ターボファンエンジン推進のJASSM-ERはカタログスペックで航続距離926㎞、最高速度はマッハ0.8程度とされる ターボファンエンジン推進のJASSM-ERはカタログスペックで航続距離926㎞、最高速度はマッハ0.8程度とされる

北朝鮮の核ミサイル開発や、中国の中長距離弾道ミサイル・巡航ミサイルの大量配備が進む中、従来のミサイル防衛網だけでは対抗しきれないとして近年、議論が重ねられてきた「敵基地攻撃能力」。その〝初手〟となる長距離巡航ミサイルをアメリカから購入することがついに正式決定された。これを自衛隊はどう使うのか?

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■主目的はパイロットと戦闘機の生存率向上

米国務省は8月29日、航空機搭載型の長距離巡航ミサイル「JASSM-ER(ジャズムイーアール)」(以下、JASSM)の日本への売却を初めて承認したと発表した。

近年、自民党を中心に「敵基地攻撃能力=長距離打撃力」の議論が進んできたが、航空自衛隊が射程約1000㎞のJASSMを最大50発(約152億円)導入することで、日本は初めてその能力を保持することになる。

ただし、実際には必ずしも基地だけをターゲットにするとは限らないため、本記事では「長距離ミサイル」、あるいは敵の防空網の外から撃てるという意味で「スタンド・オフ・ミサイル」と表記する。

各国空軍の取材経験が豊富なフォトジャーナリストの柿谷哲也氏が言う。

「JASSMは、ウクライナ軍がイギリスから供与され実戦投入している『ストームシャドウ』とよく似たステルス巡航ミサイルで、弾頭重量もほぼ同じです。

ウクライナ軍はロシア軍の地対空ミサイルを避けるために慎重な運用を強いられていますが、JASSMは射程がストームシャドウの約4倍と長い上、日本は島国で敵との間に距離的な余裕があるので、より安全な運用ができます」

発射後はGPSと搭載センサーによる誘導で飛行し、終末期は赤外線画像誘導でターゲットへ向かう。最大のポイントはステルス性で、敵からすれば発見・迎撃が難しい 発射後はGPSと搭載センサーによる誘導で飛行し、終末期は赤外線画像誘導でターゲットへ向かう。最大のポイントはステルス性で、敵からすれば発見・迎撃が難しい

かつて航空自衛隊那覇基地302飛行隊隊長を務めた元空将補の杉山政樹氏が、スタンド・オフ・ミサイル取得までの経緯を解説する。

「導入の主目的は、パイロットと戦闘機の生存率を高めることです。年々、ミサイルを発射する母機が高価になる一方で、ミサイル誘導や複数の衛星を利用したターゲティング技術は向上し、今や1000㎞先の目標でもCEP(半数必中界=弾数の半分以上が命中する半径)は1m以内。

これは例えば、『飛行場の管制タワーの上側だけ狙う』というレベルの精度です。当然、各国とも〝槍〟(ミサイル)の距離はどんどん長くなっていく流れがあります。

空自においても、それでも危険空域に母機とパイロットが入っていくのが果たして最善策なのかどうか、疑問視されるようになっていました。

そんな中、2018年に完成したF-2戦闘機搭載用の国産空対艦ミサイル『ASM-3』は、速度こそマッハ3と速かったものの射程は200㎞にとどまり、量産化には至りませんでした」

そこで防衛省は、現在陸上自衛隊が配備している「12式地対艦ミサイル」を改造し、射程1000~1500㎞の空中発射型長距離ミサイルとして使用する計画を進めている。ところが、ネックはその開発・製造・量産にはまだこれから数年かかることだ。杉山氏が続ける。

「近年、中国が台湾を武力で制圧することをいとわないような雰囲気が漂っています。日本の一部が戦域となるような危機が迫る中、ひとまず手に入れられるものはどれだ、と考えた結果が今回のJASSM導入ということです」

■尖閣防衛作戦が大きく変わる?

では、当面はF-15戦闘機の近代改修版に搭載される見込みのJASSMを、自衛隊はどう運用するのか。前出の柿谷氏は約1000㎞という射程の利点をこう語る。

「日本は専守防衛に基づいた国防ドクトリンを維持してきました。その中で唯一、『戦略兵器』に近い性格を持つのが潜水艦でしたが、巡航ミサイルはそれに次ぐ戦略的意味合いの強い兵器ですから、日本の抑止力(軍事的攻撃やいやがらせなどを思いとどまらせる力)は格段に向上するといえそうです。

JASSMの基本的な役割は、敵の長距離攻撃の策源地を叩くことだと想定されます。まず北朝鮮に対しては、弾道ミサイル発射の兆候を見せた瞬間にF-15改からJASSMを発射して、弾道ミサイルや発射施設を破壊する。これまで北朝鮮が使ったことのあるすべての発射場所は、日本の領空内からJASSMの射程に入ります。

中国に対しても、日本を標的とする中距離弾道ミサイルを運用する中国ロケット軍のすべての基地、中国海軍のふたつの空母基地、中国空軍のH-6爆撃機を運用する16基地のうち12基地など、多くのハイバリューターゲット(高価値目標)が日本の領空からJASSMの射程に入ります」

一方、前出の杉山氏は対中国作戦におけるJASSMの役割をこう見る。

「尖閣諸島を巡る有事のケースを例にして考えてみましょう。従来は、『取られてから奪還する』というのが日本側の作戦計画でしたが、ウクライナ戦争を見てもわかるように、一度取られた領土を取り返すのはものすごく困難です。その点、スタンド・オフ・ミサイルなら、敵が実際に着上陸する前に叩くことが可能になります。

尖閣を本気で狙いに来るとき、中国は必ず沖縄本島の空自・那覇基地を長距離ミサイルで攻撃してきます。それに対し、空自機は撃破されないよう後方へ退避する必要がありますが、JASSMを搭載していれば、沖縄本島を含む先島諸島から500㎞ほど東方に離れた安全な空域(敵のミサイル攻撃を避けられる空域)で待機しながら、中国本土を出発して尖閣へ向かう中国海軍艦隊を攻撃できます。

中国本土からミサイル攻撃が始まった時点で、政府から自衛隊に防衛出動が発令されているはずですから、このときは空自も徹底的に撃つことになるでしょう。中国側は漁船や小船なども交ぜながら来襲してくると思われますが、赤外線映像などさまざまな偵察情報から、大きな艦艇の艦橋だけを狙ってターゲティングし、まずは強襲揚陸艦を集中的に攻撃します」

JASSMはステルス性を持った巡航ミサイルなので、中国艦隊が全弾迎撃することは難しい。こうして敵の上陸戦力の主力を先に潰すことができるのだ。

■抑止力を構築する「意思」が日本にあるか

ただし、当面は保有数が50発に限られるという大きな縛りがある。杉山氏が続ける。

「F-15改1機に2発ずつJASSMを積むので、計25機=2個飛行隊。これは1回出撃したら撃ち尽くしてしまう数です。

戦争において費用対効果は極めて重要です。ウクライナ空軍は供与された貴重なストームシャドウをすぐには使わず、慎重にターゲティングを行ない、少ない弾数で目標を確実に破壊できるような運用を続けています。

クリミア半島の露軍大型艦と潜水艦への攻撃には計10発使いましたが、あれはターゲットがそれだけ重要だったからこその乾坤一擲(けんこんいってき)の作戦でした。

そう考えると、空自は必ずしもJASSM全弾を戦闘機に搭載するとは限らないかもしれません。米空軍は、多くのJASSMを大型輸送機のパレットに収納し、そこから投下して一気に発射する『ラピッド・ドラゴン』という運用方法の実用化に着手しています。

12機(1個飛行隊)のF-15改を常時空中待機させておくよりも、航続距離9800㎞のC-2輸送機に10発ほど搭載しておき、西太平洋上空で待機させるというのは空自でもありえる考え方でしょう」

当面、JASSM-ERが搭載されるとみられるのがF-15イーグルの近代改修版。1機に2発ずつ積んで運用する。空自は102機保有しており、全国の基地に配備されている 当面、JASSM-ERが搭載されるとみられるのがF-15イーグルの近代改修版。1機に2発ずつ積んで運用する。空自は102機保有しており、全国の基地に配備されている

それともう一点。〝戦略兵器〟としての抑止力が期待されるJASSMだが、これを使うための議論が欠けていると杉山氏は指摘する。

「日本では『敵基地攻撃能力』という言葉がひとり歩きし、北朝鮮の移動式ミサイル発射装置を撃てるとか、金正恩(キムジョンウン)総書記がいる司令部を攻撃できるといった話まで飛び交っています。

しかし、今の日本には1000㎞以遠のターゲティング能力――さまざまな偵察手段から得た情報をもとに、標的の正確な位置や現状を把握する能力はない。仮に米軍から教えてもらったところで、アメリカ任せの情報で重大な発射命令を下すことはできないでしょう。

そして、それ以上に重要なのが『意思』の問題です。

抑止力とは、敵に『この兵器でこういった対応をする作戦が出来上がっている』と思わせることが非常に重要です。しかも、それを堂々と公言しては敵に対策を取られるだけなので、秘密にしておきながら敵にそう思わせる、あるいはさまざまな疑いを持たせることが必要なわけです」

空自の最新主力ステルス戦闘機F-35AライトニングⅡにもJASSM-ERは搭載可能。現在は青森・三沢基地に配備されている 空自の最新主力ステルス戦闘機F-35AライトニングⅡにもJASSM-ERは搭載可能。現在は青森・三沢基地に配備されている

当然、その秘密を握っているのは発射ボタンを持っている政治のトップだ。しかし、周りには多くの政治家やスタッフがいて、その中には直接・間接に中国の息がかかったスパイや〝漏洩源〟も必ずいるというのが現実だ。

「情報が漏れた瞬間、そのとき構築されていた自衛隊の作戦能力は意味のないものとなってしまいます。手にした兵器をどのように使い、それをどう相手に力を見せていくか。それを具体性をもって推し進めていけるかどうかが今後の課題でしょう」(杉山氏)

〝槍〟ができたら、次は「意思」をつくる段階ということだ。