刑事訴追された前大統領が再び当選を果たした暁には、自分自身を恩赦=無罪放免に? 深刻化するアメリカ社会の分断が、かつてない異常事態を進行させている。本当にその可能性はあるのか、専門家に緊急取材したところ、結論は......「ある」。マジかよ!
■共和党内ではトランプが独走状態
もし日本の総理大臣経験者が、在任中の職務に関わる問題で"文春砲"を食らい、検察も動いて起訴され、さらに重大な余罪も指摘される中、首相への返り咲きの野望を公言したら――? おそらく大方の反応は「いや、ムリムリ!」「いくらなんでも......」といったところだろう。
制度も政治状況も違うため単純比較はできないが、世界の超大国アメリカで、それに近い事態が進行している。"主人公"はもちろん前大統領ドナルド・トランプだ。
米司法省は6月8日、大統領在任中に手に入れた機密指定の文書をフロリダ州の私邸「マール・ア・ラーゴ」に権限なく持ち出し保管していた問題に関連して、計37件の罪状でトランプを起訴した。その中にはイランへの攻撃計画など最高機密に当たるものも含まれている上、トランプは知人にそれを自慢げに披露していたといわれている。
ところが......来年初頭から行なわれる共和党内の予備選を勝ち抜き、11月の大統領選挙での再選を目指すトランプの支持率は、この刑事訴追を受けても好調だ。
6月11日にCBSニュースが発表した共和党支持者に対する世論調査では、「予備選が今日あればトランプに投票する」人がなんと61%! 2位のフロリダ州知事ロン・デサンティス(23%)にダブルスコア以上の大差をつけている。
なぜこんなことが起きるのか? 現代アメリカ政治外交が専門の上智大学教授・前嶋和弘氏が解説する。
「最大の要因は米社会の分断です。ほとんどの民主党支持者がトランプの起訴を支持する一方、共和党支持者の大半は不当な"魔女狩り"だと考えている。そして、予備選は共和党内の戦いですから、起訴がむしろ"燃料"になっている側面もあります。
昨年夏、FBI(米連邦捜査局)の捜査が初めてマール・ア・ラーゴに入る前に、いち早く『不当捜査だ!』と騒ぎ立てたのは長男のドナルド・トランプ・ジュニアでした。
書類があるならまずは返せばいいのに、と普通は思うわけですが(笑)、要するにもともと"燃料"として使う気満々だったのです」
トランプは6月13日の罪状認否で完全無罪を主張すると、同日中に演説を行ない、「政治的迫害だ」「選挙妨害だ」などと支援者をあおった。
最終的な有罪/無罪は陪審員の判断だが、裁判は大統領選と並行して進み、判決が投票日より前になるか後になるかは不透明。その上、今後もジョージア州での選挙違反問題や連邦議会襲撃事件に関連して、別件でまた訴追される可能性もある。
つまり、トランプは常に燃料""を投下しながら予備選、それに勝てばバイデン大統領との一騎打ちになるであろう本選を戦うことになるのだ。
■81歳と78歳が互角にぶつかり合う大統領選
そしてもし大統領に返り咲いた場合、仮に有罪判決が出ていたとしても、トランプはなんと大統領権限で自らを「恩赦」する――つまり無罪放免にするとみられている。......マジ?
「有罪判決を受けても大統領選への出馬は可能で、100年以上前になりますが実例もあります。また、大統領が自らを恩赦したケースはありませんが、法的には可能です。
ちなみに、フォード大統領はウォーターゲート事件(1974年)で辞任した前任のニクソン氏に対し『過去に犯したすべての連邦の罪、そして今後発覚する可能性があるすべての連邦の罪』を恩赦しています。もしトランプが返り咲いたら、自分に対して同じことをするかもしれません」(前嶋氏)
しかも、これに対してデサンティスをはじめ共和党予備選のライバルたちがこぞって攻撃しているかというと、まったくそうではない。
「予備選の投票率は州によって10%台から高くても40%程度。その熱心で過激な共和党支持層にアピールするために、2位のデサンティスはトランプよりさらに『右』の主張をし、"ウォークネス(意識高い系)との戦い"を打ち出しています。
4月に来日した際、彼と会ったある財界人は、デサンティスが気候変動そのものを否定するような発言をしたことに『ドン引きした』と言っていました。
しかし、この路線はまさにトランプが元祖。ですから、やはりなかなか超えられないということだと思います。こうした状況でトランプやその支持者を敵に回すわけにはいかないため、多くの候補が『自分が大統領になったらトランプを恩赦する』と表明するに至っています」(前嶋氏)
つまり、本選はバイデンvsトランプの再戦となる可能性がかなり高い。ちなみに来年11月の投票日の時点で、バイデンは81歳、トランプは78歳。両者が健康不安問題を指摘されつつ、お互いに「トランプではダメだ」「バイデンではダメだ」と攻撃し合う選挙戦になりそうだ。
「現実問題として、本選の51の選挙区(50州+ワシントンD.C.)のほとんどは結果が事実上見えている。ということは、残り5~7のいわゆる"スイングステート"(支持率が拮抗[きっこう]する選挙区)次第で勝負が決まります。
より具体的に言えば、その各州の無党派層のうち『やや共和党寄りな人』や『やや民主党寄りな人』をどれだけ投票に行かせられるか、という非常に細かい勝負になっている。そのため、どちらが勝つかと聞かれたら、私は基本的に『五分五分です』と答えます」(前嶋氏)
実際、6月25日に発表されたNBCテレビの世論調査では、もし今日大統領選があればバイデンに投票すると答えた人が49%、トランプが45%。僅差でバイデンがリードしているものの、本当に勝負はどう転ぶかわからない。
■まともなスタッフはほとんど去った
もしトランプが大統領に返り咲いた場合、「セルフ恩赦」以外にもさまざまな激震が予想される。2017年からの1期目でも、前任のオバマ政権をことごとく否定し、"逆張り"のような政策が目立ったが、今回はどうなる?
日米同盟や米政治の動向に詳しい明海大学教授・日本国際問題研究所主任研究員の小谷哲男氏は、外交・安全保障分野での変化をこう予測する。
「おそらく最初にやるのは気候変動対策の転換、パリ協定からの再離脱です。そして、やはり注目されるのがウクライナ支援の問題でしょう。
一番考えられるのは武器支援をやめて、ゼレンスキー大統領とプーチン大統領の仲介者のような役割を目指すこと。つまり『俺がこの戦争を止めたんだ』という方向に行く可能性が高いとみられます。
ウクライナは支援が止まれば戦い続けることができず、ロシアからすれば有利な条件をのませるチャンスが生まれますから、ウクライナにとってはかなり厳しい話です」
また、日本を含む同盟国や友好国の対応も、前回在任時以上に難しくなる可能性が高いと小谷氏は指摘する。
「前回との違いは、2期目ですから"アメリカファースト"をレガシーとして残すべく、より過激なことをする可能性が高いこと。そして、トランプがとんでもないことをしないようにという使命感から1期目を支えた専門性の高いスタッフが、もはやトランプの周りにほとんど残っていないことです。
前任時の最終盤、連邦議会議事堂襲撃事件で、そうしたスタッフの多くは政権を去りました。その後もトランプの暴走を抑えようと政権に残った人たちでさえ、今は多くがデサンティス陣営についています。
その上、過去にトランプを一度でも批判したらNGという"ルール"もあるようですから、もう既存の専門家人材プールにはまともなスタッフがあまり残っていないことが予想されます」
そうなると、仮にホワイトハウスへ舞い戻っても、トランプ政権はどこか外から人(それもトランプ政権に協力しようというタイプの人)を連れてくるしかない。日本を含む諸外国としては、まったく関係性のないところから同盟関係や外交関係をマネジメントしていくことになる。
「そんな状況下で、アメリカが前回のようにNATO(北大西洋条約機構)からの離脱へと動いたり、米韓同盟を破棄しようとしたり、日本に『もっと金を出せ』と要求したりすることになれば、国際社会は混迷します。日米関係においても同盟の信頼関係が弱まれば、対中国・北朝鮮の抑止力の低下につながりかねません」(小谷氏)
アメリカの中も外も大混乱待ったなし。まさかの大統領返り咲き→「セルフ恩赦」の野望は実現するのか?