佐藤優さとう・まさる
作家、元外務省主任分析官。1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞
ウクライナ戦争勃発から世界の構図は激変し、真新しい『シン世界地図』が日々、作り変えられている。この連載ではその世界地図を、作家で元外務省主任分析官、同志社大学客員教授の佐藤優氏が、オシント(OSINT Open Source INTelligence:オープンソースインテリジェンス、公開されている情報)を駆使して探索していく!
* * *
――X(旧Twitter)に電気自動車、そして宇宙にいたるまで全領域で活躍しているイーロン・マスク。ロイター通信が『マスク氏、ゼレンスキー氏の軍事援助要請を揶揄(やゆ)』と報道すると、Xに「5分経っても10億ドルの援助を求めてこない」とゼレンスキー大統領を嘲笑するミームを掲載。これに対してウクライナが反発しています。
ウクライナ軍にとってイーロン・マスクが提供している「スターリンク」は死活的な役割を果たしていますが......。
佐藤 イーロン・マスクは「ウクライナがクリミアを取ることは絶対にできない。そんなこと試みれば世界戦争になる」と言って、スターリンクシステムがクリミアに近づくと切れるよう指示していました。それも背景のひとつでしょうね。
――イーロン・マスクがなぜ、ゼレンスキーの援助要請を揶揄したんですか?
佐藤 国連でゼレンスキーがポーランド相手に暴れたからじゃないですか。
――なるほど。
佐藤 そこから説明するとわかりやすいです。
ウクライナは今年、小麦が豊作です。僕もロシアの新聞をきちんと読むまで、ウクライナが小麦を輸出するために、ポーランドを抜けてヨーロッパに行く列車を通せってことで暴れてると思っていたんです。
しかし、そうではありませんでした。ポーランド向けにウクライナ産の小麦を売るのを認めろ、と言っていたんです。ポーランドを通過して西側やアフリカに出すのではなく、ポーランド向けにちゃんと売らせろと言って暴れている。そしてポーランドは「それは勘弁してくれポーランドの農家が崩壊してしまう。我々はウクライナ産小麦の国内通過を全部認めてるじゃないか」と反論したわけです。
――米国・西側諸国から供与される武器は、ほとんどがポーランド経由でウクライナに入ってます。それなのに、なんでそんなバカなことを言い始めるんですか?
佐藤 金が欲しいからです。そして、ウクライナの意識だと「ロシアに世界が席巻されないように、お前たちのために戦ってやるんだから援助して当たり前だ」と。これが本音です。
――イーロン・マスクはその辺りを含めて、ゼレンスキーの金の亡者ぶりを揶揄した。
佐藤 そう見ていいと思います。今出ている『イーロン・マスク』の評伝が面白いんですよ。
――初の公式伝記ですね。佐藤さんから見たイーロン・マスクは天才ですか?
佐藤 金さえ持っていれば、ああいうふうになる人はよくいますよ。
――そんなにイーロン・マスク系がいるのですか?
佐藤 1000億円以上持つと、あのような人間はたくさんでてきます。ロシアでも山ほど見ましたよ。国有財産を横領したり、石油・ガスで大儲けするなどして、結構な人数が1000億円以上持っていました。
米国では国家資本の横領は出来ないし、石油ガスにはすでに巨大資本が入っているから割って入れません。私の知っているロシアの寡占資本家だって、米国みたいな環境にいたならば、マスクくらいの仕事はしたと思いますよ。
――なるほど。
佐藤 マルクスが『資本論』で「資本家というのは、特定の人間の性格を問題にするのではなくて、資本が人格化している」と言っています。
だからマスクがあれだけ金を持っているというのは、マルクス経済学的に言えば「よく従業員からこれだけ搾取しましたね」となります。つまり、マスクの巨大資本は従業員を搾取した証拠ですよね。
――佐藤さんは評論で、「マスクはマルクス理論を受肉した人間である」と断じています。
佐藤 そうです。だから、マスクの行動は資本論に書いてある通りですよ。
――しかし、マスクは天才だ、とかよく言われますけど、佐藤さんの印象は?
佐藤 マスクが失敗したとしても、別の人間が同じ事をしますよ。そこら辺にいる人がね。
――誰でもマスクになれてしまう、と。
佐藤 クレジットカードを安心して使いたい。もし、事故が起こったら面倒見てくれる決済システムがあればいいなって、みなさん思いませんか?
――思います。
佐藤 地球温暖化について色々言われていて、内燃機関に比べれば作るのが圧倒的に簡単で電気で動く自動車が作れないかな、と思いませんか?
――思います。
佐藤 月や火星に行きたいと思いませんか?
――思います。だんだんイーロン・マスクが普通のおじさんに見えてきました。
佐藤 普通の人が思いつく程度のことを、巨大資本の強引さによって実現に向けて進んでいった、ということですよね?
――他人から搾取してお金を集めることが上手だったと。
佐藤 そうです。普通はこういうふうにやると疲れます。ZOZOの前澤友作さんは疲れてしまった。しかし、マスクは疲れません。そこにはやはり脳の接続や親の虐待など、色々な要因があるかもしれないですね。
――やはり、マスクはマルクス資本論を受肉した"化身"。
佐藤 そうだと思います。だから、いつまでも資本の論理を実行し続けると、普通の人間は疲れて引退してしまうにもかかわらず、マスクはまだまだ現役なんでしょう。
――マスクは止まらない!
佐藤 一生涯食っていける金があるんだったら、現金化してリタイヤするケースがよくあります。それが不安定な環境で、常に戦っていなきゃいけない人生を選んでいます。これは資本の論理を体現しているからですよね。
――なるほど。
佐藤 そういうふうにマスク評を読んだほうがわかりやすいですよ。ああいう人間をあんまり持ち上げるのは間違いだと思いますけどね。
――かつてスティーブ・ジョブズ伝を書き、今回イーロン・マスク伝を書いたウォルター・アイザックソンについてはどうとらえればいいのでしょうか?
佐藤 かつてキッシンジャーについてのしっかりした評伝を書けた人がこの類の本を書くんですから、結局金だと思います。マスクの自伝も世界同時発売だから、印税はとんでもないと思いますよ。
――書いた作家はそれで引退しようとしているのでは?
佐藤 その点についてはよくわかりません。今回の本でも、色々と敵対する立場の人間に取材してはいますが、最後の評価で全部マスク側の意見を正当化しています。これでは敵対する人間に取材した意味はありません。
――ノンフィクションの体裁を整えた"大金持ち万歳本"ですね。
佐藤 だからこそ公認の伝記になる。総会屋のやり方で出版された本ですよね。
――まさに。
佐藤 ただ、日本人にはウクライナ戦争の落とし所を考える人が少ないですが、イーロン・マスクには考えつく能力があるのですよね。
次回へ続く。次回の配信は11月3日(金)予定です。
作家、元外務省主任分析官。1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞