実はプーチン露大統領はウクライナで足りない弾薬・砲弾を北朝鮮・金正恩総書記にもらいに行ったのではなかった......(写真:朝鮮中央通信=共同) 実はプーチン露大統領はウクライナで足りない弾薬・砲弾を北朝鮮・金正恩総書記にもらいに行ったのではなかった......(写真:朝鮮中央通信=共同)
ウクライナ戦争勃発から世界の構図は激変し、真新しい『シン世界地図』が日々、作り変えられている。この連載ではその世界地図を、作家で元外務省主任分析官、同志社大学客員教授の佐藤優氏が、オシント(OSINT Open Source Intelligence:オープンソースインテリジェンス、公開されている情報)を駆使して探索していく!

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――9月13日、ロシア極東のボストーチヌイ宇宙基地で、プーチン露大統領と、北朝鮮・金正恩国務委員長(総書記)の首脳会談が行なわれました。これはどういう会談だったのかお聞きしたいです。日本国内では、なんでもロシアはウクライナ戦争で足りない弾薬・砲弾をもらいに行ったのだと報道されています。

佐藤 国際社会で起きていることと日本の報道は、実態からかなりずれていますね。

――すると、弾薬や砲弾の話ではない?

佐藤 そうです。要するに、北朝鮮は"コロナ鎖国"から開国に転じたとき、外交先をどこの国を基軸にするかという事を考えた、中国ではなくロシアにしたのです。

――ものすごい方向転換!!

佐藤 中国はそもそも北に援助していますよね?

――はい。

佐藤 ところが、ロシアの北に対する姿勢は援助ではありません。「互恵的協力関係」です。
すなわち北朝鮮に働く場所を提供しているのです。

それは、ロシアが併合したウクライナ東・南部4州での整備です。その仕事に対してお金を払いますと。そのお金で北がロシアから食料と石油を買い付けるのならば、これは五分五分です。援助ではないので北はロシアに頭を下げなくていいです、という話なんです。

今まで北朝鮮は「核実験をしないから何かをよこせ」と要求していました。その見返りに食糧や燃料をもらうやり方だったのです。それが、北朝鮮が持っている労働力を提供することによって、自分でお金を稼ぐ仕組みとなったのです。

――北朝鮮はロシアとのこの取引で損はないですね。

佐藤 そうです。受けて損はないし、対等な扱いを受けるわけですから、「自分たちは本来、自立している」という主体思想と合致しますよね。それから、北朝鮮が進める軍改革(軍の定員削減)で雇用の受け皿を作ることにもつながります。

――なるほど。すると、そんなアプローチをしたロシアの勝利になりますか?

佐藤 完全にそうです。この関係が成立して一番泡を食っているのが中国です。なぜなら、今までの中国の対北朝鮮支援の累計額は、ロシアの数千倍に達しているからです。

加えて国際情勢において、国連からの風圧が強くなる状況でも北朝鮮を守ってきたのは後見人である中国です。その中国を完全に無視して、ロシアとの関係を強化する方針をとったのですから、中国は泡を食っているわけです。

――何か予兆はあったのですか?

佐藤 先日開催された第二回ロシア・アフリカ会議が重要でした。

――7月27~28日にロシアのサンクトペテルブルクで開催された会議ですね。

佐藤 ここでも、ロシアはアフリカと五分五分でやっていくとしました。

中国のアフリカに対するやり方というのは、自国の有り余る金をその国の投資に使い、その国のエネルギーを獲得し、さらに労働力として自国の中国人を大量にその国に送り込むというものです。そして最後は債務の罠に陥れて、港湾などを20年間租借します。こういうやり方はきわめて植民地主義ですよね。

ロシアはそれとは違います。この五分五分の関係を北朝鮮にも適用して、ということなんです。だから、ロシアは本当にこういうことをして欲しいと仕事を発注します。それに対して、労働に対する市場価格を正当な形で北朝鮮に支払います。

一方北朝鮮は「友情価格」にはなりますが、今度はその金でロシアから小麦や石油を買います。こういう仕組みを作った。すなわち、五分の経済協力体制で双方が裨益(ひえき)する形になっているのです。

――ロシアはアフリカで培った土台の上で、北朝鮮に「どうですか?」と持ちかけて、見事に上手くいった。

佐藤 そういうことです。ロシアがアフリカでやっていることは、実は新しいやり方です。ロシアは一方的な援助はしませんが、必ずアフリカが裨益することをします。ロシアは正当な対価を支払いますと。

これは援助では無くて「協力」ですよね。これは長続きする。政治経済の間の「取引」だと、どうしても経済で損している感が出ます。だから、経済は経済で取引して、政治は政治で取引する。それぞれの分野でちゃんとそのまま合うようにするのが、今のプーチンのやり方なんです。

――すると今、ロシアは米中がやっていない方法で、アフリカなどで上手く付き合い始めている。

佐藤 今のところ成果を出しています。裏返して言うと、成果が上がる国としか外交していないのです。

――合理的!!

佐藤 だから9月15日にキューバで開催された「G77プラス中国」首脳会議は、何の効果もなかったはずです。

そんなグローバルサウスの"貧乏人会合"をキューバでやっても、何かの利益を得られていますでしょうか? 中国は「持ち出し」になるばかりなんです。アフリカと北朝鮮でロシアがやっているやり方と対極ですよね。

――ロシアは、石油と食料を自国で100%賄えて、なおかつ海外にガンガンと輸出可能です。中国は両方とも輸入しないとならない。その違いが出ていますね。

佐藤 そういうことです。だから、モノを持っているかいないかという実体経済の話なんですよね。中国の仕組みは双方の利益が極大化する仕組みではありません。中国のモノをはたいて、「だから、中国の言うことを聞け」というやり方です。

それは基本的な組み立て方の違いで、中国は特段ロシアを意識していません。結果としてそうなっただけです。だけど、それは必然ですよね。

――中国の帝国主義の限界ですね。

佐藤 日本はなりふり構わず、価値などにとらわれずにエネルギーを確保する資源外交をやっています。それは正しいんですよ。日本は、ロシアから今でも8%の割合で天然ガスを買っていますが、それが国益のために必要なことなんです。

ただバイデン米大統領は価値観外交で、サウジアラビアやクウェートとは付き合わないとか愚かなことをやっています。

――政治と経済を切り分け、さらに民主主義や人権などの価値観を共有する/しないも、きちんと国によって使い分ける賢さを日本は持っている。いいですね。

佐藤 その通りです。岸田さんの外交は意外と戦略的で、「棲み分け」を基本にしているのです。

次回へ続く。次回の配信は10月20日(金)予定です。


●佐藤優(さとう・まさる) 
作家、元外務省主任分析官。1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞