米国から供与されたM1エイブラハム戦車が使用できるのは、ウクライナ空軍にF16が来て航空優勢を獲り、地面が凍った厳冬以降。クリミア半島の最後の掃討の時に使えると二見氏は分析する。写真はNATOの訓練(写真:米陸軍) 米国から供与されたM1エイブラハム戦車が使用できるのは、ウクライナ空軍にF16が来て航空優勢を獲り、地面が凍った厳冬以降。クリミア半島の最後の掃討の時に使えると二見氏は分析する。写真はNATOの訓練(写真:米陸軍)
今、ウクライナ戦争では、ウクライナ・ロシア両軍が南部と東部で激しい戦闘を繰り広げている。しかし冬季を前に地面は泥濘となり、戦車が使えず膠着状態となる。「そんなの時に最適な『七人のサムライ』作戦があります」と、元・陸上自衛隊中央即応集団司令部幕僚長の二見龍氏(元陸将補)が語った。

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今年の6月、ウクライナ軍がロシアへの反攻に転じた。NATOに教わった通りに、地雷除去ド―ザ―をフロントに付けた戦車を先頭に突撃。しかし、ロシア軍による無人偵察機の正確な着弾誘導で、攻撃前進したウクライナ軍の戦車は榴弾砲の餌食になった。

これは、去年3月にウクライナ軍が行った防御のやり方だ。ロシア軍はそれを真似て見事に成功したのだ。そして今、南部はロシア空軍の航空優勢下にある。

しかし、ウクライナ軍は無人機を効果的に使用し、ロシア空軍のジェット戦闘機の力が及ばない低高度空域で戦闘開始。ウクライナ軍は夜間にサーマルカメラを搭載する無人偵察機を飛ばし、ロシア軍防御陣地前のすさまじい数の地雷源を把握。そこを米軍から供与されたクラスター砲弾で徹底的に叩いた。そして、少しずつ前進したのだ。

ウクライナ南東部の地上は泥濘期に入り、戦車が動けなくなる。しかし上空は、無数の各種(偵察・爆撃・攻撃)ドローン、無人機が飛び交っている。写真は中国製偵察ドローン(写真:柿谷哲也) ウクライナ南東部の地上は泥濘期に入り、戦車が動けなくなる。しかし上空は、無数の各種(偵察・爆撃・攻撃)ドローン、無人機が飛び交っている。写真は中国製偵察ドローン(写真:柿谷哲也)
この10月現在、両軍の兵士は塹壕に籠り、その上を毎日数百機の無人機、ドローンが飛び交っている。月に数万機が撃墜されるすさまじい空戦消耗戦だ。

これらのドローンは双方の電波戦でバタバタと落ちていく。しかし、辛うじて生き残ったドローンは、手榴弾や迫撃砲弾を落として攻撃。自爆ドローンはそのまま目標に突っ込んで爆発する。

こうして6月の反抗開始以来、ウクライナ軍はウクライナ中南部のトクマクを少しずつ進撃している。ロシア軍は電波戦でドローンを安易に落としているものの、スターリンクの衛星経由で5G回線を使用したドローンに手を焼いているのだ。

ただし、総司令官のゼレンスキー大統領はポーランドを怒らせ、9月の国連総会で「供与武器は出さない」と言われた。西側連合は今、ギクシャクしている。そして、もし来年11月の米大統領選挙でトランプが勝てば、2025年1月に大統領に就任した翌日、米国からの供与も完全に止まる。さらに、秋の「泥濘期」になれば地面はぬかるみ、「全ての戦闘は止まる」と識者たちは言う。

時間がないウクライナは、いったいどうすればいいのか?

■「七人のサムライ」作戦とは?

元・陸上自衛隊中央即応集団司令部幕僚長の二見龍氏(元陸将補)はこう言う。

「ウクライナ軍は西側から供与されるF16が来るまでの御膳立てを、地上でしなければなりません。作戦計画は泥濘期、来年の凍結期、泥濘期、乾燥期を通して作成されています。

泥濘期が来るのは避けられないので、それで戦闘が止まると言うのは、短期間の作戦計画しかないことであり、歩兵の特性を活かしておりません。

泥濘では戦車が一度通り過ぎ、ギュンと方向転換するだけで1m以上の深さの溝ができます。そのため、戦車が何度も通ると泥濘になり、走行不能となります。そのため、戦車を使わず歩兵の力を発揮して攻めます。または歩兵戦闘車が何度も同じ所を通らなければ泥濘にはなりにくいでしょう」

では、どんな歩兵の作戦があるのだろうか?

「まず、ロシア軍の第一線陣地の地雷原は『活性化地雷原』といって、対戦車地雷の処理を妨害するため、ワイヤーに引っかかると空中で爆発する跳躍式対人地雷や、踏むと爆発する圧力式対人地雷がセットされているので地雷の処理を難しくしています。

この第一線地雷原は、今、無人偵察機のサーモセンサーで位置評定し、クラスター弾で対戦車地雷を破壊し活性化地雷を誘爆させることができます。第二線地雷原にロシア軍はそれほど手間をかけられません。だからここで、『七人のサムライ』作戦を遂行します」(二見氏)

夜間、ウクライナ軍は歩兵装甲戦闘車で最前線に接近する。写真はウクライナと欧州軍との訓練(写真:ウクライナ国防省) 夜間、ウクライナ軍は歩兵装甲戦闘車で最前線に接近する。写真はウクライナと欧州軍との訓練(写真:ウクライナ国防省)
どこかで傭兵を集めるのだろうか?

「いいえ。夜間、ロシア軍陣地に歩兵戦闘車一台を接近させます。そこから暗視装置と、ウクライナ軍が"透明マント"と呼ぶ装備(※)を着用した七人のサムライ、すなわち一個分隊の歩兵が散開します。まず対人地雷を無力化し、対戦車地雷の周りを掘り対戦車地雷をひとつずつ隠密処理して、当初、歩兵用の通路、逐次車両用へ拡幅していきます。

ウクライナ軍はレベルの高い訓練を受けているので、ロシア軍兵士と強さが全然違います。歩兵同士の戦いになれば、ウクライナ軍が圧倒的に強いです」(二見氏)
(※断熱素材で作られ、露軍赤外線カメラに探知されない)

では、具体的にどんな歩兵戦闘になるのだろう。

「夜間、ウクライナ軍歩兵は、優れた性能の米軍の暗視装置を装着しています。これで七人のサムライが地雷原に作られた歩兵用通路により隠密にロシア陣内へ潜入し、偵察用無人航空機が発見した塹壕内のロシア兵を倒していきます。

10~20mでロシア兵と銃撃戦になれば一度引き返し、爆撃ドローンを呼んで手榴弾を投下して無力化します。そして、塹壕に入れば今度は塹壕内の掃討をします。

後方にいるロシア軍はウクライナ軍から夜間襲撃をされたと分かれば、まず偵察兵と増援を出します。ナイトビジョンを装着したウクライナ軍の狙撃兵銃とライフルによりロシア歩兵を狙撃していきます。次にロシア軍は地雷原の空いている経路を使用した機動打撃へ移行し、戦車と装甲車を送り込んで来ます。

この経路は事前に偵察で分かっています。ウクライナ軍砲兵火力を指向発揮し、戦車が機動力を発揮できない状態にしたところをジャベリンミサイルにより破壊します。こうしてロシア軍戦力を削り込んでいきます」(二見氏)

そこから、米国供与の暗視装置を付けたウクライナ兵が下車して、隠密裏に地雷原を手作業で除去し、突入経路を作る(写真:ウクライナ国防省) そこから、米国供与の暗視装置を付けたウクライナ兵が下車して、隠密裏に地雷原を手作業で除去し、突入経路を作る(写真:ウクライナ国防省)
ウクライナ軍歩兵の「七人のサムライ」の一個分隊が、次々とロシア軍の塹壕に入り陣内のロシア兵を処理していく。やがて戦場は明け方を迎える。

「昼間は砲兵の時間です」

■昼間の泥濘戦争

24時間戦闘で泥濘期の戦争をする。地上は泥濘になっても、空は無人機ドローンが飛べる。さらに、後方にいる砲兵部隊は泥濘とは無関係だ。

「まず、上空を飛んでいるロシア軍無人機をEW電子戦でどんどん落します。次に上空を飛ぶウクライナ軍偵察ドローンからの情報で、砲撃を開始します。射程が数kmならば、隠蔽された120mm迫撃砲で上から砲弾を落します。距離十数キロならば、連続速射の可能な105mm榴弾砲を、精密誘導が必要ならば155mmM777を叩き込みます。 

最初に狙うのはドローンの操縦者たち。次に、予備のドローンが集積してある場所を潰します。それからロシア軍の対無人機ドローン電子戦部隊を叩き潰し、ロシア軍無人機部隊を壊滅させます。

そして、偵察ポイント、歩兵のいる塹壕、最前線司令部、その後ろの兵站施設、反撃用戦車、装甲車待機所を次々と砲撃で潰します」(二見氏)

今、砲兵部隊はウクライナを1とすると、ロシア軍の砲兵部隊は3と、3倍の数が毎日やられていると言う。

「米軍から供与されたウクライナ軍の砲迫レーダーは、ロシア軍が撃った瞬間にその発射位置を割り出します。それを砲弾ウーバーと言われる指揮統制システムによって、ちょうど砲撃できる部隊に瞬時に情報が伝わるので、砲撃して潰します。

その成果が1対3以上のキルレシオ(空中戦における自軍と敵軍との撃墜比)に出ています。ウクライナ軍は6月から高価値目標として、砲兵狩りをしていますから。

使う砲弾は全て、クラスター弾でよいと思いますが、もしコンクリート陣地を発見したならば貫通弾で破壊します。高機動ロケット砲システム・ハイマースで、その後方にいる電子戦、砲兵部隊、指揮所、補給場所、兵站部隊を叩きます。こうして、ロシア軍歩兵は毎日2個大隊ずつやられています」(二見氏)

現在、ロシア軍の最前線に開いた地・トクマクを目指す突破口は、横に広げていかなくてよいのだろうか?

「幅が20kmありますから、今の状態で十分ですが、さらに広げることができれば有利になるでしょう。11~12月の泥濘期になれば、トクマク陥落を追求するために夜間は歩兵分隊の『七人のサムライ』、昼間は砲兵中心で作戦を進めます。そうすれば、今度はウクライナ軍の砲兵が有利です」(二見氏)

「七人のサムライ」と呼ぶ、暗視装置とサプレッサー装備の小銃を持った一個分隊が、地雷原に作った突入路からロシア軍塹壕に忍び寄り、ロシア兵を次々と倒していく。写真は欧州との訓練 (写真:ウクライナ国防省) 「七人のサムライ」と呼ぶ、暗視装置とサプレッサー装備の小銃を持った一個分隊が、地雷原に作った突入路からロシア軍塹壕に忍び寄り、ロシア兵を次々と倒していく。写真は欧州との訓練 (写真:ウクライナ国防省)
しかし、上空はロシア空軍の航空優勢だ。

「もちろんロシア空軍が1日40~80機は飛んで来るため、ウクライナ軍は戦車を出せません。なので、歩兵の『七人のサムライ』分隊を夜間に出し、地対空ミサイルで守られた後方に砲兵部隊を展開して攻撃します。

ロシア空軍は、ウクライナ軍地対空ミサイルの射程外から、精度の悪い誘導爆弾を落していく形を維持します。ここで戦車、地対空ミサイル部隊、砲兵部隊をガーンと前に出せば、瞬間にロシア空軍の爆撃で相当な数がやられます。泥濘期は、『七人のサムライ』が夜間に動き回り、静かにロシア兵を漸減していくのです」(二見氏)

ロシア軍の予備兵力は潤沢なのか?

「ロシア軍は砲兵が少なくなり、守備部隊は逆襲ばかりしているので、予備兵力は枯渇しています。この状態で、射程距離300kmの地対地ミサイル・ATACMSを航空基地へ打ち込めば、叩き続けられます。両軍が四つに構えている状態から、ある時に分水嶺が崩れ、一挙にウクライナ側有利に傾くでしょう」(二見氏)

■射程300kmのATACMS投入

F16の前に、射程300kmに達するハイマースから撃てるATACMS弾各種(ブロック I・射程165km・搭載子弾950個、ブロック IA・最大射程248km・搭載子弾 275個、ブロック II・最大射程140 km・搭載子弾13発、ブロック IIA・最大射程300 km・搭載子弾 BAT無動力滑空型誘導式子爆弾6発)が入れば、また最前線は変化するのであろうか。

「冬場は寒さが敵です。その場合、補給が効いていて、暖かい待機所と温かい食事が食べられれば、士気も高い。もし、ロシア軍にそれらの弾薬、燃料、食料などの補給物資が入らなくなれば、部隊の士気が低下します。だから、この兵站を徹底的にATACMSで叩きます」(二見氏)

ロシア軍の補給インフラは鉄道と船だ。鉄道はロシア本土からクリミア大橋を通り、クリミア半島経由で南部に届く。しかし、今その南部に繋がる橋が空中発射巡航ミサイル・ストームシャドウで破壊された。なので、トラックで運んでいる。

南部は全てトクマクまで繋がる一本の鉄道に頼っている。しかし、その鉄道は海岸から約50~60kmの内陸を通っているので、戦況が進むと使えなくなる。その場合は、アゾフ海のベルジャンスクにある港湾施設から海岸沿いの陸路で運ぶ。

「まず、最前線から110kmのベルジャンスクを、遥か後方からATACMSで撃って、そこの鉄道と港湾施設を潰します。そして、ここのうるさい航空基地も叩きます。ロシア軍の頼みの綱は航空攻撃だからです。次に、海岸沿いのメリトポリに続く十数か所の橋梁を落とします。兵站線をとにかく破壊するのです」(二見氏)

昼間は、ウクライナ軍砲兵部隊の担当や写真の155mmM777榴弾砲、そして105mm榴弾砲、120mm迫撃砲で徹底的にロシア軍陣地を砲撃する。写真は米陸軍の訓練(写真:米陸軍) 昼間は、ウクライナ軍砲兵部隊の担当や写真の155mmM777榴弾砲、そして105mm榴弾砲、120mm迫撃砲で徹底的にロシア軍陣地を砲撃する。写真は米陸軍の訓練(写真:米陸軍)
残りは、クリミア大橋だ。

「これは緒戦で、ハイマース発射機が4両しかない時と同じように、慎重に使います。

まず、トクマクへの突破口の真ん中に機動路を整備します。それでチャンスを窺い、ハイマースをクリミア大橋に向けて一気に発射、30秒以内に撤収させます。クリミア大橋を奇襲すれば、ロシア軍は反撃をおこなうからです。

これは、せっかく諸事情をクリアして渡したのにすぐに破壊されたら、『虎の子をなんてことするのだ』と西側諸国から確実にクレームがあり兵器支援に影響を受けます。ウクライナは思った以上に難しい戦争をしています。そのため、『懸命に戦っている結果、事態は好転を続けています』と米国や西側諸国に納得させなければなりません」(二見氏)

地上戦での「F16が来るまでの御膳立て」とは、どこまでを指すのだろうか?

「クリミア大橋を落せる体制が取れたら、御膳立てができたことになると思います」

デンマークはF16を19機、ウクライナに供与すると明言している。年明け前後にまず6機を供与する見通しだ。年明けまでに地上の「七人のサムライ」分隊たちと長距離砲兵火力、ドローン攻撃が、どの程度の戦果を上げているのか......。御膳立ては、いまこの瞬間も続いている。
10月2日、本誌記事と週プレNEWSに掲載された軍事記事がまとめられ、並木書房から書籍となった。その本で二見龍氏(元陸将補)は陸戦を徹底分析された 10月2日、本誌記事と週プレNEWSに掲載された軍事記事がまとめられ、並木書房から書籍となった。その本で二見龍氏(元陸将補)は陸戦を徹底分析された