四国程の面積のイスラエルは、攻撃を受ければ、即、本土決戦。その国土を守れる能力を持つ、一人のイスラエル陸軍兵士は貴重な人材(写真:柿谷哲也)四国程の面積のイスラエルは、攻撃を受ければ、即、本土決戦。その国土を守れる能力を持つ、一人のイスラエル陸軍兵士は貴重な人材(写真:柿谷哲也)
今も続くハマスとイスラエルの大規模衝突。パレスチナ自治区ガザ地区を実効支配するハマスは、イスラエル側に3300人の死傷者を出させ、約200名の人質をガザ地区に連れ帰った。バイデン米大統領は、パレスチナ側の発表する数字には確信がないとするが、ガザ地区ではすでに7000人が死亡としているといわれる。

そうしたなか、イスラエル空軍は連日、数百カ所への壮絶な空爆を続け、10月28日にイスラエルのネタニヤフ首相は、「これは戦争の第二段階だ」と発言し、地上侵攻を開始した。

一方のハマスは、深さ最大80mに達する総延長500kmのトンネルをガザ地区地下に張り巡らせている。そこには都市が丸ごと作られ、地下壕や司令部、倉庫が存在。さらには1000カ所余りのロケット発射地点に繋がっている。

その規模はベトナム戦争でベトコンが作ったトンネルの10倍と言われ、まさに難攻不落の地下大要塞だ。イスラエル軍(以下、イ軍)が地上作戦を進めれば、双方にすさまじい数の戦死者が出る。

元・陸上自衛隊中央即応集団司令部幕僚長の二見龍氏(元陸将補)はこう言う。

「第四次中東戦争で、イ軍は2600名以上が戦死しています。イスラエルは人口950万人で、正規の陸軍を12万人とすると、80名にひとりが兵士。米国は人口3.3億人で、陸軍が48万人。700名にひとりが兵士。つまり、イ軍兵士は米軍の9倍の重要性があります。

また、イスラエルは四国ほどの大きさで、そこに侵攻されると即、決戦となります。そのため、領土確保能力を持っている陸軍兵士というのは、非常に価値が高く、イ軍にとっては1名の兵士には米兵20名以上の価値があります」

とすれば、イ軍は1名でも戦死させない、自軍にとって超安全な作戦案を実行するはずだ。

「第四次中東戦争の時は、イ軍は2600名戦死、アラブ連合は1万9000名が戦死し、7倍の損害を与えています」(二見氏)

そのくらいイ軍は敵を殲滅させなければ戦争は終わらないのだ。

「今回、ハマスは奇襲でイスラエルの民間人を含めた無差別殺人を行ない、さらに人質を取るというテロ行為をしています。イスラエルにとって、これは国家の正規軍対正規軍の戦争ではなく、テロリスト掃討作戦となります。当然のことながら、イ軍はテロ撲滅の観点からの徹底した戦いが予想されます」(二見氏)

つまり今回の武力衝突は、徹底した戦いとなり、戦場は悲惨を極める。

■作戦のシミュレーション

では地下トンネルではどんな戦いになるのか、二見氏に聞いた。

「ハマスは地下トンネルでイ軍を待ち伏せしています。私は常に、『敵が周到に準備し待ち受けているところでは戦わない。要は敵の強点では戦わない』『危険だとわかっているところへ歩兵を単独では行かせない』、これらを作戦立案する上で徹底しています。 この場合、ハマスの作ったトンネルの中で戦闘をするという選択肢はほとんどありません」(二見氏)

では、イ軍はどう戦うのか。

「ハマスはトンネルという非対称戦を仕掛けて来ました。これに対して、トンネル"非非対称戦"をイ軍は仕掛けます」(二見氏)

トンネル非非対称作戦は、F15からの爆撃から始まる(写真:柿谷哲也)トンネル非非対称作戦は、F15からの爆撃から始まる(写真:柿谷哲也)
非対称戦とは、自身が優位に立つために相手との違いを活用する戦い方。ゲリラ戦略もこれにあたる。その上で、非非対称戦......。

「トンネル内に入れば、ハマスとイ軍は一対一の戦いになり、イ軍の物量と装備の優位性はなくなります。これがハマスの望むトンネル非対称戦です。

イ軍はハマスの強点を発揮することができない、トンネル非非対称戦を仕掛けます。お手本は、太平洋戦争での米軍の沖縄上陸作戦。米軍は硫黄島で多数の戦死傷者を出した。そのため沖縄では、大日本帝国陸軍の作った地下壕、トンネルには一切入らず、発見すればブルドーザーで潰すか、ガソリンを流し込んで点火、または入り口を爆破して塞いでいました。

今は、さらに装備がかなり良くなっていますから、イ軍はさらに効果的な戦闘を展開するでしょう」(二見氏)

具体的にはどのようにするのか。二見元陸将補はこう言う。

「まず、ガザ地区中央部に幅2~3kmで東西に貫く回廊を作ります。そして、その回廊の南北の地下要塞地域を地下40mまで達する地中貫通爆弾(バンカーバスター)で徹底的に潰していきます。続いて、中央部分には155mm榴弾砲に遅延信管を入れた砲弾を打ち込んで破壊する。こうして、その回廊部分のトンネルなどの地下施設を確実に破壊していきます」(二見氏)

投下されるのは、地下40mまで貫通して破壊するバンカーバスター(写真:米国防省)投下されるのは、地下40mまで貫通して破壊するバンカーバスター(写真:米国防省)続いてイ軍機甲部隊は、装甲ブルドーザーD9Rを先頭に夜間、トンネル地下要塞地帯に突入する(写真:柿谷哲也)続いてイ軍機甲部隊は、装甲ブルドーザーD9Rを先頭に夜間、トンネル地下要塞地帯に突入する(写真:柿谷哲也)それに続くは120mm砲搭載のメルカバ戦車(写真:柿谷哲也)それに続くは120mm砲搭載のメルカバ戦車(写真:柿谷哲也)
夜間には装甲ドーザーを先頭にメルカバ戦車の機甲部隊を入れれば、地中海の海岸まで打通できる。

「この打通した回廊にイ軍が常駐するかは、ハマスの撃破状況を見て選択します。最初は線ではなく拠点にして、それを繋げていく方式を取ります。この回廊の幅は、射界を広げることによって拡大できます」(二見氏)

トンネルから出てくるハマスは即座に反撃して潰すのだ。

■分断回廊南部

では、ガザ地区を回廊で分断したあとは?

「その回廊から北部は、ハマスがトンネルで待ち受ける戦闘地下要塞エリアです。分断した南部はハマスの司令部、地下工場、兵站施設があります。

施設が深大化すればするほど、発電して照明を全て繋げないといけないわけです。同時に、大きな施設を維持するためには換気用の動力による強制給排気が不可欠となります。当然、大型発電機の排煙も外に排気する必要があります。すると大きな吸排気口が、あちらこちらにあるはずです」(二見氏)

発電機からの排気煙は周囲の空気より温度が高い。夜間無人機がサーモセンサーで見れば、温かい煙はどこから出ているか容易に分かる。

その機甲部隊の上空をイスラエル軍無人偵察機が見張り、無人自爆機は敵がいれば攻撃する(写真:柿谷哲也)その機甲部隊の上空をイスラエル軍無人偵察機が見張り、無人自爆機は敵がいれば攻撃する(写真:柿谷哲也)夜間、敵が数多く出てきたら掃討を担当するのはアパッチ攻撃ヘリ(写真:イスラエル国防省)夜間、敵が数多く出てきたら掃討を担当するのはアパッチ攻撃ヘリ(写真:イスラエル国防省)

「その排煙口をバンカーバスターで潰します。その近くに規模の大きな出入り口があります。大型発電機を搬入するためのものです。確実に破壊していきます」(二見氏)

排煙口と大きな出入り口を塞がれれば、発電機は止まり、暗闇が地下を支配する。

「次に大型の燃料タンクを攻撃します。そして、その燃料は地下通路を通じて、全ての地下トンネルの深部へ気化しながら流れ落ちて行きます」(二見氏)

暗闇の中でフラッシュライトの電源もなくなり、ロウソクなどに点火しようとハマスがライターを作動させる。その火花が気化した燃料に点火。燃料気化爆弾と同じ爆発が地下で起こる。そして、地下工場の火薬、爆薬類、さらに兵站施設の弾薬や爆弾類に引火する。回廊南部の地下で、次々と連鎖した爆発が発生するのだ。それはイ軍の空爆ではない。ハマスの備蓄した燃料と火薬、爆薬による自爆だ。

「火がついて広がれば酸素を奪いますから、トンネル内の環境はもう激変します」(二見氏)

人間は酸素がないと死ぬ。二見元陸将補の作戦は徹底している。

「ガザ市南側に『ワディーガザ』という、イスラエルが『住民はその南以降に避難せよ』と示した線があります。そこは峡谷の谷間ですが、ここに横槍を入れます。ハマスは南に逃げようとして、ここを必ず渡って来ます。そこは逃しません。トンネルから出て地上を通るので、そこを砲撃と空爆を指向します」(二見氏)

砲撃演習地の着弾地帯のようにするらしい。

■分断回廊北部

ハマスの北部にあるトンネル地下要塞は、イ軍の回廊により南部と分断されたので、補給物資、兵站が届かくなる。

「夜間、イ軍は北部から、マス目に区切ったエリアを装甲ブルドーザーと、メルカバ戦車、装甲歩兵戦闘車により安全化をおこないます。安全化は上との入り口と空気穴を装甲ブルドーザーで潰します」夜間、

装甲ブルドーザーで潰せない入り口は、イ軍歩兵が燃焼性の高い液剤を流し込んで点火する。煙の出たところが換気口、またはトンネルへの入り口だ。発煙によって発見した穴は、装甲ブルドーザーで潰す。

作業をしていないマス目の区域の上空には、サーマール画像装置と暗視装置を搭載した無人偵察機を飛ばす。地上にハマスが姿を現わしたら、すぐに無人自爆機を突っ込ませて無力化するのだ。さらに、イ軍のアパッチ攻撃ヘリが離陸。上空からサーモセンサーと暗視装置で地上に出ているハマスを発見。数名ならばヘルファイヤミサイルで、ひとりふたりなら30mm機関砲で排除する。

性能の良い暗視装置を持つイ軍は夜を昼に変えて戦い、穴を塞ぎまくるのだ。そして明け方、イ軍機甲部隊は北部から出る。

■北部の昼間

北部トンネル要塞地帯上空には無人偵察機がずっと飛ぶ。ハマスが地上にそっと出てきても、すぐにその位置は探知されてガザ地区外側の砲兵部隊に連絡される。

そこで活躍するのが、「アイアン・スティング」と呼ばれる120mm誘導迫撃砲弾だ。レーザーとGPSによる誘導機能で、ピンポイントでハマスのロケットランチャーを破壊している。

「時代は変わりました。迫撃砲は短時間に大量の砲弾を指向できるのが特性ですが、精密誘導になれば、一発で蹴りがつく。大変なことです。

ただ、破片で兵員は除去できますが、入り口は埋められません。155mm榴弾砲の砲弾を遅延信管に変えて、内部構造を壊す砲撃を加えます。それでも潰せないような大きな入口ならば、空軍に頼んでバンカーバスターで破壊します。

そして、その辺りにハマスがまた地下から出てくるのに備えて、戦車と自走砲をガザ地区の塀の外から砲撃で届く範囲に展開します。再びハマスが地上に出たならば、戦車砲と自走砲で綺麗にします」(二見氏)

昼間は、トンネルにイ軍兵士はひとりも入らず、入るのは各種砲弾とミサイルだけだ。そしてまた夜が来ると、北部の次のマス目に穴をひたすら塞ぐイ軍機甲部隊が入って行く。

「地下トンネルのハマスは燃料がなくなり、発電設備が動かなくなれば、中は真っ暗。すると地上に上がってきますから、そこを狙います。持久戦になると、どっちが不利なのかよく考えないといけません」(二見氏)

■"エンド・オブ・ステイツ"

「戦いの"エンド・オブ・ステイツ"は、ハマスのインフラを丁寧に全部潰す。そして、ハマスが立ち上がれない状態にすることです。それを数か月かけてやります。地下にいるハマスは、補給が弱点となります。3カ月以上燃料を確保することは難しいからです。

トンネルに入って戦うのではなく、ハマスが地下にいられない環境を作る。そして、地上にハマスを出して撃破するか、出てこられないようにして、地下にいる段階で無力化します」(二見氏)

ガザ地区北部は、数か月後どうなるのだろうか。

「ハマスのトンネルの地上に開いた穴が、流し込まれたコンクリートで堅く乾いているだけです。不発弾がたくさん転がっていますから、人道支援という形で国連に入っていただいて、ガザの安全化を図ります。復旧して、ハマスと無関係な人々に元に戻ってもらい、安心して生活ができる基盤を作ります」(二見氏)

また、ハマスは復活するのでは?

「当面は出来ません。ハマスはそれを30年かけて作りましたから。向こう30年は安心となります」(二見氏)

ガザ地区を安定化した後、イスラエル側はどうすればいいのか。

「物理的に防御を強くします。可能であれば塀と鉄条網を何重にして、その間を地雷原にします。見本は朝鮮半島の38度線、DMZ(非武装中立地帯)ですね」(二見氏)

すさまじい量の地雷が埋められているガザのDMZを作り上げるのだ。

■結論

シミュレーションしてみて分かったが、確かにイ軍兵士の戦死者は少なくできる。

しかし、ガザ北部はハマス全員が地下に葬られた墓地となる。ハマスの戦闘員の総数は1万5000人から20000人と言われている。しかし、その地下にはハマスに共鳴する一般市民、さらにはハマスが誘拐した人質も残っている可能性がある。すると、少なくても数万人から10万人単位の死者が出てしまう。

そんなすさまじい被害が出るならば、いち早く国連の提唱する人道的休戦が実施され、人道回廊が設営されて、全ての人質が一刻も早く解放されることを切に願う。