人留学生からこんな話を聞きました。
「X大学の留学生で組織されている日中交流団体が、われわれを監視していた。抗議者を装ってデモに紛れ、他の参加者を必要以上に動画撮影していたという報告や、参加者の素性について聞き込みをしていたという報告もある」
海外でのこととはいえ、中国政府の政策に反対する抗議活動は、国家安全法や国家政権転覆罪に該当する可能性があります。参加者らの話を統合すると、この交流団体のメンバーは中国に帰国後、公的機関の要職に就く者も多く、単なる留学生によるサークルとは考えにくいといいます。
ちなみに日本国内で中国の秘密警察が活動しているとすれば、中国人である私も監視対象のひとりでしょう。というわけで、今回はこのくらいで口をつぐみたいと思います......。