ウクライナ戦争勃発から世界の構図は激変し、真新しい『シン世界地図』が日々、作り変えられている。本連載ではその世界地図を、作家で元外務省主任分析官、同志社大学客員教授の佐藤優氏が、オシント(OSINT Open Source INTelligence:オープンソースインテリジェンス、公開されている情報)を駆使して探索していく!
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米国防省は8月18日にワシントンで開催された「日米韓三カ国首脳会議」で、三カ国の軍の相互運用を強化すると発表。すなわち"三国軍事同盟"といえるだろう。
――この三国同盟、果たしてうまくいくのでしょうか?
佐藤 これはフレームを間違えているので、同盟にはならないでしょう。米国の意図は、要するに極東で日米韓の連携をNATO型の軍事同盟に変えたいということです。NATOは共同防衛ですよね?
――はい。NATO加盟国の一カ国が加盟国以外から侵攻を受けた時、残りの加盟国は全参加で反撃します。
佐藤 そうですね。それに対して、日米同盟は日米の場合、米韓同盟は米韓の場合。すると、日米韓の三国間には何の関係もない。全ては米国を仲介とする軍事同盟ですよね。それをNATOに近づけようとしているわけです。
――最初から無理な話ではないですか?
佐藤 そうです。たまたま今の韓国の尹錫悦政権が日本に融和的だから、三国共同の課題としてとらえられているだけです。しかし、韓国がまた左翼政権になれば、韓国大統領が竹島に上陸し、徴用工問題、慰安婦問題など、絶対に両国で解決しない問題が復活して、全て吹き飛びます。
だから、そんな問題を抱えている日韓間で、NATO型の共同防衛の同盟関係が成立するはずがありません。しかし、バイデン米大統領はそれができると思っているんです。
――困りましたね。
佐藤 まず、日本はNATOに入っていません。その座組みをアジアに拡大して、そこに日韓を入れるというバイデンの場当たり的考え方は、通用しませんよ。
――すると、バイデンが馬鹿だからと言う理由で、三国同盟はガラス細工で終わる。
佐藤 そうなると思います。NATO首脳会議で東京事務所を作るという話は、マクロン仏大統領の反対で出来なくなりました。
ただ、日米韓の動きは中国、ロシア、北朝鮮からすると『日米韓が共同防衛するならば、我々も共同防衛するしかない』ということになります。つまり、中露北を近づける危険性があるんです。愚かなことをやったと思いますよ。
――その馬鹿な行ないの成果は続々と出ています。9月10日には中国の劉国中副首相が平壌で金正恩総書記と会談。これには中国外務省も「中朝関係に対する高度な重視の表れ」と指摘しています。また、9月13日にはプーチン露大統領も金正恩総書記と首脳会談をしています。ここには北の軍高官、軍需産業幹部が同行しました。
佐藤 日米韓三カ国首脳会議では、三国同盟軍の相互運用強化を紙の上に書いただけなんですけどね。それで中露北がここまで反応しているわけです。北東アジアでブロック対立を作っても、日本にとって利益はないですよね。
――確かに。さらに中露も大きな動きを見せています。8月には中露海軍艦艇がアラスカ沖を航行。さらにその後、ベーリング海で初の合同対潜訓練を行ないました。
佐藤 一番大きいのは、ベーリング海まで中国が出て来れるようになったことです。さらに両国で艦隊演習をするということは、状況によってはベーリング海を封鎖させられるということを意味しています。ここは米国領のアラスカに面しているので、純然たる米国と中露の関係を表しています。
露海軍にとって、黒海から出るには、トルコのダーダネルス海峡を通らなければなりません。しかし、そこを通るには様々な条件が課せられる。そしてバルト海に関してはNATOが封鎖できる。だからベーリング海を確保することはきわめて重要です。
中露海軍によって、ベーリング海という米国のすぐそばで合同対潜訓練することは、嫌がらせです。意地悪外交のひとつですね。
――米露は双方でやりあってますね。この合同対潜訓練の直後にロシアは、「互いに相手国を戦略核ミサイルの照準から外す」という米英露の合意(1994年)に対して、「政治的な性格なもので、国際条約ではない」と発表し、米英が核抑止政策の対象になることを示唆しました。これはヤバいのでは?
佐藤 今の米・西側連合とロシアの関係を考えれば、東西冷戦時代に戻すと言うのは当たり前ですよね。だから、これは現状追認したということです。
――現状追認とは?
佐藤 ロシアは米英を非友好国に指定しています。お互いに信頼醸成措置が講じられていれば照準は外していますが、今の米露、英露の関係を反映して、ロシアが核ミサイルの照準をカチッと定めたということです。驚くことはなにもありません。
――なるほど。
佐藤 ところで、資本主義の大原則は「私有財産の不可侵」です。しかし、米英はロシアが預けている準備金を全て凍結して、それをウクライナのために使うと議論しています。そういうことをする国々に核ミサイルを向けるのは当り前のことです。
――つまり、米英はロシアから狙われて当然のことをしていると。米英はまだモスクワから照準を外したままですか?
佐藤 いやいや、標準に入れていますよ。事実上、相互に先に出た合意は反故にしています。だから、これは過去の惰性でやっていた部分を本来の関係に戻したということです。この部分が現状に対して、遅れていたんです。
――要するに、東西冷戦時代に戻ったけれども、"東西熱戦"がいつでも始まる状況だと。
佐藤 そうです。だから、最近、ロシアの報道のレベルが急速に上がっている。
――それはどういう意味なのですか?
佐藤 ロシアは国内のインテリを味方につけるとともに、海外の有識者・分析専門家たちにロシアの現状をかなり正確に伝えようとしています。なぜなら皆、影響を受けるからです。だから、そういう意味では都合の悪いことでも表に出して、できるだけ客観性と専門性によって味方を増やしていくという戦略をとっているんです。
レーニンが『宣伝と扇動は違う』と言っています。扇動は大衆に対して感情的に、宣伝はエリート層に対して論理的に行なうことが効果的です。最近のロシアは宣伝を実践している感じがします。
――何のために?
佐藤 ウクライナでの戦争がまだ長引くからでしょうね。
――長期戦への布石は、宣伝戦からだということですね。ロシアは、ソ連からロシアになっても、基本はレーニンから変わらない。
佐藤 変わっていませんね。レーニンがロシア革命に成功したのは、あのロシア的なプラグマティズム(実用主義)をすごく身に付けていたからだと見ることができますね。
――ロシアは、今、基本のレーニンの宣伝と扇動を使い、ウクライナでの長期戦に備えている。おっかないですね。
佐藤 それに対してウクライナは、人々の感情に訴える扇動一本で戦っています。情報戦においてもロシアの方が巧みです。
次回へ続く。次回の配信は10月6日(金)予定です。
●佐藤優(さとう・まさる)
作家、元外務省主任分析官。1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞