ウクライナ戦争が開始されて1年7カ月が経過した。この度、『週刊プレイボーイ』と週プレNEWSに掲載された記事をまとめた、『軍事のプロが見たウクライナ戦争』(並木書房)が刊行された。
ここでこの約一年半繰り広げたウクライナ戦争における「空戦」に関して、かつて航空自衛隊那覇基地でF4ファントムに搭乗し、302飛行隊隊長を務めた元空将補の杉山政樹氏に総括していただいた。
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「私が20代の時はF4ファントムに乗り、航空自衛隊(以下、空自)のアグレッサー部隊とすさまじい空中戦訓練を行ないました。当時のアグレッサー部隊は旧ソ連空軍のミグ戦闘機のさまざまな戦法を取り入れ、空自戦闘機を落とす空中戦訓練をやっていました。米ソ冷戦時代は世界規模の戦いで、空軍対空軍の真面目な戦いだったわけです。
その頃のソ連は米国と並ぶ世界でツートップとなる航空産業を持っていました。しかし今、考えてみると、『本来ソ連は地上戦主体の国家で、特に空軍は空陸統合戦闘は行っていなっかたのではないか』というのが私の分析です。
最近のロシア空軍パイロットのレベルは非常に低いです。例えば、米軍無人偵察機に対する接近率がわからず、ぶつかる。英空軍偵察機にもヒートミサイルを二発撃って外しています。近代国家においては、空軍パイロットには年間200時間の訓練が必要だとされていますが、ロシア空軍パイロットの訓練時間はいま、100時間もないんじゃないかとさえ言われています。1983年に大韓航空機をミサイルで撃墜したソ連空軍の面影は今は無く、最新鋭の一軍の空軍とはいえません。
さらに、ロシア軍がウクライナに攻め込んだ際、空軍にどれくらいの任務を与えるかという視点が欠落していたと推定しています。その結果、今の戦争形態になりました」(杉山氏)
今、ウクライナ上空で繰り広げられている空戦は、どんな形態になっているのだろうか。
「ロシア軍は、米軍のように徹底的に制空権を握り、空からの優位性を獲得した上で地上軍が攻めて行く、という戦い方ができずに失敗しました。それに対してウクライナ軍は、無人機を使って局地的低高度航空優勢を獲り、対戦車兵器・ジャベリンを持ったウクライナ陸軍と空陸統合戦闘を展開し、ロシア軍を駆逐しました。今は両軍とも、航空優勢を完全に取らずに戦争しています。
ロシア空軍はウクライナの防空網に入れない。一方、ウクライナ空軍は狡猾に分散配置しながら、時々ゲリラ的に奇襲をかけていますが、ロシア軍の防空網に苦戦しています。すると両軍とも、最初から落とされてもいい無人機・ドローンを大量に飛ばし、毎月双方で数万機単位を撃ち落としあう大消耗戦が繰り広げられている状況です」(杉山氏)
ウクライナ軍はダンボール製無人機を駆使し、8月19日にTu22M3戦略爆撃機を2機、26日にはミグ29が1機、そして29日にはSu30戦闘機4機とIL76輸送機4機を破壊している。
一方、ロシア軍は9月19日、2機の無人ドローン(1機が偵察用、もう1機が自爆用)をウクライナ西部に侵入させ、駐機中のミグ29戦闘機1機を損傷させた。
「これらは両軍の一連の無人機のゲリラ戦において、電子妨害で互いに数万機が落とされている中での成功例です。今、両軍は有人機と無人機の特性を生かしたゲリラ戦でやり合っています。
ロシア軍には戦闘機発射の精密誘導兵器が欠乏しており、ウクライナ国民に精神的なダメージを与えるため、巡航ミサイルと無人機を使って都市部への攻撃を続ける形を取っています。ウクライナは西側から最先端防空システムを供与され、都市の拠点防衛を強めることでロシア空軍を寄せ付けていません。
しかしロシア軍は、そこに大量の無人機と各種ミサイルをつぎこむことで突破を図っています。野生動物のヌーは大群で渡河する際に、ワニの襲撃で味方に犠牲が出ても渡り切る。ロシア軍はちょうどそんな戦法を取っているのです」(杉山氏)
ロシア軍の緒戦での失敗が、新しい形態の空戦の様相を呼びこんでしまった。
「その中で、ウクライナ空軍は有人機で出来る限りの事をやっています。9月22日にはクリミア半島のセバストポリにあるロシア海軍司令部に攻撃を仕掛けました。
そこで使われたストームシャドー巡航ミサイルの最大射程はおよそ250km。そこまでどれだけ危険を冒して行かなければならなかったか......。ロシア軍の近代的防空網の中に、1970年代に作られたスホーイSu24戦闘爆撃機で入って行ったのです」(杉山氏)
第三世代機のF4を飛ばしていたファントムライダーには、その困難さが痛いほど分かる。
「ウクライナ空軍は有人機、無人機の特性を活かしながら遂行したはずです。まず、無人機とミサイルのデコイを使ってロシア軍の防空網を攪乱させ、その中にレーダーに探知されない回廊を作り、そこにSu24を入れてストームシャドウを撃ち込んだ。そんな映画のような荒業を仕掛けていたと思います。
それを今、西側がやるならば、1950年代に開発されたF4ファントムで成し遂げたのと同じことです。相当な事をやったと思いますよ」(杉山氏)
まさに『ファントム無頼』ならぬ『スホーイ無頼』だ。
「そうですね。だから今は、現状のやり方だけでは戦略的目標は達成できない過度期なのです。ゆえに、長期戦に陥っているのです」(杉山氏)
「先ほど言ったようにウクライナ空軍は今、有人機と無人機の特性を上手く活かしながらゲリラ攻撃をしています。ただ、これは戦果としては象徴的なものでしかないと思っています。
さらに戦況を一歩進めるとなった時にはやはり、制空権がないといけません。安全に地上軍を進撃させて、戦略的に奪取された領地を点ではなく面で奪回していくには、無人機だけでは無理です。ウクライナ空軍は近代的なF16のような戦闘機と、電波戦に強くて自律したAIを搭載した無人機、その双方の特性を活かした"ハイブリット空軍"になっていくべきでしょう」(杉山氏)
ただ、西側が供与するF16はまだ来ていない。
「はい。ロシア空軍にはまだ第4世代・第4.5世代の戦闘機が約700機から850機あって、NATOと正面から戦えるだけの能力はある。だから甘くないと思っています」(杉山氏)
100~200機のF16ががウクライナに来たとしても、ロシア空軍には700~850機。すさまじい空戦は続く。
「この有人機と無人機を融合的に使う空戦は、これからの有人戦闘機と無人戦闘機の使い方のよいお手本になるかもしれません。
ウクライナ空軍がロシア海軍セバストポリ司令部攻撃で見せたように、何かの戦術目標に対して落されてもいい無人機を上手く使い、敵防空網に穴を開けてそこに有人機が突っ込んでミサイルを撃ち込む。
このセバストポリの攻撃の延長線上に、第六世代の有人戦闘機と無人機・ロイヤルウイングマンの使い方があると思います。そこに未来のハイブリット空軍の姿が垣間見えるような気がしています」(杉山氏)