ウクライナ戦争勃発から世界の構図は激変し、真新しい『シン世界地図』が日々、作り変えられている。この連載ではその世界地図を、作家で元外務省主任分析官、同志社大学客員教授の佐藤優氏が、オシント(OSINT Open Source INTelligence:オープンソースインテリジェンス、公開されている情報)を駆使して探索する!
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――6月18日の読売新聞の報道によると、退役する航空自衛隊のF15戦闘機100機に搭載されていた計200台のエンジンを、日本がインドネシアに輸出することを検討していて、そのために与党内で調整が始まるとのことでした。これはマズいのではないでしょうか?
佐藤 ウクライナへの武器輸出は危険ですが、東南アジアとの関係を考えた場合、だいぶ違ってきます。
米国には人権の問題があるので、ミャンマーには絶対に兵器は送りません。ミャンマーは極端な例としても、東南アジア諸国も米国型民主主義という価値観を共有しているわけではありません。ただ、そうするとその地域には中国製兵器が入ってきます。兵器は売ったきりではなくメンテナンスが必要なので、放っておくと東南アジアが全て中国仕様の兵器体系で支配される可能性もあります。
だから、ウクライナへの武器輸出はダメですが、東南アジアに対しては中国を抑止するためにも、武器を売る可能性について検討する必要があるかもしれません。
――なるほど。
佐藤 ただし、その地域で武力紛争が起きていないことが条件です。武力紛争の当事国に武器を流すと、必ずどこかの国から恨まれます。だから、戦争抑止の段階にある時はいいのです。
日本製の兵器は作るのにお金がかかるので、少しでも販路を増やすためにもこれはあり得るシナリオだと思います。
――日本企業のIHIが整備している戦闘機エンジンは、長年素晴らしい性能を保っているんです。
佐藤 日本の防衛産業は、日本以外に売らないで生き残れますか?
――無理です。
佐藤 ということは"補助金漬け"になるのですね。ただそれをやっても、ほとんどのウェイトを占めるのは米国からのライセンス生産なので、補助金だけでは日本の防衛産業は残りません。だから、自力で作れる製品を海外に売る。ここにしか活路はありません。
――それが日本の生き残る道かもしれませんね。
佐藤 ただ、インドネシアはフィリピンと武力紛争が起きる可能性が全くないとは言えません。
――な、なんと!!
佐藤 もともと島同士の係争がありますから。カンボジアとベトナム、バングラディッシュとミャンマー、ここにも紛争の芽があります。
――そんな危険性がある場合はどうすれば?
佐藤 「戦争は始まってからは自分たちの力でやって下さい。我々が武器を打ったのは"抑止"の目的ですから、戦争になった時までの責任は持っていません」とあらかじめ釘を刺しておくべきです。戦争が始まってから両国に戦闘機のエンジンを売ったり、一方にだけ銃器を売ったりするのはよくありません。
――外国から感謝されるのはよいけれど、恨まれるような事はやってはいけない、というのが基本的なルールですよね。
佐藤 その通りです。戦争が始まってからどちらかを推すと、ほうぼうから恨まれますから。恨まれる事はしないんです。
■中国の思惑とは?
――中国は最近、中央アジアにご執心のようですね。
佐藤 国際政治学では「空白」を嫌うので、中国がそこに触手を伸ばしているのは確かですね。中国はサウジとイランを仲介して成功したので、今度はウクライナでもその可能性を拡げたいと考えています。
去る5月にG7広島サミットが開催された際、池田大作SGI創価学会インターナショナル名誉会長が「戦闘の全面停止」を提言しました。これは中露首脳会談での和平案と共通しています。
この和平案を池田大作氏が評価しており、そのことは公明党を拘束します。その意味で、中国型和平案も日本に間接的に影響を与えているいうことはできるかもしれません。
――ウクライナ戦争に関してG7の中で唯一、仲介国の資格がある日本が、中国と足並みを揃え、和平の橋渡しのために動くというのは...?
佐藤 実際に今後、その可能性はあり得ますね。いま展開しようとしている「ウクライナの反転攻勢」がうまくいかなかった場合、客観的にG7の中では、日本しか仲介国の資格はないでしょう。
――中国はG7を説得できないが、日本を介せばそれができる。となると、中国は日本に借りを作ることになりませんか?
佐藤 そういうことになります。ブラジル、南アフリカ、インドネシア、インドなどを巻き込み、中国が主導してつくろうとしている新しい枠組みに、日本はG7から参加できる可能性を持つ事になります。
――そうなれば、日本が生き残る可能性が出てきますね!
佐藤 ただ、ウクライナの和平案としては、ブラジルの主張が一番よいと思います。それは、「ロシアがやっている事は侵略で、国連憲章違反である。ただし、西側連合がウクライナに兵器を送っているから戦争が長引いている。とにもかくにも停戦を目指し、国連を入れた外交交渉での解決に転換しよう」というものです。 結局、落としどころはこのブラジルの主張に近づくと思います。
――ブラジルは凄い!! しかしその前に、日本のアジア諸国への武器輸出に関して、現実的に創価学会が賛成する可能性はありますか?
佐藤 そこはまったく分かりません。殺傷能力を持つ武器輸出に関して、創価学会を支持母体とする公明党は慎重だと思います。
次回へ続く。次回の配信は7月18日(火)予定です。
●佐藤 優(さとう・まさる)
作家、元外務省主任分析官
1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。
『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞。