長期間にわたる事業を行なうために、国は基金をつくり、お金を出している。しかし、使われなかったお金(残高)はどんどん増えている。その総額は約16兆円! なぜ、こんなことになったのか? このお金を使えば、増税はしなくて済むのではないのか?
■余りを返納するかは省庁の自主判断による!
岸田文雄首相は11月20日の参院本会議で、国の「基金」の点検・見直しを進めると表明した。基金の残高は2022年度末の時点で約16兆6000億円もある。
なぜ、こんな大金が残っているのか? 残っているお金を防衛費や少子化対策に充てるなど有意義なことに使えないのか? そもそも基金とはなんなのか? 『教養としての財政問題』(ウエッジ社)などの著書がある関東学院大学経済学部の島澤諭(しなさわ・まなぶ)教授に聞いた。
――まず基金とはなんですか?
島澤 国は毎年、どの分野にいくら使うかという予算を決めています。予算は原則として、その年度に使い切る(単年度主義)ことになっています。しかし、1年間で終わらない事業もあります。
例えば、東日本大震災被災者の復興支援には何年もかかるわけです。そのように長い期間が必要な場合に基金をつくって何年間も継続的に事業を進めるのです。
現在、そうした基金は180以上あるといわれています。
――どんな基金をつくるかは誰が決めるのですか?
島澤 各省庁が自分たちのやりたい政策を達成するために基金をつくります。
例えば、経済産業省は「特定半導体基金」をつくっています。コンピューターを作るために必要な半導体は、とても重要な物質です。半導体の生産を他国に依存していると経済安全保障上の不安がある。そこで、日本の企業に半導体を作ってもらうために補助金を出そうというわけです。
このときに、その基金を管理する団体が必要になります。それが独立行政法人や公益財団法人などです。各省庁から独立行政法人などが管理する基金に補助金が出され、その基金が企業などに補助金を渡すのです。
――基金は、やはり必要だからつくられるわけですよね。
島澤 必要ない基金は、財務省の予算査定でもさすがにはじかれてしまうので、何かしらの必要があって基金はつくられます。
しかし、例えば新型コロナウイルス感染症が猛威を振るっていたときにつくられた基金は、現在のようにある程度、収束しているような状況では必要なくなりますよね。でも、まだ残っているんです。基金は一度つくられると、廃止するのはなかなか難しいんです。
――なんで難しいんですか?
島澤 もちろん、特定の事業のために基金がつくられているので、その事業目的が達成すればなくなるはずです。でも、「コロナ禍がまた来るかもしれない」と言われれば、なかなか廃止しにくいですよね。
基金をなくした後にまたコロナ禍がやって来て、迅速に対応できず国民から批判されたら嫌だから「もう少し様子を見ようかな」と考えてしまうのもわかります。
(*2020年度以降、新型コロナ対策などのため、基金の残高は急増した。19年度に約2兆4000億円だった残高は、20年度には8兆3000億円、21年度には12兆9000億円、そして22年度には16兆6000億円)
――でも、使わないのであれば、少しくらい返納してもいいのかなと思いますが......。
島澤 そうですね。本来は返納すべきです。でも、基金の制度として「こういう場合には返納しなさい」という決まりがないんです。自主的に返納してもらうのを待つしかない状況です。ですから「来年度、使うかもしれないので」と言われたら、「そうですね」としか言いようがありません。
(*20年度の返納額は約700億円、21年度は約5000億円、22年度は約200億円とかなり少ない)
――でも、補助金申請の募集をかけたら、応募してきた企業が1社しかいなかったというような場合もあるわけですよね?
島澤 あると思います。そういう場合は、2次募集、3次募集をして、応募してくれるのを待つのです。一応、数年間にわたってやる事業ということで設立されているので、「今年応募がなくても、来年はあるかもしれない」ということで、なかなかやめるわけにはいかないんです。
――事務所の家賃と人件費だけしか払っていない基金があると非難されることもあるようですが......。(*朝日新聞などの報道によると、事業への支出がゼロで管理費用だけの支出が続いている"休眠基金"は、22年度末の時点で全体の15%。残高は約1兆4000億円に上るという)
島澤 それは省庁が必要があると判断して、予算を組んで基金をつくったのですから、役所に任せていてもらちが明かないと思いますよ。
――やはり、コロナ禍になってからつくられた基金の予算や残高が非常に多いような気がするのですが、これをコロナ禍前の約2兆円に戻すことはできないのでしょうか?
島澤 戻さないといけないと思います。コロナを口実にたくさんの基金ができて、残高も約16兆6000億円と積み上がっているので、コロナ禍が収束した今、そのお金を持っておく必要はないと思います。個人的にはそうした基金は廃止して、全額返納させるべきだと思います。
――どうすれば、返納してくれるんですかね。
島澤 例えば、担当省庁の大臣が「あの基金はもう役目が終わったから廃止にしろ」とか「この基金は残高がありすぎるから半額返納しろ」と言えば、すぐに廃止になったり、返納するでしょう。逆に言えば、そうした政治家からの圧力がなければ、役人は現状維持を好むので返納しないと思います。
――ということは、岸田文雄首相が決断すれば、コロナ禍で積み上がった14兆円くらいは返納してもらえる可能性があるということですよね。
島澤 そうですね。コロナ対策だけで14兆円増えたわけではないと思いますが、少なくともコロナ禍を口実とした基金は返納できると思います。
――今、岸田政権は防衛費や少子化対策のために増税を考えているという報道もありますが、この14兆円の残高が返納されれば、増税が必要なくなるということはありませんか?
島澤 あります。仮に今ある基金を全部廃止すると約16兆6000億円が確保できるわけです。防衛力強化のためや、異次元の少子化対策のためにいくら必要になるのか、まだ具体的な金額は出てきていませんが、例えば、そのために毎年3兆円必要だということになれば、16兆円÷3兆円だと5.3年ですよね。ということは5年間は増税が必要なくなるということです。
――そうですよね!
島澤 ただ、その後は財源の手当てが必要になってくるでしょうから、増税が少し先延ばしされるという感じです。
――それでも基金に残高として残されているよりは、国民にとってはありがたい使い方なのかなと思います。
島澤 そうですね。そういえば、先ほどコロナ禍関連の基金はすべて返納すべきだと言いましたけれども、これをちょっと見てもらえますか?
――はい。
島澤 「ワクチン生産体制等緊急整備基金」という基金があります。これは日本には迅速に新しいワクチンを作る体制がないので、その体制を整備するということでコロナ禍の20年につくられた基金です。その22年度の残高が1兆4000億円あります。
――そんな大金を返納してもらえるとうれしいですね。
島澤 でも、名称にコロナという文字は書かれていないんです。コロナ禍のときにできたけれども、新しい感染症が起きたときにすぐにワクチンを作れる体制を整備しますという基金なんです。ですから、コロナが収束したからといって、なかなか廃止しづらいんです。
――えーっ!?
島澤 こちらは「医療情報化支援基金」です。マイナンバーのためとは書かれていません。汎用的に使える名称や事業名になっているんです。
――それ、ずるくないですか?
島澤 ですから、そこを政治家が強いリーダーシップを持って「この基金は廃止する」「この基金は残高の半額を返納しろ」と言えるかどうかにかかっているんです。
* * *
岸田首相が強いリーダーシップで、この"埋蔵金"を掘り起こすことができるのか? そして、国民のために有意義に使うことができるのか? 今後の言動に注目したい。