レズニコフ国防相。ゼレンスキー大統領の有能な右腕として、このふたりのコンビでウクライナの対露戦争の最高指揮を執り続けてきた((C)Ukrinform/共同通信イメージズ) レズニコフ国防相。ゼレンスキー大統領の有能な右腕として、このふたりのコンビでウクライナの対露戦争の最高指揮を執り続けてきた((C)Ukrinform/共同通信イメージズ)
ウクライナ戦争勃発から世界の構図は激変し、真新しい『シン世界地図』が日々、作り変えられている。この連載ではその世界地図を、作家で元外務省主任分析官、同志社大学客員教授の佐藤優氏が、オシント(OSINT Open Source INTelligence:オープンソースインテリジェンス、公開されている情報)を駆使して探索していく!

*  *  *

8月25日にウクライナのゼレンスキー大統領はビデオ演説で、「公職者の汚職や裏切りは容認しない」と発言。その矢先、徴兵逃れの汚職事件で兵士採用担当の地方職員を多額の横領容疑で逮捕。さらにそれに連動したのか9月3日のビデオ演説で、対露戦争でゼレンスキー大統領の右腕と言われたレズニコフ国防相を解任した。戦争中の国防相の解任・交代とは一大事である。

――ところで、なぜそもそも今なんですか?

佐藤 これは戦局が関係しています。ウクライナは武器がもっと欲しいし、カネもないので援助も欲しいという状況です。戦争に勝っていれば西側からもらえるけど、負けていればもらえません。さらに西側諸国は「おまえ、この国内の腐敗した状況は何なんだ?」と文句を付けてくる。そこに手を付けなければ、武器とカネをもらえない。だから汚職狩りを始めたということです。

――戦争遂行のために良い子になって、これだけやってますとアピールしなければならない。

佐藤 徴兵に対して、賄賂を渡したら兵隊に行かないで済むなんておっかない話ですよ。ウクライナは国勢調査を開始してから、調査を何回やったと思います?

――日本は五年ごとにやってますから、同じくらいですかね?

佐藤 2001年の一回だけしかやっておらず、その後の人口がどうなったか分からない状況です。それで今、人口は国家機密なんです。

――人口が?

佐藤 そうです。何人いるのか誰も知らないんです。1991年のソ連崩壊時は5500万人いました。それで、2001年に国勢調査を行なった際には4700万人。ウクライナ未来研究所が今年6月に発表した報告書では2900万人です。

――東京都の人口がいま、1400万人。これに神奈川県920万人と千葉県630万人を足したくらいの人口で、人口1億4340万人のロシアと戦争してるということですか?

佐藤 だから自国に兵隊になる男があまり残っていないんです。

――第一次大戦ではフランスの動員数は人口の7.5%と言われています。すると、ウクライナは最大218万人を動員可能です。

佐藤 もう、その半分くらいは動員しているかもしれませんね。さらにウクライナでは今、有効人口生産率が0.7に落ち込んでいます。だから、ウクライナ人は民族滅亡の危機なんですよ。これはかなり大変だと思いますよ。

――戦争を早く終わらせればいいのですが、その方法はありませんか?

佐藤 ゼレンスキーは戦争を終わらせたら、自分が縛り首になるのを分かっているから、最後まで戦い続けますよ。それなら、少なくとも本人と家族は亡命できます。

アフガニスタンのガニ大統領のように戦わずに逃げてしまうと、米国は受け入れません。そういう姿勢は米国は嫌いですから。

――アラモ砦のように玉砕まで戦えと。

佐藤 そう、「ウクライナ人は最後のひとりまで戦え」というのが米国の要請です。

――その姿勢で最後まで戦えば米国に亡命してもいいよ、ということですか。

佐藤 そういうことだと思います。だから当面、戦争は終わりません。長く続きます。

――長く戦争が続くと、どうなりますか?

佐藤 その間に世界はさらに分裂していきます。このままだと、戦争はロシアの望みどおりの形で終わるかもしれません。

――ロシアの望み通りとは?

佐藤 ウクライナを「内陸国」にすることです。オデッサ、ニコラエフの辺りを全部獲(と)って、モルドバ共和国東部の沿ドニエストル地域に繋げて終わりになります。

――すると、ロシアにとっては全て丸く収まりますか?

佐藤 そうなればウクライナは内陸国になって、ロシアに対する脅威はなくなります。内陸国・ウクライナの領域は工業、農業地帯を全て持っていかれ、貧しい地域しか残りません。

――そこを米独仏、ポーランドが支えるのでは?

佐藤 そのウクライナは、ポーランドと喧嘩を始めました。ポーランドが「ウクライナは感謝が足りない」などと言いだしたのです。そうしたらウクライナが「本来は競争相手だ。今は同盟国。しかし、戦争が終わったら関係は違うからな」とケツを捲(まく)って喧嘩になっています。ポーランドはすごく怒っています

――ゼレンスキー大統領は汚職狩りしていますけど、今度はさらに部下の他国への口のきき方を指導しないとならない。

佐藤 面倒臭くなってきていますね。

――確かに。

佐藤 最近、すごく良い本が出てます。松田公孝氏の『ウクライナ動乱 ――ソ連解体から露ウ戦争まで』(ちくま新書)です。ここでウクライナの本当の問題は貧困だと言っています。

要するに、1990年と今を比べて、ウクライナの収入はGDPの63%しか回復していません。だから、ポピュリストみたいな人物は現れないのですが、それはある意味当り前です。

しかし、その中でもポピュリストが出現し、外交に対して無責任な事を言って当選してしまいました。それで、わけ分からない状態になっているのです。

――まさにカオス、混沌であります。

佐藤 そうなんです。

次回へ続く。次回の配信は9月22日(金)予定です。


●佐藤優(さとう・まさる) 
作家、元外務省主任分析官。1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞