前川仁之まえかわ・さねゆき
1982年生まれ、埼玉県立浦和高校卒業、東京大学理科一類中退。人形劇団、施設警備などを経て、立教大学異文化コミュニケーション学部に入学。在学中の2009年、スペインに留学。翌年夏、スペイン横断自転車旅行。大学卒業後、福島県郡山市で働いていたときに書いた作品が第12回開高健ノンフィクション賞の最終候補に。近著は『人類1万年の歩みに学ぶ 平和道』(インターナショナル新書)
イスラエルによるハマスへの攻撃が激化する一方、昨年から始まったウクライナとロシアの戦争もいまだ終わりがまったく見えていない。
そんな中で、「侵略から国を守る」側として国際社会から支援を受けるウクライナは、イスラエルによる侵攻をどう見ているのだろうか? 現地の通信社で働く日本人・平野高志さんに聞いてみた!
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10月7日、パレスチナ自治区のガザ地区を実効支配するイスラム武装組織「ハマス」は数千発のロケット弾でイスラエルを急襲。これに対しイスラエルは宣戦を布告した。
中東で新たに生じた大規模な戦闘「イスラエル・ハマス戦争」(以下、ガザ戦争)に世界の注目が集まる中、難しい立場に置かれている国がある。ロシア軍による侵攻と戦い続けているウクライナである。
ただでさえ、ロシア・ウクライナ戦争の長期化で、一部の西側諸国でも「支援疲れ」がささやかれるなど、国際社会における存在感がやや低下しているところだ。では、ウクライナの人々は中東の事態をどう見ているのだろうか?
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ウクライナ政府は新たな戦争に対しどのようなスタンスを取ろうとしているのだろうか。ウクライナのグローバルメディア「ウクルインフォルム通信」の編集者で、現地の情報を発信し続けている日本人、平野高志氏に解説してもらった。
「今回ウクライナ政府はゼレンスキー大統領も外務省もイスラエルを支持するような発表をしていますが、それはまず何よりも『テロは根絶しなければならない』との立場からです。
ウクライナは、ロシアが民間人を狙って攻撃していることをテロと見なしています。ロシアのテロを非難する以上、ハマスのテロも非難しないわけにはいかない、という考えです。
とはいえ、ウクライナとイスラエルの関係は複雑です。特に2014年、ロシアがウクライナのクリミア半島を占領して以来、両国の見解はしばしばかみ合わないことがありました」
14年3月、ロシアはクリミア半島を占領し、次いで親露派による独立宣言が行なわれたウクライナ東部の2州を支援し続けてきた。
ウクライナ政府としては、親露派に独立宣言をさせて「併合」や武力介入を正当化する、というロシアの常套(じょうとう)手段はとうてい認められない。そこで国際法を盾にロシアを非難するわけだが、困ったことに国際社会の「無法者」はロシア以外にもいる。
そのひとつがほかでもない、イスラエルだ。同国は例えば第3次中東戦争(1967年)でシリアから奪ったゴラン高原を長期の占領の後に「併合」して今に至るが、日本も含め国際社会はいまだにそこをイスラエルの領土だとは認めていない。
そして、パレスチナ自治区のヨルダン川西岸と東エルサレムにイスラエル国民の居住を進める「入植」も、国際法違反として非難を浴び続けている。
「ウクライナも、やはりイスラエルの入植は非難してきました。16年に国連安保理に入植非難決議が出された際にはウクライナも賛成を投じました。結果、棄権したアメリカ以外の14ヵ国が賛成で一致し、採択されたのです。
これにはイスラエル政府が激怒しまして、当時予定されていたウクライナの首相のイスラエル訪問を一方的に取り消してしまいました」
ちなみにこのときのアメリカの〝棄権〟は、同国にしては珍しくイスラエルに厳しいほうの対応だったという。
「まとめると、ウクライナ政府はイスラエルに対し、ふたつの判断軸を持っているということです。テロと戦うことについては支持し、国際法を侵犯していることについては非難する。先日、政府関係者に話を聞きましたが、この立場は今回のハマスの襲撃以降も変わっていません」
一方、イスラエルはウクライナに対して、微妙に距離を置いている。
例えばハマスのテロが起きたとき、ウクライナのゼレンスキー大統領はいち早くイスラエルに弔意と連帯を表明するとともに、同国への訪問を希望したが、「今はその時ではない」と断られてしまった。平野氏はこう語る。
「話を聞いたときは、拒否するんだ!ってびっくりしましたよ(笑)。考えてみたら断る理由も想像できますが。
ゼレンスキー大統領がイスラエルを訪問したらおそらく、『ハマスとロシアは共にテロリスト集団である』といった発言をする。イスラエルのネタニヤフ政権としては、今の難しい状況の中でロシアを敵に回すのは避けたい。だから断ったのだと思います」
これまでウクライナは各国の支援を得てロシアの侵略と戦ってきた。ここで注目がイスラエルに移ると、支援が減ってしまう――そういった不安はあるのだろうか?
「支援をしている欧米の国々から『今後も支援は変わらない』と確証を得ているので、政府関係者レベルではそういった不安はないと思いますよ。ウクライナ国内の報道を見ていると、国民の関心事になっているとは思いますが。
でも、自国の心配をする以前に、ウクライナの人々もガザ戦争の報道にくぎづけになっている部分があると思います」
さて、ここでウクライナの現状について触れておきたい。首都キーウ在住の平野氏によれば、ロシア侵攻により電力などの生活インフラにまで被害を受けていた昨年と異なり、今は比較的、市民生活は安定しているそうだ。
ウクライナ国民はガザ戦争に対して、どんな見方をしているのだろうか。平野氏はこう話す。
「SNSを見る限り、10月7日の攻撃直後の反応は、イスラエルへの支持の声が目立ちました。ハマスのテロは、ロシアがウクライナの都市ブチャで行なった虐殺(昨年3月)とかぶって見えたからでしょう。
トラウマ的にショックを受けた人が本当にたくさんいたと思います。『ハマスはなんてひどいことをするんだ』と、まず感情的な反応が多かったようです」
ただ、これまでイスラエルは国際法に反してパレスチナの人々を迫害してきた歴史がある。ゼレンスキー政権も国際法違反を認めない姿勢は踏襲しているようだ。一般国民はどうか。
「ガザ地区に対するイスラエルの侵攻が始まると、パレスチナに対して共感を抱いていた人の声も少しずつ聞こえてきました。私の肌感覚ではイスラエルに対する支持の声が大きいような気がしますが、必ずしもパレスチナに対する共感がないかというとそうでもないです」
イスラエルはおよそ2500年以上もの間、〝自国〟を持てなかったユダヤ人が、1948年に国際世論の後押しを受けてパレスチナの地に建てた国である。それまでは世界各地にマイノリティとして暮らしていたわけで、その結果各地にコネクションを持っている。
中でもウクライナ、特に西部のガリツィア地方は、ユダヤ人が多く暮らしていた土地だ。ユダヤ-イスラエルとの結びつきは強く、それゆえのシンパシーもあるのだろうか。
「あると思います。こっちからイスラエルに移住した人でも、ウクライナとのコンタクトはもちろん残っていますし、その分イスラエルからの情報は入りやすくなっています。
そのほか、イスラエルで暮らしているウクライナ人も当然いますし、私の知り合いにもいます。その人たちはやはりイスラエル支持を表明していますね」(平野氏)
ただ、一筋縄ではいかない事情もある。
「実はガザ地区に約800人のウクライナ人が住んでいるそうなのです。ウクライナの大学に留学していたパレスチナ人と結婚して、一緒にガザに移住した人が多くいるらしい。
今、そのうちの300人以上がガザからの避難を希望してウクライナの外務省に訴えています。脱出できなくて困っていると報じられていますし、彼らの中には死者が出ています。政権も気をもんでいます。
その人たちの声が届くようになると、ウクライナ人のこの戦争の見方が大きく変わることもあるかもしれません」
1982年生まれ、埼玉県立浦和高校卒業、東京大学理科一類中退。人形劇団、施設警備などを経て、立教大学異文化コミュニケーション学部に入学。在学中の2009年、スペインに留学。翌年夏、スペイン横断自転車旅行。大学卒業後、福島県郡山市で働いていたときに書いた作品が第12回開高健ノンフィクション賞の最終候補に。近著は『人類1万年の歩みに学ぶ 平和道』(インターナショナル新書)