ウクライナ戦争勃発から世界の構図は激変し、真新しい『シン世界地図』が日々、作り変えられている。この連載ではその世界地図を、作家で元外務省主任分析官、同志社大学客員教授の佐藤優氏が、オシント(OSINT Open Source INTelligence:オープンソースインテリジェンス、公開されている情報)を駆使して探索していく!
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――今年6月にイランのライシ大統領がキューバを訪問しディアスカネル大統領と会談しました。この動きはどう見ればよいですか?
佐藤 米国が弱くなっているということですね。米国が嫌いな者同士が大手を振るって、仲良くパーティーができる状態になっているんです。
――この訪問は、中国の仲介でサウジアラビアと仲直りさせてもらったお礼というか、中国の意向を汲んでの訪問なのですか?
佐藤 中国は関係ありません。イランが行きたいから行ったんです。ベネズエラ、ニカラグア、キューバの三カ国を訪問して、「俺たちは何か建設的な事はできないけど、米国に嫌がらせはできそうだな」「嫌がらせだったら、十分の一のエネルギーでなんとかできそうだし」と、こんな話をしているんでしょう。
――米国にとったら、自分の裏庭でそんな話をされているのは......。
佐藤 不愉快ですよ。眼前に目障(めざわ)りなコバエが飛んでいる感じだと思います。だけど米国にとっては今、もっと大きなロシアというスズメバチが周りを飛んでいて、コバエに構っていられないのが現状です。
――イランの大統領は大局を見極める力量がある訳ですね。
佐藤 もちろんです。ライシさんは頭がいいです。米国にとってマイナスであり、自国にとってプラスになる仲間を探していて、見つかったのがキューバ、ニカラグア、ベネズエラの三国だったわけです。
――これは、どんな"輩(やから)連合"と命名しますか?
佐藤 「悪の枢軸」ですね。それも二代目の。
――2002年にブッシュ米大統領が一般教書演説で、イラン、イラク、北朝鮮を「悪の枢軸」と呼んだのが一代目!
佐藤 しかし、今度は連携の取れた「悪の枢軸」です。米国の弱体化を可視化するのも目的のひとつですね。
――この二代目「悪の枢軸」の武器とは何ですか?
佐藤 意地悪外交ですね。建設的な事は何も考えてなくて、ただ意地悪するだけです。
――新兵器ですね。
佐藤 四カ国の首脳が米国の方を向いて、尻を出してパンパンと叩いているさまが目に浮かびます。
――その武器である意地悪外交は、すでに発揮されていませんか? イランは欧米からの制裁でSWIFT(国際銀行間金融通信協会)に入れず、世界貿易の決済システムから弾かれています。そのため、中国やロシアが加盟する上海機構で、新たな決済方法作らないか?と提案しています。
佐藤 これはできる可能性がありますね。
――ウクライナ戦争が始まった当初、SWIFTの懲罰でロシアを追い込むと言っていましたが、何も効果が出ていません。
佐藤 そんな力はSWIFTになかったわけです。金融制裁でロシア経済が崩壊するにはおそらく至りませんでした。東側はその昔、COMECON(コメコン)という独自の決済システム持っていたわけですから。
――懐かしい。「経済相互援助会議」ですね。
佐藤 COMECONは1991年のソ連崩壊まで続いたので、なくなってからまだ30数年です。だから、ノウハウはあるわけです。当時のソ連は、アフリカ諸国とルーブルと現地通貨を媒介にして貿易していましたから。
そのノウハウを持っているため、イランのノウハウと結合すれば、ドルベースではないSWIFTができます。そうした状況を西側は恐れています。同時に、ペトロダラーがどうなるかですよね
――ペトロダラーとは?
佐藤 石油の取引のために世界中で大量に流通しているドルのことです。これが決済機能から外れるとドルがだぶつき、ハイパーインフレを引き起こす可能性があるわけです。
――それはやばい。
佐藤 しかも、このペトロダラーは米国で流通しているドルではありません。
――すると、基軸通貨が変わる可能性があるのですか?
佐藤 その可能性はないです。ただしドルが非常に弱まると金にシフトします。金本位制まで行かないけど、一回、金に換えようという意欲が各国で強くなってくるわけです。
――"ペトロゴールド"になると。
佐藤 別の可能性もあります。『チョンキンマンションのボスは知っている アングラ経済の人類学』(春秋社)に書いてありましたが、適当な物々交換で人間関係が形成される。そういう状況が各地で出て来る可能性はあります。
――同書について、春秋社のサイトにはこうあります。「香港のタンザニア人ビジネスマンの生活は、日本の常識から見れば『まさか!』の連続。交易人、難民をも巻きこんだ独自の互助組合、信用システム、SNSによるシェア経済...。既存の制度に期待しない人々が見出した、合理的で可能性に満ちた有り様とは。閉塞した日本の状況を打破するヒントに満ちた一冊」。この一冊がイランで役立つと。
佐藤 そういうことです。米国も余裕がなくいまは何もできないから、結構そうなるかもしれませんね。
――眼前のロシア、さらに中国......。
佐藤 それにもれなく、北朝鮮が付いてきます。最近、北の将軍の妹さん、金与正(ヨジョン)氏がすごく元気に、三日おきくらいのペースで米国の悪口を言っていますから。
――はい。連携の取れている"シン悪の枢軸"のケツ持ちですね。みなさん、核兵器をお持ちですし。ロシアのプーチン大統領は上海機構会議で、イランの加盟を歓迎していました。
佐藤 そこでのプーチンの演説で、方向性がはっきりしてくるんですよ。
――どのような方向性ですか?
佐藤 これからプーチンは諸外国との関係を組み直します。これまでの西側重視をやめて、近隣諸国のCIS(独立国家共同体)、そして上海協力機構、三番目にBRICs、という順番にすると。
その意味において、上海協力機構を組み直す際にイランを入れて、お互いを刺激する構造を作るんです。イランはロシアの原発やミサイルを購入する一方で、とても役に立つ無人機をロシアに大量に販売するという流れができます。
――素晴らしい物々交換です。
佐藤 そのため、米国はもう台湾海峡どころじゃない、と中国は足元を見ています。だから中国はずっとロシア寄りにシフトして構わないと腹をくくったわけなんです。
――二代目悪の枢軸のケツ持ち、「中ロ枢軸」の完成ですね。
佐藤 そういうことです。
次回へ続く。次回の配信は8月25日(金)予定です。
●佐藤優(さとう・まさる)
作家、元外務省主任分析官。1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞