ネット投票なら、スマホから簡単に投票できて、後から「上書き」も可能になるという ネット投票なら、スマホから簡単に投票できて、後から「上書き」も可能になるという

スマホで投票できる時代が、いつやって来るのか。立憲民主党と日本維新の会が共同提出した「ネット投票法案」。以前からたまに話題にはなったけどこの仕組みの現在地は? 「いつ、どこからでも投票できる」だけじゃないメリットの数々と実現までのハードルを追った!

■24時間どこでも投票が可能に

すべての国内選挙でインターネット投票を可能にするという法案を立民、維新が共同提出したのは6月6日のこと。

公示・告示の翌日から投票日前日まで、スマホなどで24時間、世界のどこからでも投票を可能にするというものだ。筆頭提案者の落合貴之衆院議員(立憲民主党)がこう説明する。

「時間、場所にとらわれず投票できるようにすることで、投票機会を等しく確保することが目的です。海外や洋上にいて投票が難しい有権者だけでなく、足が不自由で投票所に行くことができずにいるお年寄りなどもネット選挙なら簡単に投票できる。

また投票のハードルを下げることにより、投票率の低調な若年者の政治参加を促すこともできる。できるだけ多くの有権者に投票を促すことで、投票率の向上、民主主義の発展に貢献できると期待しています」

指定期間内なら何度でも再投票できるシステムの導入も検討されている。つまり、投票先の"上書き"が可能になるということだ。政治評論家の有馬晴海氏がこう歓迎する。

「投票日に投票所に行けない人のために期日前投票という仕組みがあります。しかし、この制度には一度投票したら、その後に別の候補に票を入れたいと思ってもやり直しが利かないという欠点がありました。

実際、有権者が選挙期間中に意中の候補を変えるということはよくあることです。昨夏の参院選では安倍晋三元首相の銃撃事件を受け、13%の有権者が決めていた投票先を変えたというデータもある。ネット投票導入で何度も候補者名の上書きが可能になれば、期日前投票のこうした欠点も解消されます」

開票作業などにかかるコストを削減できるメリットも見逃せない。

「IT専門家などに聞き取りを行なった結果、核となる投票システムの構築にかかる費用は約30億~50億円とされています。

完全にネット投票に移行すれば、選挙人名簿管理システムの標準化や改修費、さらにはセキュリティ対策費などを含めても現在の国政選挙にかかる費用(約500億~600億円)の1~2割で賄えると予測しています」(前出・落合議員)

デジタルに不慣れな層への配慮も抜かりない。

「投票所での紙投票とネット投票では紙投票のデータを優先する制度設計になっています。あくまでもネット投票は紙投票の補完という位置づけで、有権者にネット投票を無理強いするものではありません」(落合議員)

■選挙の信頼性は守られるのか?

いいことずくめに見えるネット投票だが、実は導入国は少ない。フランス、ノルウェー、スイスなどが在外投票など、一部の選挙に利用しているくらいで、すべての国政選挙でネット投票可というフルスペック導入国は人口130万人の小国、エストニアのみだ。

なぜか? 立会人がいないなどの理由から、ネット投票では選挙の公正さや信頼性を十分に担保できないという懸念がつきまとっているためだ。

具体的にはサイバー攻撃などによる選挙結果操作、本人以外の成り済まし投票、第三者による投票先の強要(投票干渉)、投票先などを誰にも知られない「投票の秘密」不徹底などがネット投票の懸念として浮上する。

法案ではこうしたリスクをどう払拭しているのか?

「投票データはブロックチェーン技術を活用して分散保管し、改竄(かいざん)できないようにします。選挙人管理と投票データ管理のシステムは別々とし、データを暗号化することで投票の秘密も確保できる。

"成り済まし問題"は、電子署名やマイナンバーカード、パスワードなどの何重もの組み合わせで確実に本人認証することで防げる。投票干渉も上書き投票を利用すれば、たとえその場で投票先を強制されて応じたとしても後でやり直すことで無効化できる。

このように野党の法案には『立ち会いに相当する措置』を何重にも盛り込んでいます。全体としてネット投票導入後の選挙は投票用紙だけの選挙よりも、むしろ公正さや信頼性が向上すると自負しています」(落合議員)

■あとは「政治決断」だけ

ネット投票導入に意欲を見せるのは野党だけではない。実は政府与党内でも着々と導入への動きが進んでおり、その準備の歴史は意外に長い。

「ネット投票の前段となる『電子投票』が政府内で公的に検討されたのは1999年のこと。投票所に設置されたタッチパネル式の電子投票機で候補者を選び、ネット環境が整備され次第、パソコンなどの機器によるネット投票に移行するというもので、2016年2月までに地方自治体選挙で計25回の電子投票が実施されました」(前出・有馬氏)

ただ、岐阜県可児市議選などでサーバーの不具合や係員の操作ミスが起こり、電子投票構想はボツとなる。

代わって浮上したのが在外選挙へのネット投票活用だ。最寄りの大使館まで投票に行かなければいけない在外邦人の投票率は2%以下にとどまる。その投票率向上を名目にネット選挙導入の検討が急ピッチでスタートしたのだ。

その中心にいたのは野田聖子総務相や河野太郎外相(どちらも当時)といった自民党の実力者らだ。

ふたりの呼びかけで17年末に「投票環境の向上方策等に関する研究会」が総務省内に設置されると、その答申をもとに18年に茨城県つくば市でマイナンバーカードとブロックチェーンを活用したネット投票の実証実験、20年には東京都世田谷区、千葉市、盛岡市などで在外ネット投票の実証実験が相次いで行なわれることになった。総務省関係者がこう言う。

「研究会やその下にある『技術検討ワーキンググループ』で議論を重ね、システムの概要はとっくに固まっています。まずはスマホなどで専用アプリをダウンロードし、自治体から郵送された個別の投票用QRコードを読み取ってもらう。

その後、さらにマイナンバーカードをスマホで読み取ると、投票画面が表示されるというものです。慣れた人なら2、3分もあれば投票できます。

今後、さらに実証実験を重ね、24年10月につくば市長選と市議選でネット投票を行なう予定です。はっきり言えば、ネット投票は今すぐにでも導入可能。あとは導入の権限を持つ総理や総務大臣といった与党の政治家が政治決断し、文書にハンコを押すだけなんです」

■嫌がる自公の壁を突破できるのか

ただ、与党・自民党の動きは鈍い。マイナンバーカードを利用したネット投票は政府のデジタル化にも寄与するはずなのに、党内から早期実現を望む声は聞こえない。そのワケを自民党関係者のひとりがこう話す。

「すべての選挙で実施という野党案に比べ、自民内では在外投票のみ導入という後ろ向きの意見が大勢です。その理由は、ネット投票が導入されて投票率が上がると野党票が伸び、自民に不利になると危惧する議員が多いから。

与党である自公の強みは組織力を生かし、支持者に投票所まで足を運んでもらって確実に集票できること。投票日にイベントを組み、そこから支持者をバスなどで投票所へと運ぶ公明さんなどの選挙はまさにその例でしょう。その強みをネット投票は消しかねないのです」

前出の有馬氏もこう続ける。

「得票1位しか当選しない小選挙区制選挙では、野党支持者は『わざわざ投票所に出かけて一票を投じても、組織票の固い自公候補が当選する』と諦めモードになり、選挙を棄権しがちです。

ただ、ネット投票なら『一応、投票だけはしておくか』と投票行動が変わり、野党票が増える可能性が高い。こうした従来なら棄権に回る諦め票が顕在化し、選挙結果が変わることを自公の政治家は嫌がっているのです」

実際、ネットでの投票が全体の約4割を占めるというエストニアでは直近の4回の国政選挙で、それまで3位が定席だった改革党が第1党へと躍進しているといった事例が起きている。同じような変化が日本でも起きる可能性はある。

国政選挙は50%台の低投票率が当たり前の光景になってしまった。このまま投票率の低下が続けば、選挙そのものの有効性も問われかねない。

野党が目指すネット投票実現の時期は2025年の参院選。それまでに法案の成立だけでなく、立会人による投票などを定めた公職選挙法の改正も必要となる。

ただ、政治的にはギリギリのスケジュールで、場合によっては28年参院選まで導入先延ばしというケースも考えられる。今後の動向に注目してほしい。