マグショット(=裁判所で撮影する容疑者写真)のトランプ元大統領。Tシャツやマグカップを作って10億円を稼いだ(cFulton County Sheriff's Office/ZUMA Press Wire/共同通信イメージズ) マグショット(=裁判所で撮影する容疑者写真)のトランプ元大統領。Tシャツやマグカップを作って10億円を稼いだ(cFulton County Sheriff's Office/ZUMA Press Wire/共同通信イメージズ)
ウクライナ戦争勃発から世界の構図は激変し、真新しい『シン世界地図』が日々、作り変えられている。この連載ではその世界地図を、作家で元外務省主任分析官、同志社大学客員教授の佐藤優氏が、オシント(OSINT Open Source INTelligence:オープンソースインテリジェンス、公開されている情報)を駆使して探索していく!

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2024年11月5日に米国大統領選挙が行なわれる。民主党のバイデン大統領は80才を越え、共和党候補になる可能性のあるトランプ前大統領は、8月14日にジョージア州大陪審に起訴された。

4回目の起訴で、容疑者として撮られたトランプの「マグショット」(=犯罪容疑者の顔写真)を公開。すぐにこのマグショットを使用したTシャツなどを製作し、10億円の資金を調達したという。

――トランプさん、相変わらずご健在です。

佐藤 トランプの場合は、起訴されて審議が進展すればするほど人気が上がります。一方、バイデンに関しては、息子・ハンターを巡る疑惑が明るみになればなるほど支持率は下がる、というゲームになっています。

――子供の頃、ハーバード大学卒の親父に「米国大統領選に出る候補は、米国で一番頭が良く、人間性に優れた米国人だから見ておけよ」と言われました。今はどうなっているんですか?

佐藤 それは旧き良き時代の米国の話ですね。ここ30年の新自由主義で米国は変わりました。70%の国民は所得が増えていません。

――はい。

佐藤 ところが、米国は空前の富を持って、格差を徹底的に拡大しました。今の米国の構造によって、バイデンやトランプのような人たちが出て来ているわけです。

裏を返せば、米国がやはり国家としての生命力をかなり失いかけているということです。しかし米国は、我々の唯一の「軍事同盟国」なんですよね。その国で、老人力のかなりある人間か、品性の悪さは天下一品、みたいな人間のどちらかが次回の大統領になるのです。

――いやー、うれしいのか、悲しいのか。どうすればいいのでしょうか?

佐藤 もしトランプになれば、ウクライナ戦争は翌日、終わるでしょう。ウクライナに対してすごくきつく出ると思います。「ハンター・バイデンがウクライナで金を作ってバイデンの財布になったんじゃないか?」という話を流したりしながら、徹底的にシメよう、という話になると思いますよ。

――バイデンとトランプ、どちらかいい人なんですか?

佐藤 それはトランプの方がずっといい人ですよ。

――ほんとですか!?

佐藤 トランプの外交は「棲み分け」を基本にしていますから。それに対して民主党のバイデンは、自由と民主主義とか、自分たちの価値観が普遍的だと信じて押しつけてきます。

――前回、話に上がった「日米韓三国同盟」も価値観の押しつけですもんね。

佐藤 裏を返して言えば、広域暴力団体である米国組のシマが縮小しているということです。だから、直参の傘下の組に対する負担が増えているのです。

NATOはまさに米国の直参です。『幹部会にまず行って来い』と、7月に行なわれたリトアニアのNATOサミットに日本は客人として呼ばれたというわけです。

――全てヤクザに喩えると分かりやすいですね。

佐藤 上納金が1%から2%に上がりましたしね。

――防衛費ですね。GDP比で1%から2%に倍増します。

佐藤 さらに米国はドイツに対して、ロシアの4倍の値段で液化天然ガスを売りつけています。ドイツは青息吐息ですけど、米国のエネルギー産業は今、空前の儲けを得ています。

――完璧ですね。このウクライナ戦争では、とにかく経済的に米国は得しています。

佐藤 政治的には大混乱ですけど、戦争を米国の公共事業だとすると、どんどん景気を拡大させているといえます。米国人の血を一滴も流さず、ウクライナ人の血によって、米国の価値観を実現し、金も儲けています。米国の価値観のための戦争なら本来、自分で行けって話ですよね。

そう考えると、ウクライナはかなり筋の悪い戦争をして、筋の悪い政策をとっています。トランプはここまで筋の悪い事はしませんよ。

――トランプが次期大統領になれば、この辺りを全部、整理していくということですか?

佐藤 そういうことです。トランプは虚勢を張ります。例えば『もっと負担しないと在日米軍を引き上げるぞ』とかね。

――それはトランプだとあり得ますね。日韓は中露の草刈り場になります。

佐藤 あり得ますね。ただし、トランプは世界戦争にまで至るようなことはしません。中露北と綱引き外交をしていきますよ。

クリントンだったら北朝鮮にミサイルをぶち込んで、第二次朝鮮戦争をやったでしょう。そうなると日本も巻き込まれていきます。そのようなシナリオを避けたトランプは、日本の立場から見たらノーベル平和賞に値しますよ。

――確かに。

佐藤 そのトランプが再登場すれば、世界は棲み分けになり、結果として多極化に貢献する。だから、これからのキーワードは「多極化」です。

――なるほど。

佐藤 日本は戦争に負けたので、米国とも色々と付き合ってきましたが、これからも日米同盟は維持しつつも、その枠内で日本の主権の極大化を図ることが重要になります。

――トランプが大統領に再選したら歓迎しつつ、日本の主権の極大化を図ると。

佐藤 そこそこですね。バイデンが再選したら、これはもう、できるだけ距離を置くことですね。でも、バイデンの方からしがみついてきますけどね。

――その時は、「そこそこの多極化」ですかね。

佐藤 かもしれませんね(笑)。

次回へ続く。次回の配信は10月13日(金)予定です。


●佐藤優(さとう・まさる)
 
作家、元外務省主任分析官。1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞