原発処理水の海洋放出から始まった、中国による日本の水産物の輸入禁止。この大国の理不尽さには辟易してしまうが、日本以上に苛烈な"禁輸いやがらせ"を受けているのが台湾だ。
ただ、最大の商売相手である中国の横暴に苦しめられつつもどうやら深刻な経済ダメージはうまく回避しているみたい。その対応方法は日本も参考になるはず!
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■〝いやがらせ〟に込められたメッセージ
中国の強硬姿勢に日本が揺れている。原発処理水の海洋放出後、同国は日本の水産物の全面禁輸を実行。売り先を失った水産業者の悲痛な叫びが連日、ニュース番組で大きく取り上げられている。ちなみに、迷惑電話などのいやがらせも中国人から殺到しているという。
中国の禁輸で日本の水産業者はどれほどの傷を負うのか? そのダメージを回復させるにはどうすればいいのか? これを知るための格好のお手本が台湾だ。
というのも、2016年に独立志向が強いとされる民進党政権が誕生すると、中国から嵐のような〝制裁〟を受け続けてきた。最近の事例を挙げてみよう。
●21年3月、パイナップルの輸入停止。理由:害虫検出。
●21年9月、果物のバンレイシ(釈迦頭)とレンブ(蓮霧)の輸入停止。理由:害虫検出。
●22年8月、冷凍タチウオおよび冷凍アジの輸入停止。理由:包装から新型コロナウイルス検出。
●22年12月、ビールやコーリャン酒、清涼飲料水などの輸入停止。理由:輸出申請の登録情報不備。
●23年8月、マンゴーの輸入停止。理由:害虫検出。
これらはほんの一部だ。輸入停止措置を受けたのは2000品目以上ともいわれている。
禁輸は検疫上の理由だとの説明が多いが、中国でだけこれだけ問題が見つかってしまうのは不思議としか言いようがない。台湾当局は明らかに政治的圧力だと反発している。
また、なんとも露骨なのは中国になびくポーズを見せると部分的に制裁が解除されるケースがあること。今年6月、バンレイシの輸入が一部の果樹園に限り再開されたが、中国政府は「国民党から申し出があったため」とあえて発表している。
国民党は台湾の野党で、〝親中派〟とされている。独立派の与党・民進党とは対話はしないが、中国寄りの国民党とは交渉する。24年に予定されている総統選(台湾における大統領選)で国民党が勝てば、さらなるアメを送るので台湾の皆さん投票よろしく、というメッセージだ。
■台湾政府の冷静な対応
日本以上に中国との経済関係が密接な台湾だけに、相次ぐ〝制裁〟に市民はショックを受けたのでは......と思ったが、意外にもそうではないらしい。
「パイナップルのときは確かにけっこう話題になりましたが、あまりに乱発されたので慣れてきました。ニュースの扱いも小さくなっています」
中国と台湾の経済関係に詳しいアジア経済研究所地域研究センターの川上桃子・上席主任調査研究員の指摘だ。
「台湾政府も『経済全体には大きな傷にはならない』と冷静に説明していることも大きい」と、東洋経済新報社所属の在日台湾人ジャーナリスト、劉彦甫氏は指摘する。
「日本では水産業者に打撃、輸出急ブレーキという報道が目立ちます。台湾では総合的な統計から冷静に判断するよう政府が促しています」
今年8月、中国がマンゴーの輸出停止を発表すると、台湾当局は次のようなリリースを出した。
【23年のマンゴー生産量は約17万t。そのうち輸出は2.2%に過ぎない。輸出先の分散も進み、輸出先は日本が首位、中国大陸は4位にまで後退している】
ほとんどが台湾の内部で消費されているので、輸出が減っても致命傷にはならない。これは日本の水産物も一緒だ。
日本にとって中国は、水産物の輸出額全体の22.5%を占めるお得意先で、約871億円を輸出している......などとよく報道されているが、漁業の産出額は1兆3783億円(令和3年)なので、全体から見ればさほど大きくはない。
前出の川上氏はこう話す。
「大変だ、大変だ、とばかり言っていると、禁輸は効果あり! と相手を喜ばせてしまうことになる。大変だけど大丈夫、と冷静に伝える必要があります」
それでも中国と商売をしてきた農家や水産関係者にとっては一大事では?
「もちろん。ただ、台湾は中国の禁輸措置の後、政府が強力に支援して新たな販路拡大に努めました。2020年、パイナップルは中国以外の輸出額は5600万ドルでしたが、22年には2億8500万ドルにまで増加しています。
特に日本向けは8倍増の2430万ドルになりました。日本に足がかりを得たのは台湾にとって朗報でした。輸出額全体で見るとほぼ半減しているとはいえ、希望が感じられる展開です」
19年、中国政府は中国人の台湾への観光客数を意図的に減らすという〝制裁〟も実行した。しかし、台湾はそのダメージもうまく緩和している。
台湾政府の統計によると、中国本土から台湾への旅行客は16年の418万人をピークに19年には271万人にまで減少したが、その後台湾は中国人以外の観光客の誘致に力を入れた。23年には東南アジア:94万人増、韓国:36万人増、日本:27万人増と多角化し、消えた中国人観光客の穴埋めに成功した。
「故宮博物院などの有名観光地は中国人観光客で大混雑でしたが、これが緩和されたことも台湾旅行の魅力を高めました。中国本土の客が中心の旅行事業者やホテルは打撃を被りましたが、中国人団体ツアービジネスは元から収益性が低く、彼ら向けのホテルや店舗も中国系、香港系とみられるところが多かったため、台湾事業者の痛みが少なかったこともポイントです。
結局、経済的手段だけでは他国をコントロールできません。中国がお金をバラまいて味方となる国を増やしていると報じられていますが、お金を受け取った国もなんでも言うことを聞くわけではないですし、与えられた恩恵を取り上げられても、それで国が傾くまでのダメージを受けることはないのです」(川上氏)
■「中国の論理」を推し量るのはやめよう
ただ、そうはいってもダメージがあることは確か。中国ともっと丁寧にコミュニケーションを取っておけば、適切な外交ができていれば、という不満の声もあるが、「そうした考えは幻想に過ぎない」と、前出の劉氏はバッサリ切り捨てる。
「中国の戦略はデタラメです。相手の弱みを突く、一番効率的な手段を採用するのが本来の戦略ですが、中国は実際の効果よりも、自分たちの理屈で動いています。
昨年8月にペロシ米下院議長(当時)の訪台を受け、中国は台湾を包囲した大規模な軍事演習を行なうという報復措置に出ました。ところが今年4月、台湾の蔡英文総統が米国でマッカーシー下院議長と会談した際の軍事的反発はさほど強いものではありませんでした。昨年は中国共産党党大会直前だったので、強硬姿勢が必要だったからでしょう。
これぐらいならまだわかりやすいんですが、そのほかにも無数の中国ルールがあるわけで、そのすべてを外部から予測することは困難です。中国を理解すれば、怒らせずに付き合えるという幻想は捨てて、トラブルが起こったら粛々と対応するしかないのです」
中国の〝わかりづらさ〟は、習近平政権になってますます増しているという。
前政権の胡錦濤時代(02年11月~12年11月)は「恵台政策」、つまりは台湾にばんばん優遇措置をして、なびかせようという方針を取っていた。台湾の農作物を大量に購入したり、観光客を多数送り込んだりして、中国と仲良くすればこれだけメリットがありますよとアピールした。
ところが、あまりの急接近ぶりに台湾内部では警戒感が高まった。中国との接近で恩恵を受けられる人が台湾内部の中でもごく一部にとどまったこともあり、14年には学生を中心とした抗議者が約3週間にわたり議会を占拠する「ヒマワリ学生運動」が起きるなど、親中路線は大きな壁にぶち当たった。
「イソップ寓話の北風と太陽になぞらえるならば、太陽路線が失敗したわけです。では戦略的に北風路線をやっているかというと、そうは見えない。台湾世論を理解せずに制裁と優遇をそれぞれ繰り出しているので、ただ台湾を痛めつけたいだけなのか、それとも何か〝仕事している感〟を出すためだけなのか、さっぱりわかりません」(劉氏)
12年11月の習近平総書記の誕生後、中国の政治体制は一極集中の傾向が強まった。外交や台湾政策を担う省庁が政策的な効果よりも、トップの歓心を買うために行動するセクショナリズムの傾向が強まり、中国の戦略性を失わせる要因になっているのではないか、と劉氏は分析する。
なるほど、かつての中国は何をしたら怒るかの一線は明確だった。日本に関していうと、首相や閣僚の靖国参拝と領土絡みの問題はNGだが、それ以外ならばほぼOKというのがラインだ。
12年、尖閣諸島国有化をめぐる反日デモの際に取材した、ある対中ビジネス関係者は「中国が何をしたら報復してくるかは明確です。むしろ靖国参拝とか尖閣国有化とか日本の政治家の突飛な行動のほうが読めません。チャイナリスクじゃなくてジャパンリスクです」と話していたが、あれから状況は変わった。中国の行動論理は不明確になっているのだ。
■中国に売るはずだった「ホタテ」はどうする?
14億人の人口を持つ、世界第2の経済大国・中国。その市場は極めて魅力的だ。そのビジネスチャンスを狙うのは重要だが、依存しすぎるのは危険だ。
例えば、中国向けの日本産水産物の輸出額はホタテがトップだが、処理水問題の前から中国依存のリスクは指摘されていた。
中国で日本のホタテが売れるようになったのは、「日本産ホタテのおいしさが中国人をとりこにした」わけではない。中国は世界一のホタテ養殖国だが、2010年頃から大粒の「エゾホタテガイ」という品種の生産量が激減している。
大手養殖企業の獐子島集団は「海水温が高くてホタテが死んだ」「海水温が下がってホタテが死んだ」「理由不明だがホタテが消えた」と矛盾が多い不思議な公告を乱発したことから「またホタテ逃亡事件ですか(笑)」などと、中国メディアやネットユーザーからネタ企業扱いを受けている。
自然を相手にするだけに養殖も一筋縄ではいかないのだろうが、生産量の減少を埋め合わせるように日本のホタテが輸入されるようになったという事情がある。
となると、中国の生産量が回復すれば日本産は不要になるリスクがあると、論文「ホタテガイの中国向け輸出拡大と国内産地への影響等に関する考察」(河原昌一郎、高橋祐一郎、末永芳美著、『農林水産政策研究』31号に掲載)は警告している。
また、より小粒なホタテは中国で加工されてアメリカや台湾、日本などに輸出されている。日本からの輸入品の一部も加工原料となっているという。これまた中国産の生産量が増えれば不要となりかねない上に、ホタテ争奪戦で中国に買い負けた日本の加工業者の仕事がなくなっているという問題にもつながっている。
つまりは処理水問題がなかったとしても、中国依存にはリスクがあったというわけだ。
魅力ある商品ならば中国以外にも買い手は見つかる。台湾が物流改善を支援して日本へのパイナップル輸出を増やしたことを参考に、日本も加工業者や物流の改善を進めて、中国を経由せずとも他国に販売できる体制を築くべきだろう。
実際、日本政府も販路拡大などの支援策を表明しているが、あまり報道されていない。日本政府の宣伝ベタが発揮されてしまっているが、メディアや国民も起きてしまったことを憂うだけではなく、今後の対策に関心を持つべきだ。〝制裁〟慣れの末に台湾が獲得した貴重なノウハウを学ぼう。
●高口康太(たかぐち・こうた)
1976年生まれ。ジャーナリスト、翻訳家。中国の政治、社会、文化を幅広く取材。独自の切り口から中国や新興国を論じるニュースサイト『KINBRICKS NOW』を運営。著書に『幸福な監視国家・中国』(梶谷懐との共著、NHK出版新書)、『なぜ、習近平は激怒したのか』(祥伝社新書)、『現代中国経営者列伝』(星海社新書)など