佐藤優さとう・まさる
作家、元外務省主任分析官。1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞
ウクライナ戦争勃発から世界の構図は激変し、真新しい『シン世界地図』が日々、作り変えられている。この連載ではその世界地図を、作家で元外務省主任分析官、同志社大学客員教授の佐藤優氏が、オシント(OSINT Open Source INTelligence:オープンソースインテリジェンス、公開されている情報)を駆使して探索していく!
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――10月18日に開催された「一帯一路」構想の10周年を祝う国際会議で、プーチン露大統領と習近平主席が会談しました。日本のネットでは「露が中国の属国になった」との説もありました。
佐藤 ノイズですよ。無視してもよいです。
――佐藤さんはこの2国間の関係をどう評価されますか?
佐藤 互恵的な関係です。あなたはあなたの道を、私は私の道を行きますということです。ただ、同盟関係にはならないで、利害が一致する事を一緒にやっていきましょうというだけの話ですよ。
――ロシアが中国の属国や弟分になった、ということではない。
佐藤 プーチンも習近平も、互恵的な関係と言いました。その通りだと言うしかありません。公式文書と実態の間にそんなに違ったことがないのが外交の世界です。属国や弟分などと騒いでいるのは、公式文書を読まない素人の妄想みたいなものです。国家首脳は意外と嘘をつきませんから。
――佐藤さんから送っていただいた「公式文書」の英訳を読んでみましたが、「プーチンも習近平も、互恵的な関係と言った」と、その通りでした。
佐藤 そうでしょう。
――先月、鈴木宗男先生が訪露しましたが、鈴木ホットラインは健在でありますか?
佐藤 ギリギリくらいですね。やはり一年間往来がないと、パイプは必ず詰まるんですよ。もし年明けに行っていたら、鈴木さんでももう機能しなくなり、日露関係は別の位相に入ったと思います。
だから、9月の連休ぐらいがギリギリで、ちょっと遅かったくらいです。もう少し早く行っていれば、福島原発の処理水の問題もうまくいったでしょうね。 鈴木さんは、モスクワで露上院のコサチョフ副議長や、露外務省のガルージン次官と会談して、良い感触を得たようです。しかし、あと少し早く行っていれば、処理水問題でロシアを日本に引き寄せることができたと思います。
――外交は時期とタイミングが全てなんですね。
佐藤 そうです。でも、維新が鈴木さんを除名にすると大騒ぎした。結局、鈴木さんが自発的に離党したので処分はなくなりました。それがロシアに伝わり、「そんなリスクを負って来てくれたんだ」と評価されています。これは鈴木さんにはプラスになりました。外交は政府の専権事項と言われますが、政府は何も動きませんからね。そういう時には議員外交が重要になります。
――ロシアが特別軍事作戦をしている相手のウクライナですが、10月28日に地中海のマルタで、ウクライナが提案する「平和の公式」を協議する会議を開催しました。66カ国が参加しましたが、結局、インド、トルコが「ガザ地区でも国際法を順守すべきだ」と述べて、共同声明の発表は見送られました。
佐藤 現実にほとんど影響を与えることのなかった会合でした。今やウクライナが何と言っても誰も相手にしません。プレイヤーは米国。ウクライナに米国が「俺たちの価値観を守るために戦え」と命じている。その枠組みがある前提で、ウクライナが"価値観による連帯"を発信している時は、皆、聞きます。
しかし今回のように、ウクライナがひとりで何か発信しても誰も聞く耳を持ちません。米国はいま、ウクライナどころではないですから。
――イスラエルとハマスの武力衝突ですね。米国は二個空母打撃群と海兵隊部隊をイスラエル沖に投入してますからね。
ただ、10月22日にハマスのテロ攻撃に対して、米英独仏伊カナダの6カ国が共同声明を発表しました。しかし、そこに日本は入っておらず、「G7マイナス日本」と言われています。政府は「邦人の誘拐、行方不明者などが発生していない」とこの声明に加わってない理由を説明しましたが、日本は仲間外れになっていませんか?
佐藤 これは単純な理由で、上川陽子外務大臣はあの時、慌てて出国しようとしていました。しかし、外務省の中東アフリカ局が事態の深刻さを分っていなかった、それだけの話です。
――上まで報告が上がらなかったということですか?
佐藤 繰り返しますが、外務省の中東アフリカ局が事態の深刻さを理解できていなかったのです。10月11日に岡野外務事務次官がテロ行為だと軌道修正しました。初動ミスを後からちゃんと修正はできていますが。
――今月、東京で開催されたG7外相会合では、「イスラエル軍とハマスによる戦闘を一時的に止める『人道的休止』」の共同声明が出ました。今度は日本も加わっています。「G7マイナス日本」の時は、また深海の深深度にいる岸田首相の何らかの考えがあったのかと勘繰りました。
佐藤 考えはあります。岸田さん、上川 さんも強調していますが、日本は石油天然ガスがなくなったら困ります。その意味において、米国と同じ道を取れないということは、日本のエネルギー事情からはっきりしています。
――原油生産国のアラブ寄りになってしまう。
佐藤 アラブ寄りというよりも、この紛争とエネルギー問題を絡めないという考え方です。ロシアの時もそうでした。サハリンから今でも天然ガスを買い続けています。エネルギーとなるとこの政権はすごく敏感なところがあり、正しい判断をしています。我が国はエネルギーが入らないと悲惨な状況になりますから。
ここは岸田政権の良いところです。実際、殺傷能力のある兵器をウクライナに送ってないのは唯一、日本だけです。すると、日本のスタンスはもう少しイスラエルに政治的に協力しないといけないはずですよね。
――深海ならではの、絶妙のバランス外交ができていない、と。
佐藤 前回の連載でお話ししたような、イスラエルとハマスの構造を分かっている人が少なすぎるんです。日米同盟が大切で、米国がイスラエルを大切にしているため、イスラエルの方を見ていません。だから、イスラエルがどういう論理を取っているか分からないわけです。
――日本にはイスラエルの専門家がとても少ないです。
佐藤 昔からマスメディアにはあまりいません。落合信彦先生くらいですよね。
――私も1980年代に落合先生からはたくさん学びました。そんな専門家を今、育成しないとまずいのですか?
佐藤 特に必要ないと思います。政権中枢は正しい判断をしているのですから。私のところに連絡して来て、政権幹部が尋ねてくれば、私も自分の意見を伝えています。それで政府は一応、基本的な判断はできますから。少なくとも現政権の中枢は困っていませんよ。
――心強いです。
次回へ続く。次回の配信は11月24日(金)を予定しています。
作家、元外務省主任分析官。1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞
1959年神戸市生まれ。2001年9月から『週刊プレイボーイ』の軍事班記者として活動。軍事技術、軍事史に精通し、各国特殊部隊の徹底的な研究をしている。日本映画監督協会会員。日本推理作家協会会員。元同志社大学嘱託講師、筑波大学非常勤講師。著書は『新軍事学入門』(飛鳥新社)、『蘇る翼 F-2B─津波被災からの復活』『永遠の翼F-4ファントム』『鷲の翼F-15戦闘機』『青の翼 ブルーインパルス』『赤い翼アグレッサー部隊』『軍事のプロが見た ウクライナ戦争』(並木書房)ほか多数。