かつてはプーチンのコックであり、そして親友、盟友となったプリゴジンも今や冥界へ かつてはプーチンのコックであり、そして親友、盟友となったプリゴジンも今や冥界へ
ウクライナ戦争勃発から世界の構図は激変し、真新しい『シン世界地図』が日々、作り変えられている。この連載ではその世界地図を、作家で元外務省主任分析官、同志社大学客員教授の佐藤優氏が、オシント(OSINT Open Source INTelligence:オープンソースインテリジェンス、公開されている情報)を駆使して探索していく!

*  *  *

8月23日、民間軍事会社「ワグネル」が所有し、その代表・プリゴジンが乗ったビジネスジェット「エンブラエル135・レガシー600」が、モスクワからサンクトペテルブルクに向かう途中、フライトレーダーから忽然(こつぜん)と姿を消した、その後のレガシー600は墜落し爆発。乗員乗客計10名が死んだ。プリゴジンだけでなく、ワグネルの創始者、金庫番などの最高幹部が全員死んだのだ。この一件は一体、何だったのだろうか。佐藤優氏に聞いた。

――今回の墜落はプーチンの仕業ですか?

佐藤 わかりません。

――この連載で佐藤さんは以前、「プリゴジンは殺す価値のない男」と断言されました。

佐藤 そうです。なので、あのビジネスジェットに爆弾を仕掛けたり手の込んだことをして、残り9人を巻き添えにして殺す必要があるのか? 私はその点を疑問に思っています。

ただし、これは情報戦の中で『ロシアが殺した』としたほうが、ウクライナや西側連合に有利なので、そんな情報が出るように仕掛けられたのは当たり前の話だと思います。

ロシアでもその情報は伝わっていますが、当初から積極的には否定していません。ペスコフ露大統領府報道官は「嘘だ」と発言していますが、大きなキャンペーンはしていません。というのも、「プーチンに逆らう者の末路を見ろ」という雰囲気を出した方が得策だ、という計算があるかもしれないのです。

ロシアの新聞「MK紙」 (旧モスクワの共産青年同盟員紙)では、露連邦名誉軍用パイロットのウラジミール・ポポフ退役少将が取材に答えています。その記事はプロのパイロットによる説得力のある内容となっており、やはり事故の可能性が高いのではないかと思います。

――ポポフ少将はどう言われているのですか?

佐藤 トゥベリ州で今回の墜落を目撃した人が、二回の破裂音をしたと証言しています。それに対して、ポポフ少将はこう言っています。

『あの音はエンジンストール(エンスト)に関連していた可能性がある。サージング(圧縮機失速)とはエンジンの作動状態のことで、簡単に言えば、飛行機が窒息するような状態である』

――エンジン停止の破裂音......。

佐藤 さらに、こうも言っています。

『正直なところ、Flightradar24のデータが急激な上昇を示していたことに私は不安を覚えた。急激な上昇というのは、速度が落ちた後にパイロットが急激に回転数を「上げ」、それがポンピングを誘発したことを示しているのかもしれない。それはブレードを引き裂くほどの力である。軍用機ではパイロットは脱出できるが、民間機ではできない』

――その急上昇のグラフはTV報道で見ました。

佐藤 それだけではありません。ポポフ少将は以下の可能性を示しています。

『コックピットのドアが開いていることで、パイロットが乗客に気を取られることもある。同時に、航空機が自動操縦で飛行している場合でも、パイロットが加わることは依然として必要である。プリゴジンのジェット機の場合、パイロットは単にシステムの変化に気づかず、スピードの低下に注意を払うのが遅れ、慌てて行動を起こしたことが、最終的に乗員と乗客の命取りになったのかもしれない』

だから、これは技術的に十分にあり得る話だと思います。

――機体の異常とパイロットの操作ミスが重なった......。

佐藤 そういう可能性はあるわけです。

『異常事態はすぐに始まるわけではなく、何かがそれを誘発し、パイロットはすぐにそれに気づかないことがある。飛行、エンジン操作、いくつかのシステム、複合的な変化が発見されるのが遅れれば遅れるほど、後の事態が悪化する。故障を克服するのも難しくなる。そして最も重要なことは、それが緊急事態であり、その後、原則として悲劇へと発展することだ』

とさらに述べています。

――この飛行機の機体は空中分解を起こしています。

佐藤 それに関しては、ポポフ少将はこう意見を述べています。

『私の意見では、金属疲労があったかもしれない。いずれにせよこの飛行機は16年も使われている。定期便の飛行機ではない。余計なことは言いたくはないが、定期便と違って、この飛行機はそれほど入念にメンテナンスされていなかったのかもしれない。入念な整備には多額の費用がかかるからだ』

――金属疲労から機体の空中分解が発生した、ということですかね。

佐藤 故障で機体の空中分解を引き起こす事はあり得るみたいですね。

――すると、これは事故なのか、それともやはりプーチンの暗殺なのか......。

佐藤 わかりません。これは最初から情報戦ですから。ミサイルを撃ったという嘘から始まっています。プリゴジンの死が事故であったか殺害だったのかということについては関係ないのです。

西側が騒いでいるだけで、プリゴジンは既に中立化されて、もうプレーヤーではないのですから。それで、ロシア側にとって、プリゴジンを殺すメリットがどこにあるか? この点が鍵ですよね。

――西側が騒げば騒ぐだけ、露国内に伝わり、プーチンを裏切った奴の末路が知らされる。それは、プーチンにとっては有利となる。

佐藤 そうです。だから、西側には宣伝をやりたいようにやらせるってことも考えられますよね。

――はい。プーチン露大統領が言ったプリゴジンが「シリアスなミステイクをした」というのは、武装叛乱のことですか?

佐藤 そうです。なのでそれ以降、プーチンの目標はプリゴジンを中立化することであり、それは維持されているわけですから、殺す必要はありません。

もしプリゴジンが約束を破って、何か政治的な活動をし、再び権力を握ろうとしていたのなら、プーチンがわざわざTVに出て追悼なんか述べますか? それを考えれば、中立化して二度と刃向かわない状態は維持されていたはずです。

プリゴジンは噛みつくされて味がなくなったチューイングガムみたいな存在。西側の宣伝のプロが、それをゴミ箱から拾ってきて騒いでいるんです。

私はこのニュースにほとんど価値を認めていません。意味がない類(たぐい)の話だと思っています。しかし重要なのは、意味のない話に意味を持たせることが情報戦の特徴なんです。

――すると、今、西側マスコミがプリゴジン墜落死に関して報道しているのは、意味のないことに意味を持たせているわけですね。

佐藤 そうです。意味を持たせざるを得ないような状況に西側連合は押し込まれているわけです。その理由が何かと言うと、ウクライナの反転攻勢が上手くいってない、ということなのです。

次回へ続く。次回の配信は9月15日(金)予定です。


●佐藤優(さとう・まさる) 
作家、元外務省主任分析官。1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞