イスラエルは徹底的な空爆をガザ地区に開始(写真:Middle East Images/ABACA/共同通信イメージズ) イスラエルは徹底的な空爆をガザ地区に開始(写真:Middle East Images/ABACA/共同通信イメージズ)
ウクライナ戦争勃発から世界の構図は激変し、真新しい『シン世界地図』が日々、作り変えられている。この連載ではその世界地図を、作家で元外務省主任分析官、同志社大学客員教授の佐藤優氏が、オシント(OSINT Open Source INTelligence:オープンソースインテリジェンス、公開されている情報)を駆使して探索していく!

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去る10月7日に武装組織・ハマスは、ガザ地区から3000発以上の大量のロケット弾をイスラエルに発射。同時にガザ地区を囲む塀を同時多発的に破壊し、1000名以上の戦闘員がイスラエル側にトラックやバイクで越境攻撃をかけた。イスラエルでは死傷者を約3300人ほど出し、100名以上の人質をガザ地区に連行した。

それに対してイスラエル軍は徹底的な空爆を開始。国連によると既に18万人以上が家を失った。10月12日現在で双方の死者は2700人を越え、イスラエル軍は36万人の予備役を動員。ガザ地区への地上侵攻を準備している。

この戦争で誰が一番得して、誰が一番損をしているのか。佐藤優氏に緊急取材した。

――今回の戦闘で一番損をしているのは、イスラエルとサウジの国交樹立を画策していた米国になりますかね?

佐藤 いえ、一番損をしているのはイスラエルです。国家存亡レベルの危機です。これから大混乱が起きるでしょう。

親友の元モサド(イスラエル諜報特務庁)幹部と話したところ、モサドを含む情報機関は今回のハマスの攻撃の情報を全く入手できていませんでした。すなわち、インテリジェンスでまったく察知できていなかったのです。また、イスラエル軍はハマスの越境攻撃を初動の段階で撃退できていませんでした。

そもそもイスラエルは、ここまでハマスを追い詰める必要は無かったと思います。イスラエルだけでなく、西岸の比較的穏健なパレスチナ人たちや、パレスチナの政党・ファタハの自治政府も宗教右派に引っ張られ過ぎてハマスを徹底的に締めました。ハマスが暴発せざるを得ない状況を作った政治責任があると思います。

インテリジェンス、軍、政治の三つの失敗が重なり、イスラエルのダメージは限りなく大きいです。50年前の第四次中東戦争以上の大打撃でしょう。

――やはりこの状況は長引きますかね?

佐藤 長引くと思います。レバノンのイスラム教シーア派組織・ヒズボラが本気で攻撃して来るかどうかわからないので情勢がまだ読みづらいですが、もし来るならば数ヵ月に及ぶの戦争になるでしょう。来なければ、ガザ地区のハマスを2週間程度で全滅させて終わりを迎えると思います。

――そんなに簡単にハマスを成敗できるのですか?

佐藤 ハマスの2割が戦闘で過激な事をしていて、残りの8割は普通の行政、福祉に携わったり学校の先生をやっています。ガザ地区の住民たちも大方テロリストのハマスを支持していますが、その支持者も含めて全員攻撃するでしょう。

ハマスと一緒に生活している住民も、疑わしきは攻撃対象とみなす。だから、今回の死者は万単位を越えてくるはずです。

――外務省のデータによると、福岡市よりやや広いガザ地区の人口は約222万人です。

佐藤 いまはほとんど「ハマス支持者」ですね。

――222万人がお亡くなりになると!?

佐藤 222万人は殺さないとは思いますが、数万人台は十分に有り得えます。もし、住民が全くガザ地区から逃げなければ。死者は10万人を超えるかもしれません。

――一体どこに逃げるのですか?

佐藤 エジプトか、船でヨルダンに行くとかですかね。

――なるほど。ではお聞きしますが、今回のハマスの奇襲に関して、そのバックにいるのはイランですか?

佐藤 それは違うと思います。これだけ大規模に事を仕掛ければ、アメリカとの戦争を招く可能性がありますから。イランの最高指導者であるハメネイ師や革命防衛隊の幹部が今回の攻撃を知っていたら、止めているでしょう。

イスラム教シーア派の分派となる武装組織・フーシ派にイランが送った大量の110万発の弾薬を、アメリカは輸送の途中で摘発しました。そして、その弾はウクライナにあげました。

――はい。

佐藤 兵器類を他国へ供与するにあたっては、イスラム革命隊の現場にはかなりの裁量権があるといえます。今回のハマスへの攻撃に使われた分量ならば、イスラム革命隊がイラン政府首脳の許可を取らずに差配できると思います。

――すると、イランは損か得かといえばどちらなのですか?

佐藤 イランはシーア派なので、ハマスを支持しても国内への影響ありません。ハマスはスンニ派だから、シーア派とは棲み分けをしています。イランはハマスと宗教的には対立しているものの、「反イスラエル」の観点からハマスに武器とお金を流しています。利用/非利用の関係で、イランはハマスと付き合っているのです。

――同じイスラム教でも、スンニ派とシーア派は対立していますからね。

佐藤 ただし本件では反イスラエルという立場から両者は協力しています。

――トルコのエルドアン大統領がハマスから人質に関しての相談を受け、両者の仲介に大乗り気なようですが......。

佐藤 ハマス、イスラエルの双方は戦う気満々なので、現時点での仲介は意味を成さないですね。

■この戦争の行方とは?

――さて、ハマスvsイスラエルはどんな戦いになるのでしょうか?

佐藤 シナリオ1は、ハマスが実効支配をある程度確保できれば戦争をやめるというものです。しかし、イスラエルはもはやハマスの存在自体を許さないと思います。シナリオ2はジハード(聖戦)によってハマスが全滅する、というものです。

――玉砕!?

佐藤 ジハードで死ぬ訳なので、全員天国に召されます。そして、悪の帝国・イスラエルと戦い全滅したジハード戦士のハマス、という名前が歴史に残りさえすればよいと考えています。そうなると、これは簡単に解決しません。いま、確保している人質を殺していくとハマスは言っていますよね。

――はい。イスラエルが警告無しで民家を爆撃するごとに、人質を一人ずつ処刑すると言っています。

佐藤 これは本当に始まると思うんですよね。かつての「イスラム国」がやったように動画を撮影してアメリカ人に命乞いさせ、その後にむごいやりかたで殺していくというような。

――米国内の世論はどうなりますかね?

佐藤 「軍事介入せよ」という世論も起きるでしょうね。

――これ、世界大戦が始まりませんか?

佐藤 いや、中東に封じ込められますよ。だけど、ウクライナ支援を今のレベルで続けていられますかね?

――ウクライナでアメリカ人は犠牲になっていません。ガザ地区で出ればこれはもう......。

佐藤 ただ、米国にとってウクライナとイスラエルの持つ意味は違うでしょ?

――違います。米国にとってイスラエルの大事さは別格です。

佐藤 イスラエル問題は事実上、米国の内政問題ですからね。ハマスにとっては米独英との二重国籍を持っているイスラエルに住んでいた人間は、正当なパレスチナの地を奪っているシオニスト(ユダヤ民族主義者)なんですよね。死んだシオニストだけが良いシオニストというのがハマスの理屈ですから。

また、イスラエルの方から言わせるとハマスではなくテロリストですよね。良いテロリストは死んだテロリストだけですから。

――すると、沢山殺さないとならないから、ウクライナに武器が行かなくなりますね。

佐藤 その可能性があります。あともう一つは、ハマスにウクライナからの横流しの武器流出があるかどうかですね。

――イスラエル軍の戦車部隊がガザ地区に入り、米国がウクライナに供与したはずのミサイル「ジャベリン」で攻撃されて破壊されたら、それは大変なことですよ。

佐藤 そうなりますね。そこでウクライナは「それはロシアが捕獲品を横流ししたものだ」と言う情報を流すでしょう。

――すると、ガザ地区で凄まじい戦闘が続いている間、ウクライナは米国から武器が来なくなりさらに苦戦する。すごい展開ですね。サウジはどう出て来ますか?

佐藤 サウジが中東、アフリカを全域支配するという野望は後退します。西側と積極外交ができなくなるので、必然的にロシアと接近するでしょう。

――では中国は?

佐藤 中東地域のプレーヤーではないです。ハマスはウイグルのテロリストと繋がっている。だから、こんなイスラム過激派はやってしまえというのが中国の立場です。この利益に関してはイスラエル、ロシアも一緒です。

――すると一番得をするのは誰になるのでしょうか?

佐藤 誰も得をすることにはなりません。ハマス的な動きも地下に潜り、イスラエルを悩ませ続けることになるでしょう。

次回へ続く。次回の配信は10月20日(金)予定です。


●佐藤優(さとう・まさる) 
作家、元外務省主任分析官。1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞