小紅書で「日本旅行塔子」を探す人々。スケジュールや旅行目的の合致する塔子のほうが、さまざまな調整が必要となる友人よりも気楽と考える人は少なくない 小紅書で「日本旅行塔子」を探す人々。スケジュールや旅行目的の合致する塔子のほうが、さまざまな調整が必要となる友人よりも気楽と考える人は少なくない
中国で今、もっともホットなキーワードのひとつとして挙げられるのが「搭子(ダーズ)」だ。

もともとは「一緒に麻雀やカードゲームをする人」という意味だが、それが発展し、今では特定の目的に特化した仲間のことを指す言葉となっている。

たとえば「飯搭子」だったらご飯を一緒に食べにいく「メシ友」であり、「旅遊搭子」だったら旅行に行く「旅友」だ。目的は趣味から勉強まで、多岐にわたる。

中国のシンクタンク「DT財経」と「DT研究院」が共同で作成した「2023搭子ソーシャルミニレポート(社交小報告)」によると、「過去半年に少なくとも1人の搭子がいる」と答えた若者は、1431人中52.8%に達した。うち58.9%が女性だ。31%は「いない」と答えたが、そのうちの52.2%が「ほしい」と答えている。

搭子の目的として最も多いのはメシ友や飲み友で、2位が旅行やアウトドア。その後にジョギングやヨガなどのスポーツ、ゲーム仲間やスターの追っかけなどが続く。

■目的限定の割り切った関係

ただし、こうして共通の趣味や目的のために会っても普段は連絡を取らないし、お互いに干渉をしない。つまり、他人以上、友だち未満の関係なのだ。あるユーザーは「搭子の関係になっても、誘って一度でも断られたら二度と連絡しない」と言い切る。ある意味、ドライな関係なのだ。

搭子の探し方としては、学校の同級生や職場の同僚といった身近なコミュニティが多い。疎遠だった中学の同級生と再会し、お互いに映画が趣味であることがわかり、一緒に観に行くようになったケースもある。

北京市郊外に広がる新興住宅地。こうした無機質な環境も、若者のドライな人間関係に影響しているのかもしれない 北京市郊外に広がる新興住宅地。こうした無機質な環境も、若者のドライな人間関係に影響しているのかもしれない
一方で、SNSでまったく面識のない相手を探す人も少なくない。そのツールとしてよく利用されているのが、中国版インスタグラムとも言われる「小紅書」だ。小紅書は、10代から30代までの若い女性ユーザーが多いのが特徴だ。「30歳以上のおしゃべり仲間求む」「シネ友がほしい。1人で映画を観るのは寂しすぎる」などと、多くの女性が搭子を求める投稿をしている。

小紅書には在日中国人のユーザーも多く、「巣鴨/大塚で遊友・メシ友求む」といった書き込みも見られる。素顔を晒(さら)している女性も少なくなく、一見すると男女の出会いを求めているようにも見えるが、投稿に対して男がコメントを書き込むと「女性だけ」と断られるケースも見受けられる。女性は、搭子に恋愛を求めていないようだ。

また、ひとりで日本を旅行しようと計画している人が同行者を探そうとしている投稿も多く見られる。日本での滞在スケジュールを投稿するユーザーもおり、コメント欄では、同時期に旅行に行く人が名乗りをあげている。成田空港などで人待ち顔の中国人旅行客がいたら、もしかしたら搭子を待っているのかもしれない。

■人付き合いに負担を感じる中国の若者

なぜ中国の若者は「搭子」を求めるのか。華中科技大学社会学部講師の胡鵬輝氏は中国メディアで、社会変化が個人に与えた影響を次のように指摘している。

「近代化や都市化は人々の大きな流動性をもたらした。多くの人が故郷に留まるのではなく、勉強のために外に出て、その地に留まるようになった。伝統的な『ここで生まれ、ここで育つ』という状況が以前より少なくなり、両親や親戚、友人と対面でコミュニケーションをとることが困難になっている」(胡氏)

そうした変化により、多くの人が孤独を感じ、他者との交流を求めている。それを探すのにインターネットは、格好のツールというわけだ。さらに胡氏が言う。

「これは負担のない、ある種の軽い社会的交流であり、一定の感情的見返りを得れば目的を達成できる。つまり、搭子は利己的なツールとしての性質を持っているが、双方の目的が一致さえすれば、お互いを温め合うことができるのだ」(胡氏)

ネットの世界で育ったデジタルネイティブの世代は、込み入った付き合いを好まない。それは日本の若者も同じだろう。

深い人間関係に負担を感じる彼女ら、彼らにとって、自分の興味のあることだけでつながれる搭子は、気楽で心地よい人間関係なのだ。コミュニケーションに無駄がないため、コスパやタイパの面でもこの上ない。この現象は、日本をはじめ世界に広がっていくかもしれない。

●大橋史彦 
1977年生まれ。法政大学卒業後、編集プロダクションに勤務。2006年に中国に渡り、上海などで日本人向けフリーペーパーの編集に携わる。16年に帰国後は、ウェブメディアやビジネス誌での執筆、週刊誌での編集・執筆を行なっている