天津市にある高さ597mの未完成ビル「高銀金融117」(撮影/高口康太) 天津市にある高さ597mの未完成ビル「高銀金融117」(撮影/高口康太)
不動産バブルの崩壊が明らかになり、にわかに「中国経済崩壊論」が盛り上がってきた。しかしなぜバブルは起きたのか。その背景にはこの国ならではのしんどい事情があった! 中国で今何が起きているのか? 日本への影響はあるのか? ジャーナリストの高口康太氏がわかりやすく解説します!

■「約49兆円」の巨額負債

「オレのマンション、半額になっちゃった。どうしよ」

ため息交じりでそう話すのは中国人のSさん(30代)。雲南省の農村出身ながらも難関大学に合格、卒業後は外資系企業を含めいくつもの会社を渡り歩いた末に、今は深圳(しんせん)の貿易会社で働いているという。

詳しくは教えてもらえなかったが月収は3万元(約60万円)近いようで、ド田舎出身を感じさせないオシャレなシティライフをエンジョイしていた。富裕層とはいえないが、勝ち組の部類に入ることは間違いない。

ただ、そんな彼の月収をもってしても歯が立たないのが深のマンション価格だ。1億円程度では古くて狭いマンションしか買えない。そこでSさんが手を出したのが広東省恵州(けいしゅう)市のリゾートマンションだった。

の北東に隣接する田舎町だが、労働者の給与が高くなった深から工場が移転してきているほか、Sさん同様に割安マンションを求める購入者が集まり、不動産価格が上がり続けてきた。

筆者も「第二の深になる」という宣伝ポスターを見たことがある。まだ安かった時代の深でマンションを買えなかった人は、恵州に投資しましょうというお誘いだ。

ところが、この2年ほどの不動産不況で価格はずるずると下落し、今では周囲にある同条件の物件の価格がほぼ半値になっているのだとか。

それほどに中国不動産業界はしんどいことになっている。問題が表面化したのは2021年9月、大手不動産開発企業「恒大集団」の債務危機だった。同社が販売した資産運用商品の支払いが滞り、投資家たちが抗議デモを行なったことで、世界的な注目を集めるようになった。

あれから2年がたつが、同社の危機は解消されていない。決算によると、この2年で8120億元(約16兆円)もの赤字を出し、2兆4400億元(約49兆円)という膨大な負債を抱え、のたうち回っている状況だ。

さらには8月初頭、17年から不動産販売額1位の座を守り続けてきた最大手「碧桂園」も社債の利払いができなかった。今年9月頭までに利息を支払えないと、債務不履行(デフォルト)となる。

同社の負債は1兆4300億元(約28兆円)。恒大集団の債務がデカすぎるので、見劣りするかもしれないが、とんでもない金額であることには違いない。

さらに中国経済誌『財新』の報道によると、年内にも社債がデフォルトしかねない不動産企業は65社もあるのだとか。危機的企業予備軍がずらりと控えているわけだ。

■家を買えば豊かになれる

というわけで今、「ついに中国の不動産バブルが崩壊か」と騒がれているわけだが、そもそも中国はいつから不動産バブルだったのだろうか?

社会主義の中国では、もともと住宅は国が与えてくれるもの。今でも所有権は国のものだが、90年代末に個人が使用権を持ち、売買できるようになった。実はこの時点で住宅価格は年収の8倍程度と、軽いバブルの水準だった。

それから約四半世紀にわたり、ほぼ同水準のバブル状態が続いた。不動産価格が上がり、それに合わせるように収入も増えていたので、ある意味で釣り合いは取れていた。

とはいえ、"ずっとバブル"は新たに家を買う人にとっては大変だ。今年より来年、来年より再来年と、確実に値段は上がっていく。お金をためて余裕ができてから購入しようとか、悠長なことは言っていられない。背伸びしまくってでも買ったほうがいい。

よく「家を持ってない男は結婚できない」のが中国の伝統といわれるが、それは00年代半ばぐらいに広がったのだという。若いときに家を持っていれば、後はバブルパワーで資産価値は右肩上がりするので一生不安がない。頼れる男の証明だ。

両親の全力援助で購入するか、もしくは収入のほとんどをローンの返済にあてる「房奴(ファンヌー)」(住宅奴隷ローン、2010年前後の流行語)になるというむちゃをやってでも一刻も早く家を買えという時代が続いてきた。

「私も昔は社長だったんです」

以前、深で乗ったタクシーの運転手との会話を思い出す。その男性はもともと人民解放軍の兵士で、80年代に深に駐屯。除隊後は内装会社を始めた。新しいビルとマンションが次々と造られる高度成長の波に乗って会社は大きくなったが、競争が激しくなると技術のない会社は生き残れない。

「結局会社は潰れました。今はしがないタクシー運転手です。中国の発展のために身を粉にして働いてきたのに、私の人生はなんだったんでしょうね......」と身の上話を延々と聞かされていたが、ふと窓の外を指さして、「向こうにデカいマンションが見えるでしょ? あそこに部屋を持ってるんです。私のと、息子夫婦のとふたつ。価格? ひとつ1000万元(約2億円)ぐらいですね。ガハハ」と予想外のオチをつけてきたのだった。

会社が潰れても家さえ買っておけば困らない。毎月の収入は少なくても早くに家を買えば必ず豊かになる。人々は本気でそう信じていた。

中国の大企業もこうした事情は理解していて、相場よりも安い価格で購入できる社員用マンションや、低利子で借りられる社員用住宅ローンを人材確保の切り札にしていた。

"ずっとバブル"の恩恵を受けてきたのは地方政府も同じだ。俗に「土地財政」といわれるが、土地払い下げの代金や土地を担保とした債券発行で資金を集めて、豊かな地方政府を運営してきた。

長らく中国は不動産バブルが続くことを前提で回ってきた。今、そのモデルが破綻するか否かの分岐点に立っているのだ。

■高さ597mの超高層ゴーストビル

長年続いたバブルがなぜ今、このタイミングで破綻しかけているのか。これを理解してもらうには、「風が吹けば桶屋(おけや)が儲かる」的な、少し面倒な話をしないといけない。

2020年初頭、新型コロナウイルスの流行を受け、中国は全土で外出規制を実施、経済に大ダメージを負った。その痛みを和らげようと金融緩和などの景気対策を打ち出したところ、生み出された余剰マネーが不動産に流れ込み、価格が急騰し始めた。

"ずっとバブル"は、土地の値上がり幅をちょうどいいあんばいにコントロールすることがキモだ。なので、今度は不動産価格の規制を始めたが、これが効きすぎた。

特に不動産企業を震え上がらせたのは20年8月に実施された「3つのレッドライン」と呼ばれる規制だ。ざっくり言うと、不動産企業は負債を減らせ、政府の言うことを聞かないと負債を増やすことを禁止するという内容だった。

全力で金を借りて、土地を買いまくって、会社をでっかくする。このイケイケな戦略が中国不動産ビジネスの勝利の方程式だったのに、いきなり真逆の経営をしなさいと言われたのだからもう大変だ。

不動産企業は必死に債務返済に励むが、借金がデカすぎていくらがんばっても追いつかない。資金繰りの悪化から今度は下請け業者への未払いが続き、「金を払わんなら仕事はしない」とのボイコットの結果、予約で完売済みなのに建設がストップしてしまった未完成マンションが続出してしまった。

中国には「ビルの最頂部まで完成すると予約販売を開始していい」という法律がある。何も造ってない段階で売り始めると金だけ持ち逃げされるリスクがデカすぎるということから決まった法律だが、その結果、骨組みだけ作って売り出した挙句に建設がストップした廃墟(はいきょ)が林立している。

その中でも最強クラスなのが天津市にある「高銀金融117」。高さ597mの「世界一高い未完成建築」だ。15年には最頂部まで完成したのに、そこで工事はストップ。周辺の高層マンション街と合わせて無人の廃墟となっている。中国にはこうした廃墟マンションがごろごろあったが、「3つのレッドライン」後にその量産ペースが一気に加速した。

これに危機感を覚えた中国政府は21年、「マンション引き渡しを保証せよ」と地方政府に厳命した。失敗すれば地方官僚の責任を問う厳しい通達で、官僚たちはマンション建設を完了させるよう、不動産企業に圧力をかけた。お金は借りられない、それでも工事は進めないといけない。

政府の指示を守っていくと、あら不思議、今度は借金を返す金がなくなってしまった......というのが最新状況だ。

こうなると、一般市民は不動産価格が下がるかも、政府が対策を打ち出すかも、と買い控え、銀行や投資家も不動産企業に金を出すのは危ないと慎重になる。負の循環が始まってしまったわけだ。バブル崩壊は、もう止められないのではないか......中国内外では、そんな悲観的なムードが漂っている。

■散々な中国経済。日本への影響は?

「確かに今は買い時じゃないが、慌てて手持ちの不動産を売ろうとは思ってない」

元地方政府の官僚だったLさんは話す。大都市の一等地にいくつもマンションを持つ、いわゆる富裕層である。出世したとはいえ、公務員の給料はさほど高くない。どこから得たお金なんだろうと気になるが、それはツッコんではいけない決まりである。

「不動産市況が悪いといっても、地域ごとに状況は異なる。都市中心部ではそこまで下がっていない。問題になっているのは地方や郊外だ」

恒大集団、碧桂園という二大危機企業には共通点がある。中国は都市を規模に応じて、ティア1、ティア2、ティア3......と分類している。一番大きなティア1は北京、上海、広州、深の4都市。

発展地域の中心都市であるティア2は約30都市。その下のティア3、ティア4は合わせて約160ぐらいある。恒大集団、碧桂園はティア3以下の地方で勢力を伸ばしてきたのだ。

「私は大都市の不動産しか買っていない。今、困っているのは地方の不動産に手を出した人だろう」とLさん。日本のバブル崩壊になぞらえると、東京都心の地価が暴落したというのではなく、地方の温泉付きリゾートマンションの相場崩壊といったところか。

もちろん、このまま危機が続けば大都市にも火種は移りかねないとはいえ、中国政府も不動産対策の余地を残している。実際、7月25日には住宅ローン規制の緩和を発表し、碧桂園など不動産企業の株価が上昇した。対策を小出しにするのは、やりすぎてまた不動産企業が前のめりにならないように警戒しているから、という側面もあるようだ。 

中国の不動産市況が異常事態を迎えていることは間違いないが、それが中国経済全体のオワコン化につながるかはまだわからない。さらに強烈な不動産対策が出れば、今が買い時だと買い手が戻ってくる可能性は十分にある。

ただ、復活の可能性があるのは、実需が強い大都市の不動産だけだろう。もとから「誰が買うの?」状態だった田舎が復活する未来は想像できない。

中国のGDPのうち不動産関連が3割を占めるともいわれている。建設業者から部材業者、家具、家電など裾野が広いためだが、それだけに地方の不動産が売れなくなれば、経済が一気に悪くなることは間違いないだろう。

もともと中国の景気は厳しい。昨年は厳しすぎるゼロコロナ対策でつまずいた。今年はV字回復と意気込んでいたが、ふたを開けてみるとコロナの傷が大きすぎて消費に勢いが出ないわ、世界経済が停滞している影響で輸出も厳しいわと散々な状態だ。

終身雇用のない中国では景気が悪化すると、まず若者から仕事がなくなる。そして、若者の失業率(16~24歳)は6月に21.3%で、過去最悪となった。よほど都合が悪かったのか、中国政府は7月以降、若者の失業率は発表しないことを決めた。派手なバブル崩壊はなくとも、経済成長が一気に鈍ることは十分に考えられる。

そうなると、中国を貿易相手国としている日本にも影響は避けられない。日本が工作機械や素材を売って中国が完成品を作るという補完関係はいまだに残っている上に、金持ちになった中国人は日本企業のお得意さまでもある。今後はその恩恵が受けられなくなってしまうのだろうか。

●高口康太(たかぐち・こうた)
1976年生まれ。ジャーナリスト、翻訳家。中国の政治、社会、文化を幅広く取材。独自の切り口から中国や新興国を論じるニュースサイト『KINBRICKS NOW』を運営。『幸福な監視国家・中国』(梶谷懐との共著、NHK出版新書)、『なぜ、習近平は激怒したのか』(祥伝社新書)、『現代中国経営者列伝』(星海社新書)など