国防省の見解と整合性のない「本当のこと」を言ってしまったゼレンスキー大統領。正確な情報が入ってきていない可能性もあるが... 国防省の見解と整合性のない「本当のこと」を言ってしまったゼレンスキー大統領。正確な情報が入ってきていない可能性もあるが...
ウクライナ戦争勃発から世界の構図は激変し、真新しい『シン世界地図』が日々、作り変えられている。本連載ではその世界地図を、作家で元外務省主任分析官、同志社大学客員教授の佐藤優氏が、オシント(OSINT Open Source INTelligence:オープンソースインテリジェンス、公開されている情報)を駆使して探索する!

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――ウクライナのロシアへの大反攻が始まっていますね。

佐藤 現状は大反抗というよりも、威力偵察のレベルです。そこで私が疑問を抱いているのが、ゼレンスキー大統領の軍の統帥に関して、そこが一本の命令線でできているのだろうか、という点です。蒋介石時代の中国では、中国軍内にいくつかの軍閥がありました。その軍閥の動きを、トップの蒋介石は把握出来ていませんでした。

それと同じ事がウクライナで起っているのか、いないのか。見極めが難しくなってきました。これは、ゼレンスキー大統領の"統治者能力"ですよね。

先に日本でG7広島サミットが開催された際に、記者からゼレンスキー大統領にバフムートに関する以下の質問がありました。

記者 バフムートはまだ、ウクライナの支配下にあるのでしょうか? ロシアはここを占領したと言っていますが。

ゼレンスキー大統領 私はそうは思わない。バフムートは完全に破壊し尽くされて、いまや私の心の中にしか存在しない。

この発言を受けた報道各社は「バフムートはウクライナの支配下にない」と報道しました。

すると、ウクライナ大統領府の報道官は慌てて「これは違う。ロシアが占領したと言っている状況を否定しただけだ」と訂正し、翌日には「ウクライナ軍は別の場所で任務を遂行している」と発表しました。

ロシアはこのやり取りを分析し、ゼレンスキーという人は一方的に話す事は得意だが、記者会見や交渉事に慣れていない部分が弱点である、と指摘しています。

――そもそもの職業がコメディアン、お笑い芸人ですからね。

佐藤 いきなり質問が飛んできたので、本当の事を言ってしまったのでしょうね。しかし国防省の見解と整合性がないので修正を余儀なくされている。ゼレンスキー大統領の置かれている立場の厳しさを感じると同時に、大統領に正確な情報が入ってきていない可能性もくみ取れます。

――大反攻開始のいま、あちらこちらで戦闘が勃発しています。

佐藤 ゼレンスキーは本当に、軍の統帥権を握れているのか、ですよね。

――もしそうでなければ怖いですね...。

佐藤 ここでもう一度、G7広島サミットを違う視点から見てみましょう。自衛隊がウクライナに対して車両を100台供与しましたよね。

――中古、ではありますが。

佐藤 自衛隊法で廃棄車の提供は禁じられているので、廃棄車両をわざわざ整備して出しているわけです。そして、他に提供したのは保存食3万食。これは来年の3月に賞味期限切れになるそうです。自衛隊の缶詰にはどんな種類のものがあるんですか?

――五目ご飯や赤飯、鳥飯などのゴハンものであります。

佐藤 そうした炊き込みご飯の「おかず」は何になりますか?

――たくあん漬け、マグロの煮付けがありますね。あと、鱒(マス)と野菜煮は魚だけではなく、昆布、タケノコ、ニンジンなどが入ってます。

佐藤 それ、ウクライナ人は食べますか? タケノコだと「木の根っこを食べさせられた」などと言われそうです。加えて、自衛隊がウクライナ警察にプレゼントしたのは、反射材と携帯カイロです。これからの季節は...。

――ガンガンに暑い夏が来ますね。

佐藤 これは戦争は越冬になる、というメッセージですね。ただ、携帯カイロを今年の冬に取り出したら、カチカチに堅くなって使いものにならないでしょう。

そして岸田首相はゼレンスキー大統領に、78億円分の借款の支払いを猶予すると伝えました。これは漫画『闇金ウシジマくん』でいうジャンプ(返済日を延期させること)ですね。これは普通、出先の大使館の一等書記官が通報する内容です。国家元首に日本国首相が伝える話ではありません。

78億円のジャンプと40億円相当の非戦闘品目の供与。高速道路建設費に換算すると約800m分。日本郵船は昨年、コンテナ代が急騰で純益で1兆円儲けたそうですが、比較するとこのウクライナへの支援金額はどうですか?

――雀の涙です。

佐藤 逆にロシアには想定外の配慮が行き届いている、となります。だからロシアは全然怒っていません。G7広島サミットにゼレンスキー大統領が来日したことは、日本はロシアに事前通報していましたよ。

――本当ですか!

佐藤 だからプロ的に見れば、ロシアと日本のバックチャンネルは上手くいっていると思います。中国はロシアに呼び出されているからロシアと中国はダメなんです。さらに言えば、米露よりも日露のバックチャンネルのほうが機能しています。

そして日本がこれだけウクライナ支援にやる気がないと、ロシアから見ても驚きはありますよね。ゴハンとタケノコでウクライナ軍の戦力が飛躍的に増強するとは思えないですからね。

だからロシアに対して、G7前にあれだけ厳しくやっていました。ロシアから何か来ると思っていた中国は、G7を見て意外に感じたことと思います。

――中国はG7開催前は「俺たちはこれだけロシアと仲良くなったんだ」と言っていました。しかしフタを開けたらロシアとは日本の方が仲良くしていた、ということですか?

佐藤 はい。中国にしたら解せないですよね。不満だと思います。

――ウクライナ戦争が終わった際に日本が「仲介国」になる可能性がより高まったのですね。

佐藤 だから先日の広島は、日本にとって非常に良いサミットだったんです。

――ただ、岸田首相がもくろんでいた「支持率アップ」は、ご子息の首相官邸忘年会とマイナンバーカードの混乱でチャラになってしまいましたが...。日本の岸田首相の行使する統帥権は安泰でありますか?

佐藤 今のところ安泰です。岸田政権は深海魚のようなところがあります。他の政治家ならば到底耐えられないような圧力がかかっても、生き残ることができます。

次回へ続く。次回の配信は7月14日(金)予定です。

撮影/飯田安国 撮影/飯田安国

●佐藤優(さとう・まさる)
作家、元外務省主任分析官
1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。
『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞。