佐藤優さとう・まさる
作家、元外務省主任分析官。1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞
ウクライナ戦争勃発から世界の構図は激変し、真新しい『シン世界地図』が日々、作り変えられている。この連載ではその世界地図を、作家で元外務省主任分析官、同志社大学客員教授の佐藤優氏が、オシント(OSINT Open Source INTelligence:オープンソースインテリジェンス、公開されている情報)を駆使して探索していく!
* * *
――佐藤さん、大変です。日本のGDPが今年のうちに、ドイツに抜かれて世界第4位に転落する模様です。さらに、経済的に危機に瀕している英国にもやがて抜かれてしまうそうです。日本はさらに落ちて行きます。これは幸せだと感じた方がよいのでしょうか?
佐藤 GDPに囚(とら)われない方がいいんじゃないですか。
――と、言いますと?
佐藤 例えば、ラーメンが一杯6000円する米国と、600~800円でラーメンが食べられる日本。どちらが暮らしやすいでしょうか。
――日本の方が暮らしやすいと思います。
佐藤 それから僕は今、免疫抑制剤の副反応対策でインシュリンを日に3回、自己注射で打っています。血糖値が上がるんで、打たないとなりません。これは一か月保険適用で4000円ですが、米国だと月いくらかかると思いますか?
――8000円くらいですか?
佐藤 60~70万円になります。
――貧困層は死ぬしかない!! 日本は幸せな国ですね。
佐藤 そうです。そして、GDPにはそんな医療費が全部計上されます。
――それじゃあ、米国が一位をキープしますよね。
佐藤 ロシアのGDPは米国の約1/10です。しかし、米国のGDPの20%は医療費。だから、米国のGDPの半分がロシアのGDPとなります。
なぜ、米国の医療費の半額分しかGDPがないはずのロシアが、ウクライナ戦争で持ち堪えているのか。米国は弾切れになっているのにですよ?
――GDPという物差しがおかしいからですか?
佐藤 その通りです。米英ではGDPという物差しが、物の実体から離れたサービスと結びついて巨大化しています。
しかし、ドイツのGDPは米英と話が違って、恐ろしい成長です。モノ作りと結びついていますから。
――なるほど!!
佐藤 日独中露のGDPは似た構造にあります。すなわち、実体経済と結びついたGDPです。それは『我々はどこから来て、今どこにいるのか?上 アングロサクソンがなぜ覇権を握ったか』(著:エマニュエル・トッド,、訳:堀茂樹)を読んでもらえればわかります。
そういうことから考えると、モノ作りをしているドイツがGDPを伸ばしていることに意味があるのです。
――モノ作りしている国、ドイツですか。
佐藤 英国にGDPを抜かれることも、あまり気にしなくていいんですよ。全部、サービス産業と金融関連で水物ですから。
しかし、ドイツに抜かれることは真剣に考えた方がいいでしょう。日本がドイツと3、4位を行ったり来たりし続ける国ならば、まだマシな国と考えられます。それは実体のあるGDPですからね。
――なるほど。
佐藤 (一本の万年筆を取り出して)これはメルカリで購入した万年筆です。最近、万年筆は全部メルカリで買ってるんですよ。
メルカリで物を買っても、GDPには郵送費以外は計上されません。このモンブラン221は、万年筆の専門店で買えば12万円します。しかし、メルカリでは9000円です。
――なぜ、そんなに安いのですか?
佐藤 ジャンクで出している可能性があるので、もしかしたら使えないかもしれないからですね。
――なぜお忙しいのに、そんなにややこしいことをしてるんですか?
佐藤 私、万年筆の収集をやっておりまして......。
――なんと!
佐藤 ただ、万年筆をネットで買うのは邪道なんですよ。要するに、物の状態は分からないですし、騙される可能性もあります。
――万年筆収集道の中で、メルカリは邪道なんですね。
佐藤 そうです。
――万年筆収集が趣味の人には、どんな方々がいらっしゃるんですか?
佐藤 万年筆の収集家はふた通りで、実用万年筆か、観賞用です。
――観賞用と言いますと?
佐藤 漆塗りとか、蒔絵の万年筆ですね。私は、実際に書いてみる実用万年筆派です。
――どんなときが実用万年筆派の喜びの極致なのですか?
佐藤 万年筆が届いてインクを入れて、ノートに向かった瞬間ですね。
――その万年筆がジャンクで壊れている場合はどうするんですか?
佐藤 万年筆の修理屋さんを何人か知っているので、その人たちに修理をお願いします。
――一般人には分からない人脈であります。
佐藤 私が今、収集しているのは1960年代、70年代に製造されたモンブランなんですが、始まりは、旧ソ連、東ドイツ、北朝鮮の万年筆の収集でした。
――全て鉄のカーテンの向こう側ばかりですね。
佐藤 だから、通販でもすごく苦労しないと手に入らない。入ったとしても、壊れていたら、直してもらわないといけない。それでも手に入れたい万年筆があるんですよ。
――北朝鮮の万年筆はいいんですか? 最初からジャンクっぽいですが......。
佐藤 北朝鮮は1960~70年代のモノがいいんです。『千里の馬(チョムリマ)』という名前の万年筆はなかなかいいですよ。
――その趣味は何がきっかけで始められたんですか?
佐藤 万年筆の技術は1950年代に完成しています。製造過程には必ず手作業があるので、中国製の300円の万年筆でも最後は人の手が入ります。だから、同じものはひとつもありません。北朝鮮の万年筆は、ペン先が大体ステンレスなんですが、ただし60年代に製造されたこれ(千里馬万年筆)は14金のペン先です。
――ペン先が金なんですか?
佐藤 そうです。一方、1960年代、ソ連の万年筆はモンブランかパーカーの完全コピー品でした。だから、逆にオリジナルが欲しくなったんですよ。そして、ソ連のコピー万年筆と対応するオリジナルのモンブラン万年筆を集め始めました。
ただソ連は、1980年代の終わりから万年筆を作らなくなりました。なので、今は売っていない古いモンブランを欲しくなるんです。
――なるほど、そういう背景があるのですね。話はそれますが、自分が中学生になった時、親父からパーカーの万年筆をもらったんです。黒い学生服の胸ポケットにその万年筆を親父が挿してくれて、「パーカーが見合う大人になりなさい」と言われました。
佐藤 いいお話ですね。
――で、結局、ボールペンの似合う大人になっちゃいました(笑)。
佐藤 米国人は万年筆を使わないんですよ。だから、米国人は万年筆の話をすると、迷惑千万みたいな顔をするんです。ヨーロッパ人は使うんですけどね。
――だから鉄のカーテンの向こう、ソ連は、完全コピーの万年筆が溢れていた。
佐藤 ソ連人はオリジナルを知らないから、コピーが本物になっていたんです。
――不思議な魅力がありますね。
佐藤 50年前のモノですが、全然、問題なく今でも使えますよ。話は変わりますが、今、旧ソ連グッズの収集家にとってはすごく良い状況なんです。
――それはなぜですか?
佐藤 ウクライナから大量に出ているからです。
――あっ、なるほど!
佐藤 皆、持っているソ連製の万年筆やカメラ、時計などを売っています。すぐに金が必要ですから、背に腹は変えられないわけです。
――ウクライナから避難している人もいるし、戦時中だから様々な理由があるけど、必要なのは現金だと。
佐藤 しかも、普段だったら200~300ドルするモノが、50~60ドルで売られています。
――すると、佐藤さんにとってウクライナ戦争好景気と言うのは、カニ食べ放題と万年筆のふたつですね。
佐藤 そういうことです。ウクライナで困っている人に外貨を渡すことでもあるからWIN-WINとも言えますね。
――人道的義援金になっているわけですね。しかし、メルカリから世界情勢も見えるのですね。
次回へ続く。次回の配信は12月1日を予定しています。
作家、元外務省主任分析官。1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞
1959年神戸市生まれ。2001年9月から『週刊プレイボーイ』の軍事班記者として活動。軍事技術、軍事史に精通し、各国特殊部隊の徹底的な研究をしている。日本映画監督協会会員。日本推理作家協会会員。元同志社大学嘱託講師、筑波大学非常勤講師。著書は『新軍事学入門』(飛鳥新社)、『蘇る翼 F-2B─津波被災からの復活』『永遠の翼F-4ファントム』『鷲の翼F-15戦闘機』『青の翼 ブルーインパルス』『赤い翼アグレッサー部隊』『軍事のプロが見た ウクライナ戦争』(並木書房)ほか多数。